30 自分だけの舞台(1)

「じゃあそろそろ、人前に出てみるのはどう?」


 礼央がこともなげに言う。

 いつもの帰り道でのことだった。


「…………うあ」


 想定していたこととはいえ、あまり乗り気じゃない気持ちが返事に出てしまう。


「いきなり当日はキツいと思うから」


 礼央にそう言われ、亮太は「ふ〜む」と空を向いた。

 晴れた空に雲が流れていく。

「けど、人前って……どんな?」

「お昼の放送なんかは?」

「…………」

 一瞬、この間、お昼の放送のブースに入る事を断ってしまったのがバレているのかと思った。

 バレてはいまい。

 けど、かといってこの眼鏡の奥の瞳に勝つことなど、出来ないのだ。


「わかった。来週、入れてもらう」




 そんなわけで、ケントと一緒にお昼の放送に挑んだわけだけれど。


「今日は、しとしとと雨が降っていますね。そんな憂鬱な午後を乗り切るための1曲…………俺が、歌います!」

 と、ケントが張り切って、

「あっめあっめふっれふっれ」

 と歌い出す。

 そして、ケントが亮太に目で合図を送ってきた。

 ツッコめってことだろう。

「な、なんでお前が歌うんだよ!それでは1曲目……」


 えと……、えと、なんだっけ。


 なんとかツッコミ自体はできたものの、曲名を頭から吹っ飛ばして、曲紹介はケントに任せて終わってしまう。


 マイクの音量を下げたところで、ケントがペットボトルのお茶を口にした。


「ごめ……」


 言うと、ケントの笑顔が返ってくる。

「だんだん俺らの息も合ってきたから大丈夫だって」


「うあ〜〜〜」


 甘えていいわけないと思いつつ、ケントのこんな態度は、いつも安心してしまう。

 小さい頃からの付き合いなだけあって、こんな時に騒いでもどうにもならないと、ケントだって知っているのだ。

 結局、その後も無難を無難で包んだような決まりきった言葉だけで、放送は終わってしまった。




 その日の帰りは、やはり礼央と二人だった。

 放送部の活動があるとはいえ、それも週に1度ほど出ればいいだけで、ケントのようにわざわざ駄弁りに行くほど仲が良いわけでもやる事があるわけでもなかった。

 雨は止んで、重い雲が空を埋め尽くしていた。


「聞いてる人の顔が見えるわけじゃないんだけどな」

「しょうがないよ。まあ、こういうのは慣れだから」


 と、公園を出た所で、礼央が、

「今日僕、ちょっと用事あって」

 と足を止めた。

「ん、ここで?」


「……あ」

 礼央が少し言いにくそうにする。

「ゲームセンター」


「ゲーセン寄んの?」


「今度の土曜日さ、ゲームの大会あって。エントリーしようと思ってるんだ」


「へぇ……」


 そういえば、と思う。


「れおくんは、さ」

 声をかけられ、礼央は真っ直ぐに亮太の瞳を覗いた。

 一緒にいるのはもう慣れたはずなのに、どこか緊張するような、期待するような瞳。


「緊張、しないの?その、大会とかで」


「しないよ」

 それは、当たり前な事を言うような口振りだった。


「ゲームを前にすると、どうでもよくなるんだ。みんなが見てるかどうかなんて」


「…………」

 その顔が、本当にあまりにも堂々と笑うものだから、亮太は言葉を失った。


「ただ、そこは、僕だけの舞台なんだ。僕が立つ舞台の上は、僕だけの世界なんだよ。誰にも侵されることのない。僕だけが作り上げることができる、僕だけの舞台なんだ」



◇◇◇◇◇



れおくんは、ゲーム好きなんですよね。特にやっぱりFPSでしょうか。

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