人生ラ・ラ・ラ♪

稲田亀吉

レモンチューハイの味

「アリガトゴザイマシタ、マタオコシクダサイマセ」


 東南アジア訛りの元気のいい声に送られて、佐藤康さとうやすしはコンビニを後にする。弁当とタバコ、ロングサイズ缶のレモンチューハイ2本が入った袋を、足代わりの軽自動車の助手席に置いて、車を走らせること15分。彼の住まう安アパートの駐車場に到着した


「ただいま」


 扉を開けて、誰もいない空間に向かって言うも、いつもの虚しく声が響くだけ。部屋の電気をつけ、ろくに食品も入っていない冷蔵庫に、レモンチューハイを放り込むと、汗と汚れにまみれた作業着を脱ぎ捨てて、すぐさま浴室へ。熱いシャワーを浴びながら、佐藤は今日までの一週間のことを思い出す


 土木作業員として働く佐藤は、先月から県外の大型商業施設の建設現場へ行っている。今週も毎朝5時に起きて、6時に会社の資材置き場に集合。積み込みと点呼の後、2台の商業バンに相乗りして現場に向かう。途中SAで休憩を取りながら、8時に現場到着。いつものようにラジオ体操、朝礼を終えたら作業開始だ。


 車以外の免許がない佐藤の仕事いえば、主に一輪車ネコに残土や資材をのせて運ぶ。高校を卒業してから、もう20年以上これしかやってこなかった、いや、“クソバカ”なのでこれしかできない。20代からの30代前半までは、有り余る体力でなんとかやっていたが、気づけば今年で43歳。すぐにバテるし、腰や膝が痛むようになってきた。「若い時に、ユンボの免許取っときゃ良かったかな」と時折恨み言をいいながら、毎日湿布を貼り、痛いところを庇いながら作業をしている


「おい!何ダラダラ仕事してんだ、オッサン!ふざけんな!」


 一回り以上若い現場監督の小僧ガキが偉そうに当たり散らす。佐藤は、「あと俺が十歳若かったら、殴りかかっているところだが、これまでそうしてトラブルを起こし、4回ほど会社をクビになっている。そんな俺拾ってくれた今の社長に申し訳が立たない」と思うと、今日もまたグッと堪えることができた。


「かつて”瞬間湯沸かし器“と呼ばれた俺も、すっかり丸くなったものだ」と、シャンプーを流しながら独り言を呟く。そうして耐え忍んだ、1週間分のモヤモヤや疲れを労うべく、今日は奮発して、コンビニで冷えた酎ハイを2本買ったのだった。シャワーを止めて、少し臭ってきたバスタオルで体を拭くと、寝巻き代わりのヨレヨレのスエットに着替えた


 レジ袋の中の唐揚げ弁当をレンジに入れて、温めはじめる。その間、とりあえず一服しようと卓上の灰皿を自分の手前に持ってくる。吸い殻がこんもりと山のようになっているが、後一、二本くらいは置けるだろう。そこら辺に落ちていた使い捨てライターで火をつけて吸い込むと、メンソールの風味が鼻に抜けていく。「フーッ」と煙をはいている間に、電子レンジが弁当が温まったことを教えてくれたので、トントンと指でタバコを弾いて、一度灰を落としてから、咥えタバコのまま迎えに行く。


 ホカホカに温まった弁当を片手に、冷蔵庫からマヨネーズと、飲み頃に冷えた缶チューハイを一本取り出して、座卓の上に置き、どかっと床に座る。タバコを灰皿に押しつけてから、弁当の蓋を開けたら、唐揚げにマヨネーズをかけ、プルトップを一気に押し上げる。「プシュッ!」と小気味のいい音がなると同時に、喉を鳴らしながら、それを胃に流し込んだ


「プハァーッ!あ゛ぁ〜美味い!」


 いかにも人工的なレモンの風味と、安いスピリッツ独特の苦味が炭酸と共に、シャワー後の火照った身体と疲れた脳味噌に染み渡っていく。そしてそのまま、唐揚げ弁当を貪るように食べては、また一口飲むのをひたすら繰り返す。もう、さっきまでのモヤモヤした気持ちや疲労感は何処かに行って、次第に気分が良くなってくる。気づけばあっという間に、両方とも“空”になっていた


 一息ついた佐藤だったが、彼は忘れてはいなかった。“今日はもう1本ある”ことを


 ウキウキ上機嫌で冷蔵庫から取り出したレモンチューハイは、さっき飲んだものよりも、より冷えている気がしてきた。ツマミになる様なものはない。「プシュッ」とプルトップを開けると、今度はチビチビ味わう様に飲む


 BGM代わりに付けたTVでは、ホームドラマをやっている。名前も知らない俳優が演じる、父親が、思春期の娘の扱いに頭を悩ませていた


「俺も若いうちに結婚していれば、今頃これくらいの子供がいても、おかしくはない歳なのにな...」


 佐藤には高校生の頃、彼女がいた。明美あけみだ。同じ高校に通っていたギャルっぽい子で、3度目の告白でようやく付き合うことが出来た。それから毎日、メールはしたし、一緒に撮ったプリクラをケータイの電池カバーの裏に貼ってお守りにしてた。学校をサボって、街で出てデートをしたこともあった


 だが、付き合って数ヶ月たったある日、突然一方的にフラれたかと思うと、明美は姿を消した。後から聞いた話だと、2個上の金持ち大学生と二股交際の末に、妊娠。それが学校にバレて退学したとのことだった。それを知ったとき明美のことが本当に好きだった彼は、人目を憚らず号泣し、バイト代を貯めて買った、クリスマスプレゼントのブランド物のアクセサリーを川に投げ捨てた


 あれから20年以上経つが、地元を出たので明美のその後は知らない。そして、その後は特に出会いもなく、彼女というものすら出来ぬまま今に至る。なんでもないドラマのシーンなのに、なんだか嫌な気分になってきた


「クソッ!」


 悪態をついて、嫌な思い出を忘れる様にチューハイをグビッと飲んでチャンネルを切り替える。今度はお笑いバライティだ。こう言うのでいい、くだらない。くだらないからこそ、酒が進む。腹が捩れるほど笑いながら、ついに2本目も空になった


 エンドロールが流れる頃には、いい気分になってウトウトし始めていた。こんなに飲んだのは久しぶりだ。夢と現実の境界線が曖昧になってきた。空になった缶を横に振りながら、「あー飲みすぎた。でもやっぱり、これ美味いな」と呟く


 千鳥足でトイレを済ませ、万年床の布団に潜り込んでしばらくスマホでゲームをしていたが、スタミナが切れたので、諦めて枕元の充電ケーブルをスマホに差し込んだ


「明日は久しぶりにパチンコでも行くかな」


 誰も聞いていない大きな独り言を言って、電気を消す。金曜の23時30分

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