第41話 幸せを切り裂く音
最後の収穫が終われば、冬ごもりの準備を始める。
一般人は収穫祭から実質お休みみたいなもの。もちろんやることはあるけど、農繁期とは比較にならない。
それに、今までより余裕があることもあり、村人はいつもよりのんびりと過ごしている。
そして、粗方準備を終えた頃、収穫祭の日がやってきた。
「……」
「トール、起きなさい」
「んあ? ……あっ、お母さん、おはよう」
目を開けると、ママンが俺の顔を覗き込んでいた。
どうやら寝過ごしてしまったらしい。
母さんの腕に抱かれたレナが俺を不思議そうに見つめている。
「おはよう。トールが自分から起きてこないなんて珍しいわね?」
「……うん、昨日ちょっと眠れなくて」
いつもはママンに起こされる前に起きてご飯の準備を手伝ったりしていた。
でも、昨日は村の周囲のモンスターをいつもより広範囲にわたってお掃除したり、追い込んだりしたせいで、ちょっと寝不足気味だ。
これで収穫祭が邪魔されることはないはず。せっかくの収穫祭、皆に心おきなく楽しんでほしい。
もちろん、守護者たちはそんなこと知らないから警戒を解くわけにはいかない。ただ、モンスターは来ないはずので、少しくらい酔っていても問題ないだろう。
「そう。大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「それならいいんだけど。今日は収穫祭なんだから、眠いならお昼寝しておきなさいね」
「分かった」
「朝ごはんできてるから早く来なさい」
「はーい」
起きて皆と一緒に朝ご飯を食べる。
冬は神殿はお休み。特にやることもないので、レナと遊びながら魔脈の開通に勤しむ。
「レナ、いくぞー」
「あいっ」
しばらく遊んでいると、馴染みのある二つの声が聞こえてきた。
「こんにちはー!!」
「ちはー」
暇を持て余しているのは俺だけじゃない。リーシャやレイナも同じだ。
レナをママンに預けて二人を出迎える。
「いらっしゃい。今日はどうしたの?」
「暇だから遊びに来た」
「私も」
「それじゃあ、地下の訓練場に行こうか」
俺たちがやる遊びと言えば、鍛錬。
生きるのに必死だったこの村には娯楽らしい娯楽がない。縫物をしたり、道具を作ったり、仕事と結びついていることがほとんどだ。
歌や踊りもあるにはあるけど、バリエーションが少ない。
そんな状況の中で、魔法という不可思議な力を使い、メキメキ強くなっていることを実感できる鍛錬は、子供にとって他にはない遊びになるらしい。
少なくともリーシャとレイナは鍛錬が大好きでずっと鍛えまくっている。夜の間引きも無理しなくてもいいんだけど、行くと言って聞かないほどだ。
食事事情がもっと豊かになったら、娯楽関係も開拓していきたい。服ももっといろんなものがあった方が良いよな。それに、他の村や街にも行ってみたい。
まだまだやりたいことはたくさんある。
「やぁっ!!」
「ファイヤーランス」
リーシャとレイナと鍛錬をして、昼寝をして、また鍛錬をしていると、あっという間に時間が過ぎていった。
「それじゃあ、またあとでね!!」
「ばいばい」
「うん、収穫祭で」
二人は収穫祭に行く準備のため、一旦帰宅。
俺も鍛錬でかいた汗をお湯で流して、家族と一緒に収穫祭の会場へと向かう。
村の至る所に花や草木、雨の雫などをモチーフにした装飾が飾りつけられていて、設置されていたランタンが灯され、温かな光が村を照らし、幻想的な世界を創り上げていた。
「綺麗ね……」
「俺たちも頑張った甲斐があったな」
「そうね」
この装飾は主に女性陣が飾りを作り、男性陣が自分たちで飾りつけを行ったので、その感動もひとしおだろう。
「きえー」
「そうだなぁ」
レナがランタンの灯りに手を伸ばす。
その瞳はキラキラと輝いていた。
あぁ、いつもこういう顔をさせてやりたいな……。
各家から会場へ向かっていく人たちの流れに乗って歩いていく。
広場にたどり着くと、真ん中には巨大なキャンプファイヤーが組まれていた。その周りを柵が覆っていて、さらにその周りには舞台が囲んでいる。
人の流れが止まったのを見計らい、舞台にイーデクス様が上がった
「これより、収穫祭を始める。いくつか見世物も用意した。今日は無礼講だ。楽しんでいってくれ。それでは、始めてくれ!!」
『はっ!!』
――ゴォオオオオッ!!
イーデクス様が短い挨拶を終えると、空に昇っていくような炎の柱が出現。
人だかりが一カ所、波のように割れていく。
そして、守護者たちが一糸乱れぬ動きで広場へと入ってきた。
それは軍事パレードのようだ。剣や杖を巧みに扱いながら俺たちの前を通り過ぎていく。その中にはリオさんもいて、俺にウィンクして来た。
ズキューンと心臓を打ち抜かれた気分だ。
『おおおおおおおおっ!!』
そのまま舞台へと上がり、魔法を使ったパフォーマンスと演武を披露し、キャンプファイヤーに火が灯り、収穫祭は開始直後から盛り上がりを見せた。
区切りがついたところで各々が自由に動き始める。
イモ類を使った酒や果物を絞ったジュース、それに、シンプルに焼いたステーキや、肉野菜炒め、ポトフのようなスープなどが炊き出しみたいに提供されていた。
俺も家族と一緒にジュースや食べ物を貰って空いているところに移動する。
「トール!!」
「さっきぶり」
「こんばんは」
リーシャとレイナたち、そして、シャロと合流した。
彼女たちもジュースや食べ物を持っている。皆で並んで食べ始めた。
舞台にはまた別の人たちが上る。今度は一般人のご婦人方らしい。
『ララララ~♪』
彼女たちは、この村に伝わる民謡を歌い始めた。
どこか懐かしさを感じる旋律だ。
さらにその後には地方に伝わる踊りのようなものが披露される。
住民たちは一緒に踊ったり、酒の肴にしたりしながら、さらに盛り上がっていった。
周囲に村人たちの笑い声が響いている。
これが自分が守った村の姿だと思うと感慨深い気持ちになる。もちろん俺だけじゃない。
リーシャやレイナ、リオさん、イーデクス様、それに守護者たちに大人たち。みんなの力があったからここまでこれた。
でも、まだまだこれからだ。来年はもっと良い祭りにしてみせる。
そんな風に物思いに耽っていると、その雰囲気が一変。場に似つかわしくない悲鳴が響き渡った。
「きゃああああああああっ!!」
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