Matinée -マチネ
Lilas 1. 空中城砦の落ち葉
「やれやれ昨日も不作、今日も不作、明日もどうせ。何が『我らが太陽』だ。本物の日光を遮ってるくせによ」
「しっ。やめときな。どこで誰が聞いてるかわかりゃしないんだから」
「だがよ、あの城砦さえなけりゃもっと日照時間が増えるんだぜ。不作なんだから余計に税金が上がる一方だ」
「仕方ないだろ、この国に生を授かったあたしらが不運だっただけの事さ」
「それにしたってあの城砦に住む皇族は太陽光も浴びながら俺らが領主どもに納めた税金で好きなだけ食って小奇麗にしてやがる。いっそ沈んじまえってんだ」
「あんた! 滅多な事を言うもんじゃないよ!」
この世界では月が満ちるまでに二年の歳月を要する。
トラソルテオトル帝国では『モーント・リヒト』という
月満つる夜、祭壇で神との契約更新、つまりリシア輝石『クンツァイト』の魔力補給を行なうためにモーント・リヒトの種子が使われるのだ。
それが帝国城が空中に浮遊する原動力たる所以である。
この皇宮を、人はこう呼ぶ。
『空中城砦』と。
国鳥ケツァールがモチーフとして描かれた国旗は高々と掲げられ、民の手の届かぬ遥か上空で千年もの間 はためき続けている。
今季の五十年周期にあたる最大満月の夜は、十六年前だった。
その日、過去千五十年に一度も前例のない大きな事件が起きる。
「ケツァールがモーント・リヒトに訪れなかっただと!?」
「左様でございます、訪れた気配も、卵を産んだ痕跡もございません」
千五十年にして初めての異例の出来事に遥か上空でそのように騒ぎ立てる皇族や家臣たちをよそに、城下町は今日も変わり映えのない不況の日常を送っていた。
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「ルシー! ごはんだよ!」
太陽の遮られた城下町の一角、酒場付きの宿いっぱいに女将の声が響く。しかし返事がないので再度叫んだ。
「ネフェルシカ! 返事をしな!」
「んっ……ぷはっ……わ、分かったよ母さん!」
呼ばれたネフェルシカは中年の貴婦人に吸い付かれていた唇を無理やり引き離し、酒場のカウンターに向かって返事をしたあと貴婦人を見つめて頬に手を添えた。
「続きは予約してねレディー」
フワッと揺れるライラック色の癖ッ毛と同じ色の瞳をもつその青少年は貴婦人に丁寧にお辞儀をし、『ごはん』に呼ばれて酒場の二階にある個室へと入室していった。
「ふ、ふぅっ、はぁっ、出るっ、出すぞっ、しっかり飲めよっ」
ベッドに腰かける中年男性が息を荒げている、その
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●カクヨム運営の要望により省略●
御面倒をおかけし大変申し訳ございませんが描写は各自ご想像くださいますようお願い申し上げます
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男はネフェルシカの頭をクシャクシャと撫でて満足そうに溜め息をもらした。
「はぁー、良かったぜ。喉の締め方 上手すぎるだろ。なぁ俺の専用にならねぇか」
「やーだよ。母さんに叱られる」
客本人を前にこれ見よがしに洗面器で口を濯ぎ手を洗うが、男は気にも留めない。
ここはそういう場所である。
「そんだけ好きそうな顔して何言ってんだ」
口淫をする前と後で打って変わって血色がよいネフェルシカを眺めニタニタと無精ひげに覆われた口角を上げ、ガチャガチャとベルトを締めたあとネフェルシカの
それをネフェルシカは軽くあしらった。
「それだけは禁止だってば。母さんに捨てられたくないもん」
「ビッチのくせに譲らねえなあ。もっと稼げるだろうに勿体ねぇ」
「また溜まったら来てよ」
男娼、そのわりには無邪気であり、あどけないわりには色気を匂わせるネフェルシカ。性格は少しばかり捻くれている反面 母親には一途な彼を、『客』の誰もが好いていた。
「たまんねぇなあ、いつか手に入れてぇよ。ほら今日の分」
男はネフェルシカの夜明け色の髪を優しく撫でて銀貨一枚を手に持たせる。報酬は『母さん』とネフェルシカが呼ぶこの売春宿の女将に全額渡っていた。
「いつもありがとう閣下」
「その呼び方 気分がいいぜ~。おめぇは銀貨一枚でこんなに満足させてくれるのによ、本物の宰相閣下様は空の上で皇帝陛下のペットに成り下がって税金分さえ働きもしねぇ無能ときた。まるで俺らの口に入らねぇ家畜にせっせとエサやりしてる気分だぜ。俺が宰相を務めたほうがマシだと思わねぇか?」
「そういう
「わはは! それ以上おだてんなよ! またな~」
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五十年に一度、満月が最大になる。
その最大満月が近づく予兆として、モーント・リヒトも大きく開花する。モーント・リヒトが満開に咲き乱れるとき、城砦にケツァールが訪れ、卵を産む。
そして最大満月の夜に卵からヒナが
その生き物を何と
鳥のヒナではなく花でもない。
『ヒト』の赤子としか言い表せない成りである。
異界の童話で言うならば『竹取物語』或いは『桃太郎伝説』などだろうか。その生き物は、存在そのものが皇族と一部の関係者の間だけの機密とされている。
二年に一度、空中城砦のクンツァイトの原動力にモーント・リヒトの種子を用いる事、そして五十年に一度、ケツァールがモーント・リヒトに卵を産む事。そのヒナの外見と用途まで。
ヒナの通称もまた、隠語でこう呼んだ。
『
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