2話 危機回避。

 聖ラザロ修道会は、ボルトンとパリス王都のちょうど中間に存在した。


 乗合馬車を乗り継いで3日間の旅となる。


 ところが、ようやく修道会の尖塔が見えた時、乗合馬車が急に進路を変えて街道から森の奥へ飛び込んだ。


「すいやせんね、お2人さん」


 御者は馬車を止めると、荷台の荷物を漁り始めた。


「──馬車も降りなせぇ」


 荷物持ちだったはずの大男が、青竜刀で俺ともう1人の客を脅している。


「これも商売でして」

「へえ。いつもこうしているのか?」


 13歳の俺はチビのガキだし、テトの街から乗り合わせている客も小柄だった。

 フードで顔を隠してるので年齢は分からないが、おそらく子供だろう。


 それで油断したのか、御者はペラペラと答えてくれた。


「うひひ。修道会に行く客は、大概が貴族の坊っちゃん嬢ちゃんなんでさぁ。だからやっぱり、金目のモノを持ってる可能性が高いわけです」

「なるほど──で、金目のモノを取り上げたら、逃がしてくれるんだよな?」


 客を毎回殺したり奴隷商人に売り飛ばしていたら、聖ラザロ修道会が調査に乗り出すはずだ。


「うひひ」


 だが、御者のおっさんは、いやな表情を浮かべて笑った。


「時と場合によりますぜぇ。まず、坊っちゃんは──う〜ん、と」


 おっさんは荷物漁りを中断して俺を舐めるように見回した。


「ま、ガキ好きの貴婦人か、南方の蛮人には高値で売れそうですな」


 その2択なら、どう考えても貴婦人でお願いしたいところだ。


「こっちは──そぅれっ」


 隣で黙り込んでいた子供のフードを、おっさんが思い切り跳ね上げる。


 すると、金色の長い髪の毛がふわりと舞い、太陽の光を受けてキラキラと輝いた。


「うっひょお! こいつはたまげた〜。ホントに上玉だぞ!!」


 俺からは横顔しか見えないが、確かにとんでもない美少女だとは分かった。


 ただし、弱々しい感じはしない。唇をぎゅっと噛み締めて、念で殺そうとするかのような目付きでおっさんと大男を睨みつけている。


「確かにこいつはすげぇ。旦那から聞いてた通りだ」


 おや? 旦那──だと。 


「道理で高値のはずだ、うひひひ。さぁて、そろそろコイツらを縛り上げ──」

「ちょっと待て」

「あん?」

「先ほど言った"旦那"ってのは、いったい誰のことだ?」


 こんな悪業が繰り返されていて、聖ラザロ修道会が動かない理由は1つだけだ。

 盗賊とグルの「旦那」が修道会内部にいるに違いない


「そりゃ、ヨ──」


 と、おっさんが言いかけたところで、青龍刀を持った大男が空いた掌で口をふさいだ。


「ゴル! 余計なことを喋るんじゃねぇ。さっさと縛り上げろ」

「──わ、分かったよ、ガルフ。コイツらをふん縛る縄を持ってくるぜ」


 と、おっさんは背を向けて荷台へ戻っていった。


「やれやれ」


 なるべく嫌味に見えるよう、俺は肩をすくめて首を振った。


「こんな間抜けな連中に、俺も舐められたもんだな」

「──?」「──?」「──?」


 大男、御者のおっさん、そして美少女──、俺の態度に対して、三人の頭上にはてなマークが灯った。


「そもそも、荷改めより前にさっさと縛っておくべきだし、ペラペラと事情も話すべきでもない。奴隷として売った先で噂が広まるとか考えなかったのか?」

「う……」

「協力者の名前もヨ──までは吐いたし。ろくな教育も受けてなさそうだ」

「く、クソ、確かに俺は字も読めねぇ……」

「バカ、落ち込んでる場合かよ、ゴル」

「そ、そうだった。縛り上げて、小突き回してやらぁ!」

「腕の1本ぐらいなら切り落としても問題あるめぇ! おるぅわぁぁ!」


 2人はありがたいほど素直に動いてくれた。


 御者のおっさんが縄を持って荷台から急いで戻り、大男のほうが青竜刀を頭上から振り下ろしたところで──、


「危機回避」


 と、俺が小さく囁くと、文字通り全ての動きが止まった。


 縄を持ったおっさんは近付いてこないし、大男の青竜刀は俺の肩に届く直前で止まっている。

 隣の美少女は大男を蹴り飛ばそうと右足を振り上げているところでフリーズ中──。

 

 なお、この魔法は連続使用が出来ない。

 必ず5分のインターバルを必要とする。

 

 つまり、猶予は60秒しかない。


 まず、危ないので、美少女を少しだけ離れた場所へ。

 残り55秒。


 次に御者のおっさんを地面に蹴り倒した。

 縄を奪ってからコロコロ転がし、青竜刀が振り下ろされそうな場所へ──と。

 残り45秒。


 おっさんから奪った縄は、大男の足にしっかりと結んだ。

 そして、もう片方を馬の後ろ足に縛り付ける。

 残り15秒。


 そして、馬と馬車を繋ぐハーネスを外す──か、硬い──むんっ!

 残り5秒。


 最後に、俺がムチを構えたところで──リミット。


「縛り上げ──んん?」

「おるぅわぁぁああああんん???」


 おかしな状況になっていると頭では分かっても、青竜刀も急には止まれない。


「ぎゃあああ」


 大男の青竜刀がおっさんを切りつけたのを確認した後、俺は馬の尻をムチで容赦なく叩きつけた。


「ヒヒヒヒーン!!」

「うおおおおおっ」


 驚いた馬が駆け出すと、縄で結ばれた大男も地面を引かれていった。


「ふう」


 俺はムチを地面に放り投げると、倒れたままのおっさんの方へと近付いた。

 深手は負っていないが、あまりの恐怖に気を失っている。


「こ、これは──いったい──」


 美少女はきょろきょろと周囲を見回しながら当然の疑問を口にした。


「んぐ」


 彼女の疑問に答える前に、俺は緑色の丸薬を飲むことを優先する。

 これを飲んで魔力を回復しておかないと、5分たっても危機回避を発動できないからだ。


「もちろん、俺にも良く分からん。ともあれ、ラッキーだった」

「ラッキー?」


 ここで深く追求をさせちゃいけない。


「今はそんなことより、連中や仲間が来る前に先を急ぐぞ」


 馬に引かれた大男と、御者のおっさんだって死んではいない。


「──それもそうだな」


 美少女はあっさり頷くと、荷台から自分のショルダーバッグを取り出し、街道方向へさっさと歩き始めていた。


「おい、他の荷物はいらんのか?」


 なめし革製のバックパックは俺の物だが、荷台にはまだたくさんの荷物が残っていた。

 宝箱のように立派な箱が幾つもある。


「いらん」


 と、ぶっきらぼうに答えつつ、美少女が立ち止まり振り返る。


「荷物はいい。お前もさっさと来い。ええと──」

「アルだ」

「ふん!」


 鼻を鳴らし、再び背を向けた。


「ディアナだ」

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