20話 茅葺宗次郎とは?

―――

 

 それはいつかの夏。


「父ってどんな人でしたか?」


 隣のうぶなさまに聞いてみる。社近くに作ったベンチ、木陰が心地よく供えを入れた後にここで飯を食うのが気持ち良い。


 うぶなさまは少し驚いた顔をしとる。分かる、初めてこんな話をしとる。


「どしたん急に?」


「いえ、お供えも安定して供えれてるし願いもええ感じに叶えて貰えてますし、機嫌が良い時にこういう話をしたいなと思ってたんです」


「うーん、そやね。今はお腹も一杯やからね。怒らずに思い出せるわ」


 ぽんぽんと腹を叩く。口周りは少し血が付いている。


「そやね、一言で言えば駄目な人やったな」


「駄目ですか…」


「うん、自分は何でも出来る。何だってやってやると自信満々なんやけど何もかもが空回りして最後には全部駄目になってしまう様な人。そういうのが好きな女の人がたくさんおってそういう人に助けられながら生きとった人。だから最後までダメダメやった」


 うぶなさまはははと笑っとる。俺は笑えずうんと頷く。父との思い出はほぼない。手を繋いでくれて蒼と引き合わせてくれたあの日以外はずっと何処かに行ってる人だった。


 だから殺す時も躊躇無かったのかもしれない。思い出にない人だから。


「でも顔はイケメンやったんよ。それが受け継がれたんやね。三郎はほんまかっこいいわ」


「照れますね」


 うぶなさまはゆっくりと俺を抱き寄せる。そのまま顔を擦り付けてくる。血と草と着物の匂いが混ざり合って鼻に入る。生まれた時から嗅ぎ続けたそれは産湯の様に馴染む。


「ほんまかっこええわ、あんたはずっと私のモン、ずっとずっと私が側におるよ」


 母のようで、妻のようで、子供のような神様。俺と同じ外を知らない神様。だからこそ何処か依存めいたこの関係を続けれるんやないか…俺なりにそう分析しとる。


「ええ、そうですよ、ずっとあなたのもんです。一生ここにいます」


「ありがとう、嬉しいわ、三郎」


 父の事を話したのはそれっきりだった。


―――


「で、利権の話はこれぐらいにして。君のパパンの話をするね」


「パパンいうな、アホが」

『辛辣すぎて笑う』

『まあ殴りたい顔ではある』

『権力者ってムカつくぜ!』

『なんかそれは違うだろ』


 初心名村ダンジョンを進み続けて数時間、俺は画面に向かって罵倒してしまう。


 蒼は気難しそうな顔で撮影ドローンのバッテリー交換をしとるし、うぶなさまは懐かしむ様な顔をしとる。釣山は自分の役目が奪われて完全にうむむという顔になっとる。だったら連絡入れなきゃええやんか。まあこの感じやと雇われてる感じやな。仕方がない。


「もーそこはどうでもいいの。それよりも君のパパは本当にイケメンだった。凄いイケメン、メッチャかっこいい」


「それはええわ、はよ、本題言ってくれや。この村をどう運営して何をしとったんや。利権とかも父がやっとたんか?他にいくらでも語ることあるやろ?」


「ない」


 画面の男は笑わなくなる。少しだけ寒気がする。笑いが張り付いた男の無表情は酷く不気味に見えるらしい。


「君のお父さんはね、何もしてない。僕が裏から手を回し続けてどうにかこうにかしたけど彼が考えたことなんて一つも無いと思うよ。常に女遊びのことばかり。最後だってうぶなさまを夜這いしようとしたんでしょ。最後まで下半身な男だよ」


「…そうか」


 薄々は分かっていた。というよりずっとそう思わない様にしていた。自分が殺した父は色んな馬鹿をしたがそれは頭を使った上での凶行やと思ってた。でも、違う。馬鹿だからそれしか出来なかった。


 そして、その血が俺にも流れている。


「SOJIが出てたダンジョン探索促進CMがあってさ、それに女が映ってるってので謝罪騒ぎになったんだよね。でさ、経歴的な面で考えるとうぶなさま案件と思うじゃない?でもそれが大間違い、普通に振った女に祟られてたらしいよ。笑えるね」


