第2話

「う……ここは……」

「あ、気が付きましたか、ノーレッド様」

「うう……私は一体……」


ノーレッドが目を覚ました時、そこは自身の慣れ親しんだベッドの上であった。

その横ではレブルが椅子に腰かけ、ノーレッドのことをやれやれといった表情で見つめている。

…そんなレブルの表情を見て、ノーレッドは自分に起こったことのすべてを察する…。


「はぁ…。またやってしまったか…」


横たわていた自身の体を起こしながら、一体これで何度目か、といった表情を浮かべるノーレッド。

そこに普段の威厳あふれる姿はまったくなく、まるで苦手な食べ物を前にした子どものような弱弱しい雰囲気を感じさせる。


「ノーレッド様、ひとまずご安心ください。リリア様には過労で倒れてしまったと説明しておきましたし、特に彼女が不審がられている雰囲気もありませんでしたから」

「そうか…どうもありがとう。しかし、いつまでもこんなことではいけないな…」


ノーレッドはレブルのフォローに感謝するが、やはりその内心は複雑な様子。

そんなノーレッドを見て、レブルはどこか不思議そうな表情を浮かべながらこう言葉を発した。


「ノーレッド様、ひとつ質問させていただいてもよろしいでしょうか?」

「あぁ、構わないよ」

「以前からずっと気になっていたのですが、どうしてそこまで女性が苦手なのですか?ノーレッド様の普段のお姿から見れば、むしろ女性の扱いは深く心得ておられるように思えてならないのですが…」

「うーん……決して苦手というわけではないんだが…。そうだな、なんというか…」

「…なんというか?」

「ほら、私と話す女性たちはその……下心がかなり透けて見えるだろう?それが…なんというか…」

「あー……」


自身が抱くその思いを言語化することに非常に苦労した様子のノーレッドであったが、彼がその実どんな思いを抱えていたのか、その一端をようやく理解したレブル。


「つまり、ノーレッド様は女性が苦手というわけではなく、ノーレッド様のお相手として選ばれるべく下心全開ですり寄ってこられることに苦手意識をお持ちであると?」

「そういうことだ…」


ノーレッドの言葉を聞き、レブルは今まで抱いていた疑問が少しすっきりした思いを感じたものの、だからといってその問題の解決の糸口が見えたわけではなかった。


「しかし、それでも困りましたね…。ノーレッド様を前にして、なんの下心も抱かない女性などそうはいないでしょうし…。だからといって、今からそういった女性との接し方を勉強していくのも難しいでしょうし…」


そう言葉をつぶやきながら、その場でやや頭を抱えるレブル。

これはなかなかに難しい問題であり、彼自身これといったアイディアがすぐに出てきたわけではないものの、とりあえず思いついたことを口にすることとした。


「それではノーレッド様、仮面舞踏会を開かれてはいかがですか?」

「仮面?」

「はい。仮面で正体を隠され、何名かの女性たちとダンスを楽しむのです。それならばノーレッド様に直接的にすり寄ってくる女性はひとまずは現れないでしょうし、女性に対して全く免疫のないノーレッド様が、段階を踏んで女性との接し方を学んでいくには、仮面舞踏会はちょうどいいと思うのです」

「な、なるほど…。それならいけそうだな…」


何をさせても完ぺきなノーレッドは当然、舞踏会でダンスをさせても超一流であり、その点で女性にがっかりされる可能性はほぼゼロと言ってもよかった。

ゆえにレブルの提案はノーレッドの中でもよいアイディアだと受け入れられ、彼をその気にさせていった。


「ノーレッド様は女性を視線を合わせることにさえ難儀されているようですので、それをサポートする意味でも仮面は丁度いいでしょうしね」

「ま、間違ってはいないが、言い過ぎだろう…」


普段の堂々たる雰囲気はどこへやら、しおらしい口調でそう言葉を返すノーレッド。


「それでは早速、私は準備に取り掛かろうと思います。会場は……王宮では目立つので、あえて違う場所にいたしましょうか?」

「いや、あえてここでやろう」

「で、ですがそれでは参加者の中にノーレッド様がいることを感づかれてしまうのではないですか?」

「いや、舞踏会の当日、私は所用で王宮にはいないこととしよう。そうすれば余計な勘繰りをされることもないはずだ」

「なるほど…。それでしたら、舞踏会開催の名目はノーレッド第一王子様から王室関係者、貴族関係者たちへの普段の働きぶりのねぎらいの意味を込めての開催といたしましょう。それでしたら無理なくノーレッド様の不在を演出することができます」

「あぁ、そういうことだ。その形で準備を進めてくれ」

「承知いたしました」


レブルはそう言葉を告げると、丁寧なふるまいでノーレッドに挨拶を行い、そのまま彼の前から姿を後にした。

一人残されたノーレッドはそのままくるりと周囲を見回し、部屋に備え付けられていた鏡に映る自分と目が合った。


「(私はこの国を導く第一王子。いつまでも女性が苦手ではだめだ…。少しずつでもこの意識を変えていって、誰にも恥ずかしくない王とならなければならない…)」


他でもない彼自身、女性を苦手としている自分の性格に難儀している様子だった。


「(この性格を直してくれるような人がどかにいてくれればいいのだが、まぁいないだろうしな…。いつまでもレブルに頼るわけにもいかないし、やはり自分で何とかするしか…)」


鏡に映る自分の姿を瞳に映しながら、ノーレッドは心の中でそう言葉をつぶやく。


…しかし彼はこの時、後にその胸の中に想像した相手に本当に巡り合えることになるということを、全く想像だにしていないのだった…。

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