都伝堂 ~都市伝説のその後~

七倉イルカ

第1話 都伝堂


 それはね、身近で起こる怖い話なんだ……。

 だけど、誰もそこにはたどり着けないんだよ……。


   ◆◇◆◇◆◇◆


 「なんだろう、この店?」

 駅への近道になる裏通りで、ぼくは奇妙な店を見つけた。


 表のショーウィンドウには、型の古そうな炊飯器や汚れた人形、束ねたロープ、傷のついたフルフェイスのヘルメットなどが、無造作にならべられている。


 リサイクル・ショップのようだけど、薄っすらと埃をかぶった炊飯器など、売れそうにない以前に、売る気が無いのではと思ってしまう。


 汚れた人形や束ねたロープなどは、そのあたりに落ちていたものを拾い、そのまま並べただけのような感じがする。

 つまり、どれもガラクタなのだ。


 見あげると、歪な木を輪切りにして作ったような看板がかかっていた。

 しかし、そこに書かれている文字は達筆すぎる草書体で、なんと書いてあるのか、よく分からない。

 なんとなく、『都伝堂』と書いているようにも見えるが自信は無い。


 「変な店だよなあ」

 そもそもこの場所に、こんな店なんてあったんだろうか……。

 ぼくは首をかしげると、開きっ放しになっている引き戸の出入り口から、中をのぞいてみた。


 薄暗い店内は、入ってすぐに背の高い商品棚がある。

 そこにも何やらごちゃごちゃと、使い道のなさそうな商品が並べられているようだった。


 でも、実をいうと、ぼくはこういう雰囲気が嫌いじゃない。

 フリーマーケットや初めて入るかリサイクル・ショップのように、何か珍しいものに出会えるんじゃないかと、ワクワクしてしまうのだ。


 もしかしたら、掘り出し物があるかも知れない。

 ガラクタ市で買った一枚の安い絵が、実は有名な作家の作品で、何千万円もの価値があったというような話は、誰でも一度は聞いたことはあると思う。


 そういう大袈裟な話じゃなくても、たとえば店の奥にカードゲームのカードが、無造作に並べられていて、その中にレアモノが埋もれているかも知れない。

 いや、ただのレアカードではない。

 SR(スーパーレア)

 SSR(ダブルスーパーレア)

 HR(ハイパーレア)

 LR(レジェンドレア)

 まさにお宝が並んでいるのだ。

 ショーウィンドウの商品の統一性の無さからみて、可能性が無いとはいえない気がする。むしろ可能性は高そうだ。


 しかも店のおじさんは、そのカードがレアモノだとは知らず、ノーマルカードと同じ値段で売っているのだ。

 これは買いである!

 店のおじさんが、カードにはレアとノーマルがあると知ってからでは遅いのだ。

 値段が跳ね上がってしまう。

 今、買わなきゃ絶対に後悔することになる!


 そう考えると心臓がドキドキしてきた。

 幸い今月分のお小遣いは、ポケットの中にある。

 これはのんびりとしていられない。

 開きっ放しの引き戸から、ぼくは店内に入った。


 時々、お父さんから、「よく考えて行動することと、勝手に思い込んで行動することは、まったく違うぞ」と言われる。

 つまりは、そういうことだった。


  ◆◇◆◇◆◇◆


 入って正面の棚を右方向に回ってみる。

 左に折れる形で棚が続いていた。


 なるほど。この店のレイアウトが分かった。

 真ん中に背の高い棚を四角く置き、回廊のようにしているのだ。

 上から見ると商品棚を中心に『回』の形になるはずだ。


 壁側にも、汚れたマフラーや、何年も前のカレンダーなどが引っ掛けられていた。

 売り物なのか、ディスプレイなのかも判別できない品揃えである。


 背の高い棚のせいで、店内を見回すことは出来なかったけど、わずかにホコリ臭い店内に、人の気配は無かった。

 店の人は奥に引っ込んでいるのだろうか? 


 無人の店というのは、何か居心地が悪い。

 悪いことをしている訳ではないのに、悪いことをしているのではと疑われたらどうしようと、変な心配をしてしまうのだ。


 ぼくは、わざと咳払いをしてみたけど、「いらっしゃい」という声も、誰かがやってくる気配もしなかった。


 仕方なく、ぼくは一つ目の棚の角を回ると、静かな店の中で、棚の商品をながめた。


 下段にはベビーカーや扇風機のような大物、中段にはポーチやマグカップのような小物と、関連性の感じられない商品が並べられている。

 新品と思えるものはひとつもない。


 「……鎌、だよね」

 ぼくは、中段の棚に置かれていた鎌を手に取ってみた。

 木製の取っ手に湾曲した刃の付いた、普通の草刈り用の鎌である。


 「どこにでもある、鎌だよなあ……」

 木の柄は手垢で黒ずんでいるが、三日月型のシルエットをした刃の部分は、サビひとつ浮いていない。


 刃の部分だけが新品というわけではなく、元の持主が何度も研ぎあげたようであった。

 触れただけで、指が落ちそうなほどの鋭さにみえる。


 「いらっしゃいませ」

 不意に後ろから甲高い声がした。


 ……!

 驚いて振り返ると、いつの間に現れたのか、ぼくの真後ろに、店主らしき小柄なおじさんが立っていた。

 おじさんは、小学生のぼくより、まだ小柄だった。


「その商品が気に入ったのかな? それは掘り出し物だよ」

「こんな使い古しの鎌が?」

ぼくは呆れた顔になった。


ぼくの欲しい掘り出し物は、こういうものではない。


ぼくの表情を見たおじさんは、目を糸のように細め、舌の先で薄い唇をなめた。

どうやら笑顔を作っているようだった。


「それはね、四十六人だよ」

「……え?」

おじさんの言葉の意味が分からずに、ぼくは怪訝な顔になった。


「円」ではなく、「人」と言ったのだ。

もっとも「四十六円」だとしても、それはそれで安すぎる気がする。


「きみは『口裂け女』を知っているかな?」

そして、おじさんは唐突に話を始めたのだ。


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