71 静かな夜(2)
えっと……、音を合わせるって言っても、どこの音に合わせるんだったかな。
本棚からゴソゴソと、ギターの教本を引っ張り出してくる。
唯一持っているギターの本だ。
ギターの持ち方、チューニングの方法、コードの弾き方、簡単な楽譜まで。
初心者向けの1冊だ。
テーブルなどはないので、大判の本を、礼央との間の床にそのまま開く。
ひとり、チューニングしている姿を、礼央がじっと眺めた。
……そんな面白いことなんてないんだけどな。
少し緊張で汗ばむ手で、音を合わせていく。
慣れないせいで時間がかかったけれど、礼央は飽きもせずにいつもの緩さで亮太を眺めていた。
弦を一つずつ鳴らし、ギターらしい音が出るのを確認する。
嬉しくなって顔を上げると、礼央と目が合う。
目が合うと、礼央がふわりと笑った。
……そういう顔は……出来ればやめて欲しい。
思わずちょっと照れてしまう。
「弾いてみる?」
声を掛けて、ギターを渡した。
「うん」
礼央は、なんだか嬉しそうだ。
ギターに興味があるのだろうか。それとも、この状況が嬉しい、とか。
ギターを抱えて、弦を一音ずつ鳴らしてみる。
そんな姿の礼央も、様になるからズルい。
服は亮太が貸した何処にでも売ってそうなトレーナーだし。
髪もくしゃくしゃで、風呂上がりから特に何もしていない。
眼鏡だって、見慣れた細身の眼鏡で。
これと言って特別なところはないのだけれど。
ちょっと細いとか、ちょっと背が高いとかで、なんだかギターくらい簡単に弾けてしまいそうな気がする。
もしかして、れおくんのことだから、あっさり弾いてしまうんじゃないだろうか。
ジャ〜〜〜ン……というストロークも、随分と綺麗に聞こえる。
これはもしかして、なんて思ったのは流石に考えすぎだった。
礼央は、ジャ〜〜〜ン、ジャ〜〜〜ン……と全ての弦を一気に弾いただけで、ドヤ顔をしてみせた。
「くはっ」
つい、吹き出してしまう。
「なっ……れおくん、何それ……っ……。はっ……はははっ」
「触った事ないし、弾けるわけないからね」
そう言いながらギターを渡してくるけれど。
「俺も、コードとか覚えてないし」
そうなのだ。
買ってすぐ辞めてしまったので、教本すら碌に開いた事がないのだった。
そんな亮太のあっけらかんとした表情に、今度は礼央が笑う。
そんなわけで、二人でギターを弾いてみる事になった。
「コードの抑え方。えっと……。Aコードは、ここと……ここと……ここ……」
礼央が教本と睨めっこをしながら、コードを抑えていく。
ギターはその度に、ぼん……という響かない音ばかりを鳴らした。
「れおくん、抑えるときはさ、」
そう言って、亮太が手を出した。
「この横の棒に弦が引っかかって音が出るから……、抑えるときはこの辺りがいいよ」
と、一緒に抑えてみせる。
途端、礼央の顔がかぁっと赤くなった。
え…………?
なんで、そんな。
あ…………。
すっかり、手を掴んでしまっているからか。
こんな事で……。
亮太も少し、居心地悪く思いながら、そっと手を離した。
気にするような事じゃないのに。
手が、少しだけジンジンするようだ。
……気にするような事じゃないのに。
◇◇◇◇◇
二人でイチャイチャし出すのいいですよね。ほんわかした時間だね。
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