不登校教室
連喜
第1話 発端
「学校行く意味なんてもうない」
「サードプレイスを僕は作って行きたい」
By ホリエモン
***
〇〇県〇〇市字〇〇。
はっきり言ってど田舎だ。
住んでる人には申し訳ないけど、何が楽しくてそんなところにいるのかわからない。
新緑がまぶしいほどに日光を反射して輝いている。
直視すると目が痛くなる。
道路は舗装されているが、どこも平坦な道ではなく、いつも坂道を上がったり、下がったりする。
多分、歩いているだけで、ひどく疲れてしまう環境だ。
それでいて住んでいるのは老人ばかりらしい。
典型的な限界集落と言っていい。
老人と車。
大丈夫なのかと不安になる。
舗装された道路を歩いていても、誰ともすれ違わない。
歩道がないから歩いていたら普通に引かれるんじゃないかと思うような、危険極まりない場所だった。
まるで、高速道路を歩いてるくらい危険だろう。
観光バスの窓越しに、外の景色を眺めながら、怜はそこはかとない不安に襲われていた。一体ここは何なんだろう。
そこに行かなくてはいけないことを知らされたのは、つい一昨日だった。
彼の母親はちょっと変わった人だった。いつも、急に何か思いついては、息子に「ああしよう、こうしよう」と言い出すのだった。怜君は母親の突飛な行動に半ば呆れ、軽蔑していた。母親が言い出すのは、大体面倒なことだけだった。絵画教室、プール、体操教室、サッカー、乗馬、射撃、卓球、ダンス、ボルダリング、プログラミング、英会話、児童劇団、合唱団、キャンプ、早朝芋ほり体験、酪農体験…今まで数えきれないほど色々な場所に行かされた。自分の年齢でこれほど色々体験している人間もいないだろうと思うくらいだった。
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昨夜の夕飯の時だった。母親はスーパーで買った総菜を、容器に入ったままテーブルに並べた。ご飯とみそ汁だけは母親が朝作った物だった。怜は惣菜が嫌いなのだが食べないと怒られるのでいつも我慢している。
「ねえ!怜」
「何?」
怜君は身構えた。また、学校に行かないことへの説教か、近所の人から噂されてるという愚痴か、勉強しろという話だろうと思った。
「週末に、旅行に行かない?ほら、ここなんだけど…」
母親は安っぽいA4の資料を見せた。クリアファイルの表紙がついていて、閉じられているが、きちんとしたパンフレットのような体裁ではなかった。
母は有無を言わさない感じで、息子の目の前に資料を広げた。
「何これ?」
「田舎に行って、同世代の子供たちと交流するの」
「いいよ。そんなの…ネットで友達できるし」
人との交流なんて、A君が一番苦手なことだ。田舎に行ったくらいで友達なんかできる訳がない。
「ネットで知り合った人なんて、本当の友達じゃないでしょ。年齢も性別も嘘かもしれないし」
「だとしても、僕は別に気にしないよ。僕も嘘ついてるし」
「え、そうなの。どんな風に?」
「女の子の振りしてる」
「あら!嫌だ!」
母親の声が裏返った。よくわからない所でテンションが上がるのも、母親の異常さを示しているようだった。
「女の子だと、みんなすごく優しくしてくれて、アイテムくれるんだ」
怜は得意げに言った。
「大丈夫なの?」
「やばいと思う。みんなきもいよ。大人なのに昼からゲームしてる」
「男だってばれたりしないの?」
「うん」
「気を付けなさいよ」
「大丈夫だよ」顔出し声出しはしないからバレようがなかった。
「ねえ、それで…旅行なんだよ」
「行きたくない」
「それはダメ!なんか買ってあげるから」
「何を?」
息子は冷ややかな目でい尋ねた。母親は迷っていた。新しいゲームソフト、スマホ、タブレット、PC。すでに彼には金をむしり取られていた。学校に行くと言って買わせておいて、結局、行かなかったというシナリオが長年繰り返されていた。
「もし、この旅行に参加したら、お小遣いあげる」
「いくら?」
「五千円」
「五千円なんてすぐなくなっちゃうよ」
「じゃあ、六千円」
「一万円だったらいいよ」
「わかった。でも、途中で帰ってくるのはダメだからね」
「うん」
その一万円で何か買いたいものがあるわけではなかった。ただ単に、お金を得て安心したかったのだ。いつも不安を感じている。将来、学歴もなく、職歴もない人間になるのは確実だ。この間、ニートのまま六十歳になったという人のYouTube動画を見た。自分もあんな風になるんだろうか…それまで親が生きてればだけど。単に生きてるだけじゃなくて、自分がニートでいることを黙認してくれる必要もある。それが駄目なら
僕の人生には出会いが何もなかった。親身になってくれる恩師とか、友達とかもが誰もいなかったと怜はいつも思っていた。そろそろ自分にだって何かあってもいい頃だ。
それでわずか一万円で彼は居心地のいい我が家から一歩踏み出す決意をしたのだ。
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