茅葺三郎の動画

動画投稿サイト内で発見された。

タイトル表記が難読漢字。検索用のハッシュタグや動画説明なども存在しない為視聴者数は5。ただしコメント数は2500を超える。全て特定個人によるもの。


―――

投稿日は夏、茅葺屋敷の離れにて座る男、茅葺三郎、少し疲れている。


「どうも、初めて自分で動画を上げて見ました。編集ってのが分からくてそのまんま撮ってそのまんま流してみるつもりです。今、初心名村は大きく変わっております。人が少しずつ増え、うぶなさまを信奉する人も少しずつ増えてます。嬉しいことです。村長としてこれほど誇らしいことはありません」


溜息。


「いや、ホントはそれだけやないんです。凄く上手く行ってる筈なんです。実は俺自身の取り越し苦労かもしれません。俺はこの前、感情的になって人を殺めました。それはいけんことです。うぶなさまに供えるとは訳が違います。意味のない殺しです。でも、それを誰も咎めないんです。それは俺が村長だからなんでしょうか?俺は、俺は怖いんです」


震える。


「俺の中に眠る父や祖父の血が、俺は、俺はたまに思い返します。祖父や父の死を、あれはみんなで殺したと蒼とうぶなさまは言います。違います、俺が、俺がこの手で殺めたんです。俺は、俺は怖かった。あの二人のようになるかもと、だから必死に善人であろうと思いました。でも配信を見ていると感じるんです。俺自身の持つ考えが歪やないかって。だったら俺は何を信じたらいいんです?」


スマホを見る。その目は充血している。


「奥座敷の話なんて聞いたことが無いんです。俺はこの村の事を何でも知ってるつもりでした。でも、あんな場所知りません。そして、あそこには父の残り香がありました。あそこに父はいたんですか?知らないです。何も知らん、俺は何も知らん、だったら何のために村長なんかやってるんです?」


三郎の後ろにうぶなさまが立っている。彼は気が付かない。


「俺は間違ってるんです?正しいんです?大和が夜這いに来ました。それも他の女も引き連れてです。こんなのおかしいと思い拒みました。蒼とその夜、話しました。それで良いといいました。何も分かりません。何も分かりません。なんですかこれは村長は人嫁と神嫁をもって規律正しくあればそれで良いと思ってました。でも何もかもが揺らいでます」


うぶなさまが抱きつく。そして頬ずりをしている。気付いていない。


「うぶなさまも何でも赦してくれる。あの人の怒りはいつも外に向いてる。でもなんでそこまで良くしてくれるんです?理由は、理屈は?分からん、俺には何も分からん、怖い、どんどん理由も分からず幸せになるのが怖い。何が起きるんです?いや、なにも起きないんです?それとも、それとも、うぶなさま、うぶなさま、お助け下さい、わたしはもう何も考えとうありません」


 社に向かってお辞儀をする三郎。うぶなさまはおぶさっている。


「この動画は俺が初めて自分の手で撮って自分の言葉で語った動画です。これが俺の真実です。これと同じことを何度もみんなに話しました。うぶなさまに話しても蒼に話しても大和に話してもみんな頷くだけなんです。全てが肯定されるだけ。そやねだけなんです。まだ俺はこの村の人柱って話なら分かるんです。でもそうでもない」


 スマホに近づき停止ボタンに触れようとする。その手にうぶなさまが触れている。


「覚悟を決めたつもりでした、この村と心中するつもりでした、でも俺はもしかしたら俺は何も知らないまま皆に担がれたまま言われるがまま動いてたんやないんですか?じゃあ俺は何処にいるんです?茅葺三郎はどこにいるんです?」


「ここにおるよ、好きよ、愛しとるわ、三郎、ずっとずっと側におるよ」


「うぶなさま、お助け下さい」


映像終了


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