みなぎってんね緑

ぼくる

ころし(fix you)


 それは都会から逃げて来たようなネオンサインでした。

 弱々しくて今にも死にそうなその淡い虹色の光は私の眼前、ユーチューブの画面の光に負けじと鬱陶しく飛び回っています。

「じゃま」

 しかし私の『じゃま』は、部屋の暗闇と薄い虹色と不健康なスマホの光に紛れることなく、まだ私の喉元でわだかまっています。

 そのわだかまりの主成分がネオンサインを蔑ろにした後ろめたさだと思い当たり、私はスマホの電源を落としました。

 淡い虹色の光はやがてパッと花火のように閃いたかと思うと、部屋に真っ暗だけを残して死んでしまいました。

 ネオンサインが人間の心の動きに弱いことを知っていながら、それを殺した私でした。

 逃げ場を求めてやってきたネオンサイン。彼を殺すことで、自分が人間であることを証明したかったのかもしれません。後になってそう思います。


 人が多く外出するハロウィンの時期になると、ネオンサインはよく私の部屋を訪れます。大抵が猫じゃらしのような形をして私と遊ぼうとするのですが、私がその気になった途端、人の心情に対して繊細鋭敏なネオンサインは死んでしまいます。

 どうして彼らは学ばないのでしょうか。

 雑多種々な光を携え、私の元へと死ににくるのでしょうか。

 バカです。

 バカなネオンサインの相手はもう懲り懲りです。

 私は二度とネオンサインが来ないよう、むかし好きだった音楽を聴いて真夜中をやり過ごすことに決めました。


 案の定、暫くネオンサインはやって来ませんでした。寂しいとは思いません。私はスマホのブルーライトだけで、終わらないリレーのように自分の命を夜へ夜へと繋いでゆけるのです。

 バラエティ番組の切り抜き、ミュージックビデオ、まとめられたネットニュース、ゲーム実況、海外のビックリ動画、meme集……。

 時間の速度が私よりも速い限りそれらは常に供給されて、私に目を悪くするという自傷行為を繰り返させます。傷は目立たず、目に見えない。どこかのおチビな王子も言ってます。

 『本当に大切なものは目に見えない』


 猫じゃらしの茎みたいに曲がった猫背を、誰かに見せたい夜の帰り道でした。

 いつもは流し目で見るような洒落た電球色のレストラン。その窓際の席。

 パーカーの紐をパスタみたいにフォークに巻き付けてる一人の女の子がいて、思わず視線をもってかれました。

 立ち止まろうかと思いましたが、やっぱり通り過ぎました。

 歩み寄って彼女を窓越しに眺めようものなら、パーカーの紐がネオンサイン染みて見えてくることは分かっていたからです。

 私は急いで鞄の中からイヤホンを取り出し、耳の穴をまるで犯すみたいにねじ込みました。

 目の見えない大切なものに繋がっていますようにと、私はあえてイヤホンジャックの先にスマホを繋げませんでした。

 たとえば歩きタバコが似合いそうだったり、溜息が似合いそうだったりしそうな、そんな目配せをあちらこちらへ勿体ぶらずに滴らせて終わりの街中。聞こえてくる音楽はレストランにいた女の子のことでいっぱいで、なんだか殺されそうでした。


 そんな不安な夜に、ネオンサインは復活しました。

 私の目の前で猫じゃらしみたいに虹色を揺らして、なんか前より元気そうで何よりです。

「なんなん」

 ネオンサインを弱らせようとして、私はベッドの上で繊細になろうと努めました。

 色んなことを思い出して、自分で自分の感情をバスケットボールみたいに弾ませて感傷的になろうとしました。

 でも無理でした。

 私は鈍感でした。

 もう私に、ネオンサインを殺せるほどの情動は残っていませんでした。

 人間であることを証明する権利を奪われ、そして同時にその必要もなくなり、そのうえ自分を悲劇のヒロインに仕立て上げて、自分を可愛がるために負けることすらできないのです。

 可哀想なのはいつだってネオンサインの方です。

 ネオンサインになろうとしても手遅れでした。

 遠くまで届く赤色でもなく、近くて弱い自分を誇る青色すら選べません。

 紫はシティポップにエモさを奪われた色、黄色はミニオンみたいで可愛い。

 だから、何も差していないイヤホンジャックを伝って私の耳を孕まそうとしてくるのは、自然と緑になります。

 「みなぎってんね」

 無理に強がろうとして出した声は、至極まっとうに震えを帯びていました。

 「みどり」

 途端に部屋は真っ暗になりました。

 

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