24話 名探偵・釣山薫とは?

「さて、では説明もこれぐらいにして私の役目について話しましょうか」

『最後の語りだ…』

『探偵の一番気持ちの良い所』

『これ言いたくて探偵なるまである』

『…ちょっと分かる』


 ドローンが飛んでいる。配信は続いている。俺はスマホを見ている。そして、釣山も見れる。俺の自意識はすっかり神様のような第三視点を獲得してしまった。俺はドローンと同じ俯瞰で世界を見ている。


 影で分からなかった蒼・うぶなさまの顔を覗き込める。二人と目が合う。俯瞰した視点を彼女達も認識している。俺は顔を動かさない。


「おみわるか?」


「分かるよ。例えどうなろうともさっちゃんの事は何でも分かる。どうかしたのは私達だけど」


 何処か自嘲気味に笑う蒼。


「でも、本当の事をいえばさっちゃんがそうなってくれることを私自身が心底願ってたんだよね」


 俺の俯瞰視点がある場所に顔を近づける。そこにはきっと俺の唇がある。


「さっちゃんが何処かに行きたいってと思ってるのはずっと知ってた。でも私はね、さっちゃんより世の中を少しだけ多く知ってたの。世の中はそんないい場所じゃないの。きっとさっちゃんはそれを見て…ここはさっちゃんじゃないから分からない。でも、私はそれが酷く嫌だったの」


 俺の目は遠い記憶を見ている。俯瞰した目は過去も未来も見える。俺はすっかり神様だった。あの夏の、鮮烈で終わり無い夏の日々、そこに蒼がいた。


 俺は少し涙が出ていた。人として生きたあの夏を俺はきっと忘れない。神様になった俺にはもうあの繰り返されるような夏を味わう事は出来ないのだから。


「三郎、わたしもね、遠いとこから来たの」


 俺はうぶなさまを見ている。神様になったから分かってしまう。うぶなさまは神様である前に異邦人なのだ。


「もうきっとあの場所は無くてね、形としてはあるけどきっと違うものなの。だから私の故郷はここ、どんな目にあったって私はここが好きなの」


「いすふ?」


「今風の喋り方が面白い?勉強したの、スマホ見て、動画見て、折角だから今度は服も着替えて見ようかしら。なんだか、三郎が神様になったからついつい気軽に話せちゃう。なんだか、ようやくこの村に溶け込めた気がするわ」


 ふふっと笑ううぶなさまは、いやうぶなは、何処か子供っぽくて無邪気で寂しがりやな一人の少女に見えた。


 また涙が出る。彼女達はきっと俺を神にしたことに罪悪を感じているのだろう。でも俺は、今こうやって全てが分かって本当に良かったと思う。


「…ねえ、私の話聞いてる?私の最後の演説なんだけど?」

『全無視で受ける』

『完全に三人の世界』

『お、およびでない』

『一番気持ちいい所なんだから無視してやるな!!!!』


 釣山が不機嫌そうな顔をする。俺は口を少し動かす。喉の調整をする。そして声を出す。


「お前が何故こんな地下まで歩きながら推理ごっこをしたのか?それはこれから来る交渉人・金満優がすぐにこれない状況を作るため」


 俺は人語を発する。それは全てがことみのりとなる。気をつけて言葉を選ぶ。それは全て真実になる。現実を捻じ曲げてはならない。


「お前が何故、芝居がかって推理劇を披露したか?それは金満太が途中で理事を辞め、理事会が痺れを切らして攻撃的な措置を行うと推理したから」


 俺はスマホを操作する。協会の号外を一瞥する。全てが分かる。


「エクメヌマグとはマジックポイント溜め込み、高出力の光線に変換するアイテム。S級相当のダンジョンで非常に良く見つかるマジックアイテムであり、現代ダンジョン黎明期に銃火器のように使われた。だが、その出力がマジックポイントに比例する点や流行による対策によって使われなくなった。協会はそれらを買い取り・回収・改造して、膨大なマジックポイントを持つS級およびA級冒険者達に常時マジックポイントを溜め込ませていざという時に使える小型軽量広範囲爆弾として運用している」


 そして釣山を見る。俯瞰視点も顔についた目も。


「それらを用いた局地的連続絨毯爆撃が今回のサブプラン。金満太が俺に対して切った御戸開による仲間内での殺し合いが不発に終わった以上、そちらを進めるしかなかった。そして、お前が持ってるマジックアイテム・安楽椅子探偵は自分自身が一切の攻撃行動を行わない限り如何なる攻撃行動を受けないという代物。つまりこの大規模空爆でも一切ダメージを受けない」


 俺は立ち上がる。そのままスタスタと歩く。彼女を全方位から見つめる。何もかもが分かってしまう。


「この初心名村、及び初心名村ダンジョンを完全に消滅させる事でうぶなさま因子がダンジョン構造に組み込まれるのを恐れているというのは分かるがそれでは解決しない。俺は分かるがそれをすればより因子が濃くなり、現存する八割のダンジョンからうぶなさまが発生する。そして当然、俺達は死なない。その策は意味がない」


「…名探偵じゃん、何も話すこと無いよ」


 釣山の顔は引きつっている。だが、最後に一つだけ言う。これは意趣返しである。俺は神様になっても嫌な奴だった。


「釣山薫、お前はもう名探偵ですらない。お前というカードは既に切られて終わったんだ。さっさとこの場から消えるんだ。もう、今更、興味がない」


 俺は何か喚く釣山を捨て置く。


 今すべきなのはこの村に落ちてくるエクメヌマグの処理である。神だから分かるがもし仮に今の自分が持つ力で排除してもそれらを彼らは理解できずにまた攻めてくる。彼らに分かる方法、まともなダンジョンの方法で処理しないといけない。


 …だが、今思うと俺が知るダンジョンはどれも例外的でまともなダンジョン知識など無い。マジックアイテムを作って解決してもそれは初心名村オリジナルだから多分駄目だろう。


 …ここに来てこんなことになるとはこの茅葺三郎、大変驚いている。


「んだばどしよ」


「さっちゃん、左手貸して?」


「んだ?」


 俺は蒼の前に手を出す。蒼は俺の手を持って左手の薬指に指輪を嵌める。その形、見たことがある。これは八柱が持っていた…


「ねえ、さっちゃん、私ってば結構頭いいんだよね。今、さっちゃんが何を考えてるか分かっちゃうんだ。ま、わざわざ薬指に嵌める必要なんて無いんだけど折角、折角だからね。ねえ、うぶなも!」


「ええ、そうね、三郎、手を貸して」


 うぶなは俺の手を持つ。そして、また薬指に指輪を嵌める。同じ物。二つで一つ。俺はやるべきことを理解する。二人の頭を軽く撫で、後ろに並んだジジババ達をかき分けて、俺は左手を前に突き出す。


 それは八柱高一が持っていたマジックアイテム・ソロモの指輪。その効果はマジックポイントを消費して様々な召喚騎士を無尽蔵に出せる、そしてそれらが出ている間は使用者は無敵である。


 そのために必要な物を願う。まず俺は俺自身に祈りを捧げる。そして昔、うぶなさまと食べたあの供え物を思い返す。それを今ここで使う。


「俺は、俺に願う。無尽蔵のマジックポイントを、この手に」




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