I will life easy.

@Amanoru

第1話

* 電車の駅のホーム下、地震が起きた時や人が線路上に転落した時に必要となる避難スペース。そこには根元から頂上までピンと背を伸ばした枯色の本草が点々としていた。「こいつらにとってここは逆境なんだ、でもこいつらはここに芽吹いたことを何とも気にしないしなんの意もなしにそこに芽吹かせるように仕向けた自然のことをも恨んでいないんだ、こいつらのイデアには生まれ育った環境たった1つがあるんだ」

* 彼、狭川晴翔は寝不足であった。午前9時18分、きっと遠くにあるはずの山嶺に手が届いてしまいそうなほどの快晴と、なんの歪みもない空を置いてけぼりに、都会行きの特急を待っている時間。晴翔は無理に開いたせいで泣きがましくなっている目尻を拭いながら、1つの想像に夢中になっていた。彼は一度自分の内に潜ってしまえば外の状況を気にすることが億劫になって、その時もちょうどその質が顕著だった。「今の僕の在る環境は逆境なのだろうか、その可能性もあるよな」また喉が震えた。「けれど、どんなに恵まれない環境にいようと、それを理由にして馬鹿みたいにボケっと生きる人になるのは嫌だな」彼の自制心は自家製で、好き嫌いが激しく、一度効力を発揮してしまえばそれは欲よりも絶対的なものになるのであった。

* 今年で20になった晴翔は4月から大学2回生だ、その名前に不釣り合いの質を誇る彼に、ハイカラな若者の多く蔓延る大学で友達と呼べる人はせいぜい2人くらいであった。しかし地元には多くの友人を認めていて、地元の友人の友人という人種にも上手く適応し、すぐに交友関係を広めてしまうといった、ある種の内弁慶といった質でもあった。

* そんな彼の大学の居場所は常に図書館にあった。彼の自制心は大学の成績には興味を示さなかった。よって彼の成績は一貫して悪く、不真面目の烙印を押されることもままだった。「2限、1号館2階の教室、今日で3回目か、今日は間に合いそうだな」4月末、始業して20幾日がたった今、晴翔が顔を出していない講義は3つもあった。今日水曜日の2限と明日木曜日の3限、そして来週月曜日の3限である。この内彼がまだましだと思っているのが水曜と月曜のふたつである、つまり木曜の講義には参加する気がないということなのである。自分で履修希望を出しておきながらだ。

* 晴翔は一度講義に興味をもつことができれば、それを楽しむことのできる好奇心と頭脳をもっていた。現代の電子端末機器によるネット社会には蟲がうじゃうじゃと蔓延っている。糖分を欲する虫歯菌のように貪欲に有象無象の人の海馬、大脳皮質、視床下部、前頭葉を蟲は食ってしまう。晴翔はそんな蠹害に犯された脳を携えた人間を大学生になってから多く見てきた。「知識を増やし少しでも教養を身につけなければ、自分で頭を使って考えて動かなければ、奴隷になってしまう」

* 風来坊の節もあり恣意的なあたまの彼のこれからの青春を順風満帆にするためには、恋愛なんかもネセサリーである。彼のこれまでの恋事情は数えると2つある。1つは中学時代の噂社会の中で必死に羞恥心と戦った話、2つは高校時代の自分の醜い欲望と愚かな依存心を当時の彼ながら自覚した話。端的に言えばこの程度であるが、そのアオハルは今の彼の形成されている人格の基盤となった。

* 晴翔はスピリティズムの思想をもっていた。それは彼の姉のような存在だった三宅日冴子が近隣の家に住んでいたことが原因だ。彼女がいない今この思想が表面に浮かぶことはないが、彼女を時々、そこらにいるのではと探す動機となっている寂しさがスピリチュアルな新たな知識、もとい刺激を求めるのである。時折。

* この三宅日冴子、その女は、陽光に握られても白く照らない偽物の黒髪ショートカット、平均よりやや高な鼻筋、カールの薄い瞳にかかる下向きの睫毛、コクのある真朱の唇、あどけなさを残した丸みを残した玉子の輪郭に、瞳は鳶色だった 。6年前までは。それより未来の彼女を、晴翔は知らない。晴翔より2つ上の、晴翔の心を一心不乱にした魔性。「再開するとしたら冷静沈着でいられるように、イメージトレーニングをしておかなくちゃ。それか神にでも頼もうかな。僕はもうお姉ちゃん子じゃないし大丈夫か」

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