94 このままで大丈夫
それから、1日が経ち2日が経った。
もっと何か、波のような感情が来るんじゃないかと思っていたけれど、そんなことはなく、日常は平和に過ぎていった。
いつも通りの授業。
いつも通りの昼休み。
いつも通りの部活。
いつも通りの放課後。
相変わらずケントはふざけているし、相変わらずサクはバドの事しか考えていないし、相変わらず礼央は亮太の隣に居た。
なんてことなかった。
ちょっとした事に、亮太が反応してしまう以外は。
「あ、俺、このゲーム好きだったんだよね。続編出るって」
「どれどれ」
ちょっとした日常の雑談の中で。
「…………っ」
手を伸ばして来る礼央の、その指先に反応してしまうとか。
近づいて来る礼央のその髪の先がくすぐったいとか。
「ああ、これ、アーケードもあるよね。ゲーセンで見たことあるよ」
「そうそう。元々そっちのゲームだから」
なんだかいつもより、礼央が眩しく見えてしまうとか。
けど、それもあと2日のこと。
あと2日で、このクラスが終わる。
そうすれば、春休みの間に気持ちを落ち着ける事が出来るだろう。
4月が来れば、別のクラスになるなり、席が離れるなりして、少し距離を取れる可能性も出てくるだろうし。
そうすれば、きっとこれほど意識しなくて済む。
こんなあやふやな感情は、きっと夢のように薄れていくんだ。
ホームルームが終わった瞬間の教室は騒がしい。
部活や委員会や、はたまた帰途につく者など、それぞれがそれぞれの場所へ移動していく。
基本的にそう慌てる理由もない亮太は、のそのそと帰る支度をする。
段々と人が少なくなっていく教室で、礼央が話しかけて来た。
「みかみくん」
くるりとした黒髪。
細身の眼鏡。
ほんわかした表情。
……かわいいな。
「今日さ、委員会の最後の集まりがあるから。先帰っててくれるかな」
亮太がきょとんと、礼央の顔を見上げた。
そっか……、今日、一緒に帰れないのか。
「あ、ああ」
なんとか、返事をする。
礼央はくるりと後ろを向いた。
それで……。
それで、れおくんは、行っちゃうっていうわけ?
俺じゃない奴の…………ところに…………。
むぎゅ、と礼央のブレザーの袖を掴む。
礼央が振り向いたけれど、困らせる事がわかるので、顔は見ずに下を向いた。
「やだ」
「…………え?」
「それって、何分くらい?」
「20分か……30分くらい」
それに返事をする前に、礼央が言う。
「待ってて。できるだけ、すぐ戻って来る」
「え、あ……」
その力強さに。
なんだか、申し訳ない事をしたようで、とはいえ、そんな事を言われては先に帰るわけにもいかず、自分の席で窓の外を眺めた。
手には、申し訳程度に、単語帳を握る。
…………全然、“大丈夫”じゃないじゃん。
れおくんがそばに居ないだけでこれだもんな……。
「あぁ〜〜〜〜」
自己嫌悪の雄叫びを上げた。
風が雲を運んで行く。
戻って来たら、なんて言おうか。
◇◇◇◇◇
みかみくん、我慢ができない子……。
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