9 帰り道

 放課後、教室に入ると、そこには帰り支度をする礼央だけが居た。


 ……これは……、声をかけるべき、なのか?


 昼も一緒に居たし、まあ……無視するのも変か。


「れおくん」


 声を掛けると、あからさまにびっくりされた。

 肩がビクッと動く。

 こっちがそれにびっくりしてしまいそうだ。


 緊張と期待が入り混じった瞳が、こちらを向く。


「……みかみくん」


 絞り出すような声。


 そして、礼央は、にっこりと微笑む。


 平静を装ってはいるけど。


 窓からの逆光でもわかるくらいに。

 ……顔、真っ赤じゃんか……。


 けど……、普通にしてるってことは、普通にしたいってことで……。

 普通以上は求めてないってことで。

 普通にしてて、いいんだよな。


「今帰り?」


「うん。用事済ませたら、ちょっと遅くなって」

 言いながら、礼央が軽く苦笑する。

 緊張の混じった、笑顔。


「電車?」


「うん。……みかみくんも?」


「そ。さっさと帰ろ」

 亮太が軽く微笑む。


「…………っ!」


 すると礼央は一瞬嬉しそうな顔をして、

「うん」

 と小さく頷いた。




 学校から駅までは、ほんの10分くらいだ。

 駅前はそこそこ発展していて、買い物するのには困らないくらい店があったりするんだけど、学校から駅までの道は、そんな賑やかな場所は通らない。

 静かな、公園が広がるだけだ。


 公園を通らずに駅まで行った方が実は早いのだけど、時間がある時は大抵、公園を通る。


 小さな池があり、木漏れ日で溢れる小道があり、遠くの草原では、大抵小学生くらいの子供達がわぁわぁと遊んでいる。

 毎日決まった時間に犬と散歩をしているおばちゃんとか、ジョギングしているおじさんとか。

 とても長閑な場所だ。


 この日も、俺は公園を抜けた。

 礼央も、それに着いてくる。


「部活は?やってないの?」


「うん。委員会だけ」


「週1?」


「うん。みかみくんは?」


「俺は〜……、幽霊部員、かな」

 と言いにくそうに言うと、礼央が「ははっ」と笑った。

「ケントと一緒に入ったんだけどさ、なんか、あんま合わなくて」


「じゃあ、ケントは部活なんだ?」


「そうそう。ほぼ毎日行ってるよ。そんなにやることもないんだけどな。サクは週4で部活だし、全員一緒に帰ることなんてないだろうな」


 言ってから気付く。

 これは……殆ど二人で帰ろうと言っているようなものなんじゃないかと。


 そんな意味にとられると、正直困るわけだけど。


 そんな事で、好かれてるんじゃないかなんて、……脈があるんじゃないかなんて思わせたら……。


 亮太は少しビクついてしまったけれど、礼央の様子を見たところ大丈夫なようだった。

 礼央の横顔は、まだ緊張しているものの、そんなことは考えていないようだった。




 駅のプラットホームは、線路を挟んで真ん中に一つだけ。


「れおくんは、どっち?」


「あっち」


 礼央が指さすと、


「俺はあっち」


 亮太は礼央とは逆の方向を指差した。


 ふぅん……。

 逆側なんだ。


 亮太は少しつまらない顔をする。


 亮太の側の電車が、ホームに入ってくる。


 風に煽られ、亮太の少し色素の薄い髪と、礼央の黒いくりくりとした髪が靡く。


「じゃあな」


「うん。……また明日」


 礼央が、その言葉を、まるで大事な言葉のように言った。



◇◇◇◇◇



もうこれはデートでは?

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