僕らしい物語?
崔 梨遙(再)
1話完結:2600字
仕事を変わると、新しい環境に慣れるのに時間がかかる。だが、環境に慣れてくると、今までに気付かなかったことに気付く。心に余裕が出来た証拠だ。僕は、事務員の女性がかわいいことに気付いた。当時、僕は20代後半。事務員の女性は30歳だった。彼女は派遣社員で、彼氏はいないとのことだった。名前は琴音だった。僕好みの顔とスタイル、155cmと少し小柄だったが、そこがまたかわいい。胸は意外に大きくて、それは今後のお楽しみだった。
僕はその時、彼女がいなかったのでアプローチを開始した。昼休みを一緒に過ごすようにしたのだ。毎日会話をして、笑って、打ち解けて、やがて僕は琴音をデートに誘った。彼女はOKしてくれた。
初デートは、遊園地に行った。そして、
「付き合ってください」
と、告白した。すると、
「結婚する人以外と、付き合いません」
と、断られた。
「ホテルとかも、無理?」
「結婚する人としかしません。友達がみんな、初めては死ぬほど痛いって言ってるから、どうしても怖くて、Hの相手は旦那様1人でいいと思ってるねん」
ちょっと変わった女性だな、と思ったが、魅力も感じた。琴音なら浮気もしないだろう。
「もしかして、琴音さん、処女?」
「そうやで、悪い?」
「悪いどころか、嬉しいわ」
「そうなん? でも、男はみんな処女を面倒くさがるって聞くで」
「人によってはそうやけど、俺は喜ぶ方やわ」
「とにかく、結婚するまでそういうことはしないの」
「じゃあ、俺と結婚しようよ」
「マジ? 嬉しいけど急に言われても」
「琴音さんも、俺のこと嫌ではないやろ?」
「うん」
「嫌いやったら、今日、会ってくれへんはずやもんね」
「でも、本気なのか疑ってしまうわ」
「ほな、来週、本気だという証拠を持ってくるから、また会ってくれる?」
「わかった」
「一緒に社宅に入ろう」
「うん、崔君が本気だったらね」
琴音が最高の笑顔を見せてくれた。
それから、観覧車の中で、僕たちはキスをした。琴音はキスも初めてだったらしい。
翌週、僕たちはホテルの最上階のレストランで会った。ちなみに、琴音はオシャレでセンスが良い。でも、毎日、自分の弁当を作っていて家庭的だということも僕は知っていた。その日の服は、白でコーディネートしていた。
食事が終わった。琴音は乾杯のワインだけで少しだけ酔ったようだった。女性は、酒に弱いくらいがかわいいかもしれない。
僕は、左手に小さな箱を乗せて琴音に見せた。
「何? これ」
「あげる。受け取ってや」
僕は、彼女の手のひらに箱を乗せた。
「開けてみてや」
真亜子が開けると、指輪が出て来た。
「何? これ。めっちゃダイヤが大きいんやけど」
「婚約指輪。先週、本気だという証拠を持ってくるって言うたやろ」
「プロポーズ?」
「うん、結婚してください」
彼女は、先週よりも更に最高の笑顔を見せてくれた。
その夜、そのホテルに僕たちは泊まった。僕たちは、結ばれた。
僕と琴音の交際は順調だった。僕は琴音のことが日に日に愛しくなって、ほとんど毎日デートをしていた。
3ヶ月後、人事部から電話がかかってきた。
「崔さん、すみません」
「はい、なんでしょうか?」
「急な欠員が出ましたので、岡山に転勤してもらうことになりました」
「え? そうなんですか?」
「はい、すみません。岡山にも寮や社宅はありますので」
「はあ……」
「岡山に行っていただけますか?」
「はい、ご社命とあれば」
僕はOKした。どうせ拒否権など無いことを僕は知っていた。それに、大きな会社だからいつ転勤になるかわからないのだ。なら、清々しく快諾した方が良い。
翌日のデートで、僕は琴音に岡山転勤の話をした。
「急に欠員がでたらしいねん。それで、岡山転勤になるから一緒に岡山まで来てね」
「そんなの困るわ」
予想外の反応だった。てっきり了承してもらえると思っていた。
「岡山にも社宅はあるから、一緒に暮らそうや」
「大阪を離れるなんて、想像できへんわ」
「でも、大きい会社やから結婚してから転勤になることもありえるんやで」
「そんなん無理やわ」
「どうして?」
「ちょっと考えさせて」
「わかった」
嫌な予感がした。琴音はずっと派遣で働いていたから、通勤圏内で仕事をするイメージしか無かったようだ。ここは、
「一緒に行く!」
と言ってほしいところだが、難しそうだ。
3日後、僕は琴音から夕食に誘われた。
「話がある」
と言われた。岡山に来てくれるかどうか、その結論だろう。それは、結婚するかしないかということに繋がる。重大な問題だった。
今日は、重要な日だと思ったから、婚約指輪を渡したホテルのレストランでの夕食にした。僕たちは、しばらく無言で食事をした。僕は、琴音の方から話してくれるのを待っていた。
「岡山に行く件やけど」
琴音の方から話し始めた。
「うん」
「ごめん、どうしても一緒に行かれへん」
「そうなんや」
「お父さんやお母さんに相談したんやけど」
「うん」
「小さい会社に勤めている人でいいから、大阪を離れるなって言われた」
「そうなん?」
「私も、大阪以外で生活するイメージが沸けへん」
「確かに、ずっと大阪で暮らしていたら、大阪以外で暮らすことがピンとこないのはわかる。僕もそうやったから。でも、僕は滋賀や名古屋で暮らしてきたけど大丈夫やったで」
「アカン、私には無理」
「でも、大きい会社の方が安定しているし、年収も多いねんで」
「そう言われたらそうかもしれへんけど、やっぱりアカン。ごめん」
「そうなんや」
「両親も反対してるし」
「わかった」
「だから、別れよう」
「別れたいの?」
「結婚できないんやったら、別れた方がええと思う」
僕は、落胆した。もう、どうなってもいいと思えた。
「わかった、別れよう」
「ほんまに、ごめんね」
「いいよ、仕方がない」
僕は一人で岡山へ行った。正直、(僕だったらついていくのに)と思った。振り返ると、あっという間の3ヶ月間だった。濃い時間を過ごせたことは、充実していて幸福だったかもしれない。“人生に、無駄なことなど無い”という言葉を何度か聞いたことがある。だったら、今回の恋愛も無駄ではない、そう信じたかった。ただ、自分では当たり前と思っていることを、当たり前と思っていない人もいるのだということを痛感した。転勤が当たり前と思っている人もいれば、思っていない人もいるのだ。
僕らしい物語? 崔 梨遙(再) @sairiyousai
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