8話 証拠の確保。
水は苦手な危機回避だが、どこかに単身で忍び込む際は最強だ。
とはいえ城館は広いし警護も厳しいので苦労はした。
時間を止められるのは僅か1分だし、使用できるのも5分ごとだ。
危機回避、丸薬、5分休憩を繰り返し、どうにか俺は先回りをして謁見の間の隅に掛かる垂れ幕に隠れることが出来た。
この世界はセキュリティが甘いので、俺ってば騎士より盗賊向きなのかも……。
「──ふう、まさに余計なことをしているわけだが」
フランに言われた通りの状況になっている。
だが、バルバロ一帯を治めるギャバン伯が、重度のロリ◯ンという点は気になった。
「俺と同じく悪役だしな……」
ヨシュアは、単なる思いつきや気まぐれで、ディアナを連れて行くと言ったわけではないだろう。
盗賊と組んで、不運な新入りを奴隷商人に売り飛ばすような悪党だ。
ヤツはギャバンに取り入るため、ディアナを上納しようとしている可能性もある。
そんなわけで、俺は貴重な街ブラ時間を放棄して忍び込んできたのだ。
「ん──そろそろか」
垂れ幕の向こうが賑やかになってきたので、少しだけ幕をずらして覗き込んだ。
すると、ちょうどギャバン伯が玉座に腰掛け、衛兵に案内されたヨシュアたちが入ってきた。
全員が甲冑から騎士服に着替えている。
だからこそ、謁見の間に俺が先回り出来たわけだ。
ところが、肝心のディアナと、そしてケイトの姿も無い。
「おお、よく来たな、ヨシュア卿」
「ははっ」
と、ヨシュアたちは騎士の作法でひざまずく。
「貴卿らの勇ましい騎士行進、私もテラスから観覧させてもらった」
「はっ! ありがたき仕合せにございます」
「褒美は部屋へ届けさせよう」
「はっ」
「うむうむ。では下がれ」
思わず俺がコケそうになるほど、謁見はあっさりと終わってしまった。
確かに謁見なんてものは本来この程度なのかもしれない。
俺も名代として何度か近隣の村長と謁見めいたことをしたが、話が弾むでもなく土産を貰うか渡すかで終わりだった。
「──あ、ヨシュア卿は待たれよ」
おや……?
「我と奥の間へ来てくれ。幾つか相談事を思い出してな、ムホホ」
「承知致しました、フフフ」
◇
「はい。私の狙い通り、ディアナは城館内で不敬行為を働いてくれました」
「誰にも不審に思われず地下牢へ押し込めたわけだな?」
「コブ付きですが──うるさいようなら始末しておきます」
ヨシュアは単純バカの嫌なヤツというわけではなかった。
城館内に入る前の一幕は、ディアナを煽るための芝居だったのだ。
そこからの流れで、謁見前にディアナを暴れさせ、止めようとしたケイトもまとめて地下牢へぶち込んだのである。
おまけに、ディアナの横柄な口ぶりは他の騎士や従士も目撃しているので、問題を起こしたと聞いても不自然に感じないだろう。
「まったく苦労したわい。貴卿の手下がしくじったせいで、メギストスのじゃじゃ馬を我が城に幽閉し損ねたのだからな」
「面目ございません……」
やはりヨシュアは、盗賊のゴルとガルフを使っていたのだ。
修道会の財政を傾けない程度に新入りの荷物を奪ったり、あるいは奴隷として売り払ってきたのである。
騒ぎにならないよう、修道会ナンバー2の立場も利用出来た。
そんなヨシュアには腹が立つし、監督不行き届きな総長ヨハンにも腹が立つ。
未だ総長本人に会えていないが……。
「これで、ヘンリー様にも私の顔が立つ。おっと、今の一言は忘れるのだぞ」
「はっ」
ヘンリー……だと!?
俺の頭に浮かんだのは、ヘンリー・メギストス。
ディアナの双子の弟だ。
「ともあれ、我が手元に戻れば魔封じの呪いは解けぬだろう。が、今後もサイクロプス狩りは定期的に頼むぞよ。念呪には角が幾つあっても足りんのだ」
「ええ、もちろんです。地下であれば最強のモンスターですが、伯の図らいでヤツらは健気に街道へ出てきますからな……フフフ」
「良き良き。くれぐれも我の機嫌を損ねぬようにな」
そう言いながらギャバンは、サイドテーブルに置かれた銀製の箱を撫でた。
「ここに全てが入っておる」
「──はっ(ごくり)」
ヨシュアの生唾を飲み込む音が、クローゼットに潜む俺にまで届いた。
「貴卿の過去、貴卿の富、貴卿の罪──その全てがな。ムホホホ」
全ての証拠をギャバン伯に握られたヨシュアは言いなりなのだ。
だが、言いなりになっておけば、これまで通り悪銭を稼ぎ続けることが出来る。
「さ、ヨシュア卿。あとは我が街をたっぷりと楽しまれよ」
◇
2人がいなくなった奥の間で、俺はゆっくりとクローゼットから出て行った。
銀の箱は先程と同じサイトテーブルの上に置いてある。
「鍵は──ほほう、掛かっていないのか」
何の苦労もなく蓋を外すと、中にはぎっしりと羊皮紙の束が入っていた。
奴隷商人との売買契約書から、ヨシュアの財産目録、そして個人的な手紙までが揃っている。
ギャバン伯がどうやってこれを手に入れたのか不明だが、油断できない相手と分かった。
「──ま、今回は……」
全ての証拠は、俺がまるっと頂いておこう。
◇
「よう。元気か?」
「アル!?」
「少年!!!」
驚きの声を上げたディアナとケイトが、鉄格子のそばに駆け寄ってきた。
同じ牢屋に入っていたのは面倒が無くて良い。
「ど、どうやって少年はここへ? いや、それよりも見張りの兵が──え?」
牢屋の前に立っていた看守も、奥の階段前にいた看守も、全員がウトウトと夢の中にいる。
城館の錬金術庫から持ち出した薬品はなかなか出来が良かった。
俺の"工場"でも生産させるべく、サンプルを幾つか貰っていこう。
「いつの間に寝たのかしら?」
と、ケイトが不思議そうに首をひねった。
「フッ。私にも分からんが、アル流に言えば、これはラッキーらしい」
「ラッキー?」
「その通り。俺が来たら、みんな寝てたんだ。ん──?」
遠くで悲鳴のような声も聞こえた気がしたのだが、すぐに消えてしまった。
まあ、いいか。時間も無いのだ。
「さっさとここを出よう。鍵も拾ってある」
ラッキーだからな。
「ううう、一生恩に着るぞ、少年。このナイスバディなお姉さんを嫁に欲しければ──」
「そんなことより早く出ましょう」
ケイトはとんでもない美人だけど、俺の年齢からするとさすがに年上過ぎる。
「──助かった──その──あ──とう」
「あん?」
牢屋の錠前を開けるガチャガチャとした音のせいで、ディアナの声は良く聞こえなかった。
珍しく小声だったしな。
「よし、ともかく城を出るまでは俺の指示に従って欲しい。あと、時々おかしなことがあっても驚くな」
事象の不連続性というやつである。
ともあれ、こうして俺達は地下牢を脱出し、聖ラザロ修道会を目指した。
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