14話 迫るサイクロプス。

 沼地のダンジョンから大急ぎで城郭都市バルバロへ駆けつけた俺は、英雄広場の城館前で立ち往生していた。


「聖ラザロ修道会の従士アルだ」


 今さらながら人選を誤ったと気付いたが、それも後の祭りだ。

 他人から俺がどう見えるか、そして俺の地位が低すぎることも忘れていた。


「さっきも言った通り、ギャバン伯に取り次いでもらいたい」

「だから、無理に決まってるだろ。たかだが従士ごときが──しかもお前のようなガキが会える御方じゃないんだよ。伯爵様だぞ? バルバロの領主様だぞ?」


 衛兵の言う通りだった。

 せめても正式にボルトン家を俺が継承していれば違っただろうが……。


「急がないと沼地からサイクロプスの大群が──」

「ふう、あのな」


 衛兵はわざとらしく大きなため息をついた。


「お前の見間違いだったらどうする? それに本当だったとしてもバルバロを襲うとは限らん。案外、ここらの街道でサイクロプス狩りをしていた修道会かもしれんぞ?」


 その可能性は俺も考えた。

 ただ、やはりバルバロがきな臭いのだ。


 3年前、ダンジョンを出てこないはずのサイクロプスが、バルバロ近辺の街道で暴れるようになった。

 

 それを討伐してきたのは聖騎士ヨシュアたちだが、サイクロプスの角はギャバン伯に提供されている。

 そして、ギャバン伯は魔封じの呪いをディアナに──。


「さ、分かったら、坊やは帰った帰った」


 とはいえ、俺の推測には確たる根拠がない。

 

 前回のように時間を止めて城内へ侵入し、ギャバンの前まで行ったとしても、衛兵と似たようなやり取りを繰り返すだけだろう。


 ならば、方針を変更する必要がある。


「分かった。帰るさ」


 つい先日に作った裏道に賭けてみよう。


 ◇


「なかなか良いところにしたんだな」

「坊っちゃんのおかげでさぁ、うひょひょ」


 ゴルが借りた家はバルバロの職人たちが多く暮らすエリアだった。

 ちょうど3部屋ある平屋で、住んでいた職人が夜逃げしたらしい。


 おかげで家財道具一式が揃っていた。 


「けど、ウラスの日はまだですぜ?」

「実は当初より急がないと不味い状況になった」


 沼地のダンジョンからバルバロまでは大した距離ではない。

 つまり、いつ襲撃があってもおかしくない状況だ。


「まだ1週間も経ってないけど、調査の方はどうだ?」

「へい、ぼちぼちとやってますぜ」

「現時点の情報を教えてくれ」

「──賭場で働いている例の同郷人から色々と話を聞きやした。お城の連中の弱みをうんと握っているヤツでさぁ」


 博打で負けが込んだ連中は何だって売る。

 金になるなら、同僚や職場の秘密も平気で漏らすだろう。


「まず、衛兵のスコットの嫁は城館の料理人ジェフと浮気してやす、うひひ。けど、ジェフは妙な病にかかって味覚がおかしくなったそうですぜ。天罰でしょうな。料理が不味くなったとメイド長のリリイが怒りまくっているとか何とか。ただ、このリリイがとんだ魔性の女でして。馬丁係のトム爺が金を貢ぎまくってます。ただ、こいつも馬具を盗んで横流ししてる屑なんでさぁ。あ、衛兵のスコットがグルらしいですけどね。因果は巡るってやつでしょうか。でもって地下牢には──」

「ま、待て。待ってくれ」


 怒涛のようにゴルが喋り始めたため、俺も情報の整理が追いつかなくなっていた。

 分かったことは、バルバロの風紀が乱れきっているということだ。


 だが、そんなことより俺はギャバンのことを調べて欲しかったのだ。

 ゴルの報告にはギャバンのギャの字も出てこない。


 ただし一方で、俺はゴルを見直し始めている。

 城館内のゴシップばかりだとしても、なかなかの記憶力だと思う。


 これで字の読み書きを教えれば、わりと使える手下になるのでは……。


「坊っちゃん、どうしたんですかい?」


 考え込んだ俺にゴルが不安そうな視線を向けた。


「いや、何でもない。それより俺はギャバン伯の情報が欲しいのだが」

「す、すいやせん。まだ……」

「そうか」


 さすがに今の段階では、俺もゴルを責めるつもりは無かった。


「仕方がない。ところで──」


 ゴルの話に、気になるワードがあったことを思い出したのだ。


「俺が途中で話を遮ってしまったが、さっき最後に地下牢って言ってたよな?」

「へぇ、確かに」

「続きを聞かせてくれ」

「忘れやした」

「──」

「じょ、冗談でさぁ。スカベンジャーから聞いた話なんですが──」


 スカベンジャーとは地下牢の清掃をする連中のことだ。


「何っ!? 地下牢の奥に、サイクロプスの子供がいるだと?」

「へ、へぇ。1つ目に角もあったんで、間違いねぇそうです」

「いつからだ? いつから捕らえられている?」

「確か、えぇと──2、3年前って言ってたはずでやす」


 そういうことか……。


 3年前からダンジョンのサイクロプスが外に来るようになった理由は、攫われた自分たちの子供を探し回っていたのだ。


 角を必要としていたギャバンは子供を餌にしておびき寄せ、サイクロプスが少し弱体化する地上でヨシュアに狩らせていたんだろう。


 そのあまりのクズぶりに、原作のアルは生温い悪役だったんだなと思った。


「で、サイクロプスの子供は何匹いるんだ?」

「5、6匹だそうで。まあ、そいつらが一斉に訳の分からんことを吠えるんで、そりゃもう不気味らしいですぜ」


 助けてくれ、と言ってるに違いない。


 モンスターは幾つもの言語に分かれている。


 サイクロプスの言葉を知っているヒト族は少ないだろうし、ヒト族の言葉を理解できるサイクロプスはもっと少ないはずだ。


「お前の知り合いに、サイクロプスの言葉が分かるヤツはいるか?」


 大事な商圏のバルバロを守るためにも、サイクロプスの子供を返してやる必要がある。


 だが、意思の疎通が図れないと、地下牢から脱出させるのもひと苦労だ。


「とんと思いつかねぇです」

「そりゃそうだよな──いや──待てよ」


 最悪のケースに備えて俺はバルバロで待機しなければならない。


「ゴル。悪いが、馬でひとっ走り修道会へ行ってくれ」

「へい」

「ディアナを連れてこい」

「おほ。例の綺麗な嬢ちゃんを、うひひ」

「嬉しそうにするな。怖いおっさんだな。おかしなことをしたら──」

「わ、わかりやした」


 ディアナはオーガ族の言葉を学んでいたはずだ。


 サイクロプスとも会話できることを期待するほかない。

 

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