「笑えませんよ」


「ひーちゃん!酷い」


 はっはと笑う画面上の男。男の服が黒くて画面に俺の顔が反射する。父に似た風貌。それはつまり俺があの男のような軽薄さを受け継いでる事に他ならない。習わしや風習を固執するのは俺の中にあるたわけを封じ込めてる。


 名探偵の推理劇、それは確実に俺の中にある忌まわしき物を掘り起こし続けている。やるやんけ。


「じゃ、仕事あるからこの辺でお話出来て楽しかったよ、三郎くんに皆さん。なんかあったらまた話そう、じゃね!」


 そして連絡が切れる。真打ち登場から早すぎる退場とも言えるけども、名探偵としては安心感の方が強い様に見える。まあ完全にだんまりやったしな。


「では、その次の代である。茅葺三郎について…」


「あ、そだそだ、大事な事忘れてた、三郎くん、ちょっとこっち来て」


 また画面が付く。釣山薫がデカすぎる舌打ちをしている。何だと思いながら画面に顔を近づける。反射に蒼とうぶなさまが見える。滅茶苦茶苦い顔しとる。なんかうっすらこいつが嫌いなんやろ。


 気持ちは分かる。俺もうっすら苦手である。初対面なのに異様に親しげ何が腹立つわ。


「なんや?」


「いやね、凄く簡単に言うとね…」


 声が小さくて聞こえん。耳は人の倍聞こえる、つまりクソ音が小さいっちゅうこと。顔を更に近づける。反射で見えてたうぶなさまの顔も蒼の顔も見えんぐらい近づく。相手にも俺の顔がドアップに見えてるやろ。構わんわ。


 そして呟きが聞こえる。



 そして画面に映像が表示される。


 それは


 それは


 


―――

【すごいぞ】初心名村チャンネル監視板17【オーディエンス】


232 名無しですが何か?

金満出てたぞ


233 名無しですが何か?

ってか結構重要な話やったな


234 名無しですが何か?

初心名村ダンジョンの素材・アイテムは持ち出しても意味がないって感じなんか


235 名無しですが何か?

やっぱダンジョン内ダンジョンって感じなんやな。独自通貨を作り続けている感じか。


236 名無しですが何か?

だから初心名村を広げたい感じなんか。使える場所を増やすために


237 名無しですが何か?

で金満としては初心名村を隠し続けたのはそれらを独占的に運用出来る様にするためっと


238 名無しですが何か?

流石理事、話が分かりやすい


239 名無しですが何か?

初心名村の信者がちょこちょこ出てるのも計算の上って感じか


240 名無しですが何か?

こっわ、マジの商才じゃん


241 名無しですが何か?

ってかやっぱ初心名様はユニークモンスターで決まりって感じか


242 名無しですが何か?

そうなるとさ、何のユニークって話にならん?


243 名無しですが何か?

あーたしかに単純にクソ強モンスターの可能性もあるけど


244 名無しですが何か?

ってかそもそも初心名村が巨大なダンジョンだったらさ、そんな場所に長い間いた人間そもそもどうなるん?


245 名無しですが何か?

東京のダンジョンで遭難してた奴が見つかった時、一部がモンスター化してたっていってたな


246 名無しですが何か?

うお!!!こえええ!!!


247 名無しですが何か?

ダンジョンの一部としてダンジョンが判断し始めるんやろな。でダンジョンの性質に合わせて変化させる。


248 名無しですが何か?

つまりモンスターって元は人間だったんじゃ…


249 名無しですが何か?

アホか、手間考えろ


250 名無しですが何か?

何にでも元は人間だったを注ぐネット民


251 名無しですが何か?

あるある


252 名無しですが何か?

実は作品の登場人物は死んでましたってオチもあるある


253 名無しですが何か?

日常もので絶対に語られる奴


254 名無しですが何か?

ってかそれたけどこれやっぱ初心名村の人さ…人間じゃないってことにならん?もしくは既にモンスターになってるというか…


255 名無しですが何か?

…分かってて逸らしてたんだよ


256 名無しですが何か?

怖いだろ、アホ


257 名無しですが何か?

直視さすなボケ


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