60話 モジモジとモジャ。

 ヘンリー・メギストスと会食した翌日、パリス王都の空は雲ひとつなく晴れ上がっていた。


「おはよう! まさしくジョスト日和というところだな、少年ッ!」


 厩舎でなぜかスクワットに勤しむ聖騎士ケイトが、俺に満面の笑みを見せた。


 甲冑をつけたままというのが恐ろしい……。

 さすがは、聖ラザロ修道会のクイーンオブ脳筋である。


「そうですね」

「ふむ」


 と、脳筋──いや、ケイトが首を傾げた。


「だが、どうにも少年の顔が晴れんようだな?」

「──」


 ケイトが鋭いのか、俺の表情筋が素直なのか……。

 確かに気分は晴れていない。


 昨夜受けた、転生者ヘンリー・メギストスからの申し出が原因だ。


 転生者同士が手を組んで、パリス王国にとっての悪党ども──ゲルニカ、魔族、法王庁、深淵の闇──等々を世界から排除していく……。


 先々安心して暮らしたい俺にとってメリットがあるプランだったし、そもそもヘンリーと組むのは合理的な話に思えた。


 ヘンリーは俺より原作知識があり、なおかつ現代日本的な価値観を共有できる。


 また、能力面でも互いを補完し合えるだろう。

 俺の危機回避は戦闘や潜入などのアクション向きで、ヘンリーの読心術は外交などの交渉向きの能力だからだ。


 ──だが、ディアナを排除する、という点は引っかかった。


 従士見習い、従士、騎士として同じ釜の飯を食い、サイクロプスのバルバロ襲撃から、死者迷宮、神聖領マーロの危機まで共に過ごしたのだ。


 マリア、ヨーゼフ、ゲッツ、その他騎士達と同様に、ディアナに対してもかなり強い仲間意識が芽生えていることは否定出来ない。


 修道会へ入った当初は想像もしなかったが、集団生活ってのは良きにつけ悪しきにつけ強い影響を与えるものなんだろう。


 そんなわけで、ケイトにどう答えようか迷っていると──、


「アル様〜〜っ」


 甲高い声を響かせて、俺の従士となったモジモジ嬢が厩舎に現れた。


「ひひひひどいですぅ。お、置いてけぼりにするつもりですかっ、ううう。わわわ私もティルトヤードへ連れて行って下さいましぃぃぃ」


 ティルトヤードとは馬上槍試合が行われる場所のことである。


「いや、俺は早めに厩舎へ来ただけだ。──で、お前の準備は終わっているのか?」


 例え死んでも槍を抱えて騎士に付いて来るのが従士の義務というものだ。


 つまり、連れて行ってもらうなどという舐めた感覚では困るのだが、モジモジ嬢にとやかく言うのも面倒なので放って置くことにした。


 どのみち、ジョストが終わって修道会へ戻ったところで、ディアナについたゴリラと交換してもらう予定だからな……。

 

「は、はいっ!」

「そうか」


 と、言いながら俺は軽装のまま馬に飛び乗った。

 常在戦場のケイトと異なり、暑苦しい甲冑など試合前に装備すれば良い。


「ともあれ、馬場の状態をまずは見ておこう。少し早いがティルトヤードへ向かうぞ。遅れるな、ピノコ!」


 ◇


 かつては団体戦のトルネオが主流だったそうだが、俺が転生した頃には既にジョストという一騎打ちのトーナメント戦が各地で盛んに行われるようになっていた。


 なお、パリスで開催されるジョストは、団体戦の要素を上手く取り入れている。


 実戦さながらの乱戦になるトルネオと異なり、3人一組がチームとなって順番に戦い、先に2勝した側が勝利という方式なのだ。


 つまり、柔道や剣道の団体戦と思って欲しい。


 俺を「ぶち殺す」ためにジョスト参加を決めたダニエルも、どこからか似たようなアホどもを引き連れて来るはずだ。


 ともあれ、チームで勝利した場合、個人と、個人の属する組織、その何れもが名を上げることが可能となる。


 だからこそ──、


「ほほう、いつぞやのヒョロ騎士ではないか? ぐわはは」


 当然ながら黄金の薔薇友愛団も、パリスのジョストに勇んで参加している。


「馬場に先入りとは、卑怯な罠でも仕掛けるつもりではあるまいな?」


 そう言って自身の顔面を覆う髭を撫で回した。


「モジャ」

「んん?」


 何度か左右を見回した後、モジャはようやく己がモジャだと気付いた。


「ぶ、無礼者めがっ! 我輩の名はオスカル。セントエルメスでは薔薇の三騎士と謳われて──」

「分かった分かった。で、オスカルモジャよ」

「くわっ!」

「人は己の分限でしか物事を推し量れない、と南方の賢者に聞いたことがある」

「?」

「馬場に罠を仕掛けるなどと疑った己を恥じろって話だ。善良な修道会を取り囲み無法な騒ぎを起こした馬鹿には通じないかもしれないが」

「な、何が善良だっ!! 総長ヨハンの悪事は──」

「ロンギヌスを授かった我が修道会の聖性に疑念でも?」

「ぐ──ぬぬ──」


 例の聖槍について、法王庁から聖遺物を鑑定するチームが派遣されるそうだが、現段階で聖性を真っ向から否定するのは薔薇の騎士にもリスクがある。


「どうにも、納得がいかなそうだが──」


 参加する時点で俺は決めていたのだ。


「今回のジョストで証明してやろう。神の加護により、聖ラザロが勝利する」


 無論、神の加護なぞクソ喰らえである。


 俺の能力と、そして馬場に仕掛けた罠で勝つのだ、ククク。

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時を止める悪役転生、追放されて最強になる。 砂嶋真三 @tetsu_mousou

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