人生ラ・ラ・ラ♪
稲田亀吉
レモンチューハイの味
「アリガトゴザイマシタ、マタオコシクダサイマセ」
東南アジア訛りの元気のいい声に送られて、
「ただいま」
扉を開けて、誰もいない空間に向かって言うも、いつもの虚しく声が響くだけ。部屋の電気をつけ、ろくに食品も入っていない冷蔵庫に、レモンチューハイを放り込むと、汗と汚れにまみれた作業着を脱ぎ捨てて、すぐさま浴室へ。熱いシャワーを浴びながら、佐藤は今日までの一週間のことを思い出す
土木作業員として働く佐藤は、先月から県外の大型商業施設の建設現場へ行っている。今週も毎朝5時に起きて、6時に会社の資材置き場に集合。積み込みと点呼の後、2台の商業バンに相乗りして現場に向かう。途中SAで休憩を取りながら、8時に現場到着。いつものようにラジオ体操、朝礼を終えたら作業開始だ。
車以外の免許がない佐藤の仕事いえば、主に
「おい!何ダラダラ仕事してんだ、オッサン!ふざけんな!」
一回り以上若い現場監督の
「かつて”瞬間湯沸かし器“と呼ばれた俺も、すっかり丸くなったものだ」と、シャンプーを流しながら独り言を呟く。そうして耐え忍んだ、1週間分のモヤモヤや疲れを労うべく、今日は奮発して、コンビニで冷えた酎ハイを2本買ったのだった。シャワーを止めて、少し臭ってきたバスタオルで体を拭くと、寝巻き代わりのヨレヨレのスエットに着替えた
レジ袋の中の唐揚げ弁当をレンジに入れて、温めはじめる。その間、とりあえず一服しようと卓上の灰皿を自分の手前に持ってくる。吸い殻がこんもりと山のようになっているが、後一、二本くらいは置けるだろう。そこら辺に落ちていた使い捨てライターで火をつけて吸い込むと、メンソールの風味が鼻に抜けていく。「フーッ」と煙をはいている間に、電子レンジが弁当が温まったことを教えてくれたので、トントンと指でタバコを弾いて、一度灰を落としてから、咥えタバコのまま迎えに行く。
ホカホカに温まった弁当を片手に、冷蔵庫からマヨネーズと、飲み頃に冷えた缶チューハイを一本取り出して、座卓の上に置き、どかっと床に座る。タバコを灰皿に押しつけてから、弁当の蓋を開けたら、唐揚げにマヨネーズをかけ、プルトップを一気に押し上げる。「プシュッ!」と小気味のいい音がなると同時に、喉を鳴らしながら、それを胃に流し込んだ
「プハァーッ!あ゛ぁ〜美味い!」
いかにも人工的なレモンの風味と、安いスピリッツ独特の苦味が炭酸と共に、シャワー後の火照った身体と疲れた脳味噌に染み渡っていく。そしてそのまま、唐揚げ弁当を貪るように食べては、また一口飲むのをひたすら繰り返す。もう、さっきまでのモヤモヤした気持ちや疲労感は何処かに行って、次第に気分が良くなってくる。気づけばあっという間に、両方とも“空”になっていた
一息ついた佐藤だったが、彼は忘れてはいなかった。“今日はもう1本ある”ことを
ウキウキ上機嫌で冷蔵庫から取り出したレモンチューハイは、さっき飲んだものよりも、より冷えている気がしてきた。ツマミになる様なものはない。「プシュッ」とプルトップを開けると、今度はチビチビ味わう様に飲む
BGM代わりに付けたTVでは、ホームドラマをやっている。名前も知らない俳優が演じる、父親が、思春期の娘の扱いに頭を悩ませていた
「俺も若いうちに結婚していれば、今頃これくらいの子供がいても、おかしくはない歳なのにな...」
佐藤には高校生の頃、彼女がいた。
だが、付き合って数ヶ月たったある日、突然一方的にフラれたかと思うと、明美は姿を消した。後から聞いた話だと、2個上の金持ち大学生と二股交際の末に、妊娠。それが学校にバレて退学したとのことだった。それを知ったとき明美のことが本当に好きだった彼は、人目を憚らず号泣し、バイト代を貯めて買った、クリスマスプレゼントのブランド物のアクセサリーを川に投げ捨てた
あれから20年以上経つが、地元を出たので明美のその後は知らない。そして、その後は特に出会いもなく、彼女というものすら出来ぬまま今に至る。なんでもないドラマのシーンなのに、なんだか嫌な気分になってきた
「クソッ!」
悪態をついて、嫌な思い出を忘れる様にチューハイをグビッと飲んでチャンネルを切り替える。今度はお笑いバライティだ。こう言うのでいい、くだらない。くだらないからこそ、酒が進む。腹が捩れるほど笑いながら、ついに2本目も空になった
エンドロールが流れる頃には、いい気分になってウトウトし始めていた。こんなに飲んだのは久しぶりだ。夢と現実の境界線が曖昧になってきた。空になった缶を横に振りながら、「あー飲みすぎた。でもやっぱり、これ美味いな」と呟く
千鳥足でトイレを済ませ、万年床の布団に潜り込んでしばらくスマホでゲームをしていたが、スタミナが切れたので、諦めて枕元の充電ケーブルをスマホに差し込んだ
「明日は久しぶりにパチンコでも行くかな」
誰も聞いていない大きな独り言を言って、電気を消す。金曜の23時30分
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます