第13話 うぶなさまが怒る
「蒼さん、助けに来ました!!」
『誰?』
『八柱じゃん、糞有名人だろ』
『ダンジョン協会のCMにも出とるやろ』
『TV見ないから…』
『何かをしないアピール』
コボルトの群れを手で毟りながら順調に進んでいたら後ろから声がしました。何処か清々しい俺とは違い自信に溢れた声。振り返るとそこは男が立っていました。周囲には灯火、その男を照らします。
「皆さん、こんにちは。俺は八柱高一といいます。蒼さん、それにここにはいないですが大和さんを助けに来たんです」
俺と年は同じくらいかもしれない。だがどうにも顔が良い。身長も高い。
「蒼さん、聞いて下さい。酷く劣悪な環境で生きていると手を伸ばした相手に縋ってしまう事は良くある事例です。蒼さんや大和さんはそういう状況なんです」
手には剣と銃、胸には首飾りが煌めいてる。自分とは似てるけどどれも綺羅びやか。
「ダンジョンのモンスターが外に出て周囲の人間を支配するという事例は過去に何回かあります。福岡でのキングオークによる女学校監禁事件、北海道でのビックスライムによる〇〇村集団洗脳事件、東京での死霊術師による死者蘇生」
その目には疑いはない。自分の事を信じている。俺も同じだ。だけどその眩さに俺は何処か後ろめたさを感じる。
「お二人もそれに該当します。私はこれらをダンジョン災害と認定して、救助しに来ました。この初心名村ダンジョン及び初心名村を閉鎖して皆さんにも避難して貰おうと思ってます」
きっと全て正論なのかもしれない。全てこいつに委ねたら解決するのかも知れない。そんな予感は少しだけあった。
「大丈夫、ダンジョン協会は離脱しましたがコネクションはあります。あなた達の安全は保証します。ただ茅葺三郎、あなただけは駄目だ」
俺に剣を向ける八柱高一。周囲に無数の光、それらが線になって陣になり無数の戦士達を呼び出す。剣士だったり、弓持ちだったり、中には彼より大きな大男もいる。きっとこれがまともな強さなのだろう。俺とは違う。
「調査資料を見てましたがあなたは怪しげな宗教を作り、彼女達を洗脳し肉体関係を迫った。その上モンスターとの性行為をして、挙句の果てにS級冒険者認定を不当に得た。汚らわしい。既にあなたの精神はモンスターに近い。ダンジョン法に則って被救護者の深刻な精神汚染と認定します」
蒼やうぶなさまは黙っている。俺の言葉を待っているのだろう。そして八柱高一は俺に近づく。既に鼻先に彼がいる。俺より頭一つ大きい。その目は俺を見下している。
「俺にあなたは救えない」
―――
ある時の夏の夜
「私ね、さっちゃんと一緒に過ごせてる時間が一番幸せよ」
「なんや急に」
ダンジョンに入る前日、俺と蒼は屋敷で飯を食って少し床入れした後に軒先で座って涼んでいた。お互いに酷く汗ばんで少し臭うがもう今さらという感じである。
手元には冷えた麦茶、うぶなさまが作った元気薬、これで明日も万全や。
「明日からが本番やろ?緊張するわ、方言とか辞めたほうがええかね?」
「そのまんまでええんよ?ねえ覚えとる、私がお母さんに言われて仲良くしてたって話した時」
「覚えちゅうよ、ま、そんな気はしとったからな。でも俺はそれでも同年代の友達が出来て嬉しくて、好いてくれるのが嘘であっても嬉しかったんよ」
「…あん時、私酷く救われた気分になったんよ」
「救われた?」
「うぶなさまにお話聞いてもらった時もそうやけどそれ以上に私はあなたに救われたんよ。本当に助けて欲しかった時に側にいてくれるって凄く大事な事やと思うんよ」
「…照れるわ!もう寝よや!どしたんや急に」
蒼は俺を見る。相変わらず綺麗な顔立ちに少し開けた洋服。遠くの方でジジババの宴会が行われている。笑い声が聞こえる。お供えも切れてもう後がないけどもそれでも俺達が暗くならんよう笑うとる。
「明日から色んな事が一気に変わる。だからね再確認。私はあんたの為なら何だってする。そう決めてここまで来たよ」
蒼の目は空に向く。灯りもまばらなこの村では星が掴めほど近くに見える。それが瞳に映り込んで瞬くように輝いてる。あまりに綺麗で何も言えん。
「だからこれだけは覚えといてどんな時も仮に間違ったとしても私はあんたとどこまでも行く、人嫁ってそういうことやから」
―――
ある時の夏の昼
「あ、どうも三郎様!!」
「ああ、大和さん、せいが出ますね」
田んぼ横でジジババと握り飯を食ってる大和、先程まで農作業をしてたのだろう至る所が泥まみれになっている。ここに来た時は酷いくまがあった目元も随分と薄れて元気いっぱいという感じである。
「はい!!おにぎり食べます?」
「さっき軽く飯は済ませたんで大丈夫です。この村には馴れました?」
「馴れるも何も無いですよ!私、今人生が始まったーって感じです」
オーバーな手振り、周りのジジババが気に入る訳だ。元々感情的な人なのだ。だが、初めて見た時は本当に死にそうな顔をしていた。だから真言を使った。もう心が死にかけとった。村人をこういう風に増やすのは不本意やがそれでも使うべきと思った。
「そりゃ良かったです」
「三郎様、私、あなたの後ろめたさがなんとなく分かりますよ」
笑った顔が急に真面目になる。コロコロと表情が変わる。魅力的な子や。きっとここやない何処かでも幸せになれる子や。そう思ってるのに気付かれたんやろな。賢い子や。
「詳しくは分かりませんがきっと何か特別な力で救ってくれたんですよね。それが心残りになっている感じ…ですか?」
「ほんま賢いね、そうやな」
「でもあの時救われなかったら私、きっと死んでました」
昼の明るさが彼女を焼いている。白く透き通る肌や豊満な胸もどこか健康的な夏そのものに見える。屋敷に来てた時の彼女は薄汚れ常に下を向いとった。それが俺に重なったんかもしれん。
「救って欲しい時に救いの手があるって中々難しいんですよね。いらない手助けって沢山あるじゃないですか、私も良くしちゃいます」
「あるなあぁ、おれもしょっちゅうや」
「でもあなたの手は私の欲しい時の手でした」
俺の手を掴む。その笑顔には崇拝がある。でもそれが真言のせいか、彼女自身のものか、うぶなさまに聞いてもきっと分からない。
「だから、この村に来て良かったです。私、この村の為になりたいです」
「ありがとな、俺のほうが救われとるわ」
―――
ある時の夏の朝
「毎日掃除してほんま偉いわ」
「神旦那の、いや村長の役目ですからね。これだけは渡せません」
社の掃除をし終えて、気持ちよくうぶなさまが過ごす場所を作る。離れや村を歩き回っとる今でこそもう終わりゆく習わしやけどそれでも俺はこれが結構好きなんや。
「三郎、あんたは本当にええ子よ。いやいい人よ」
「よして下さい。俺は与えられた役目をこなしてるだけです」
「それって大事なことよ。毎日、同じことを繰り返す事って本当に難しい事なんよ。ついつい遊びが出る。あんたはそれが無いからね」
「まあ習わしですから」
「堅物とは少し違うんよね、真面目とも違う、不思議なやつよ、あんたは」
うぶなさまは社の座からゆっくり降りて俺の背中におぶさる。重みは少しだけある。まるで厚着の服を着るような居心地の良さがある。実際、俺の着物はうぶなさまの仕立てである。
「ねえ、あんたは考えんの?私がなにか興味ないん?そういう事を聞いたこと無いやん」
「…多分、うぶながそういう話をしたくないと思ってるからかも知れないですね」
驚いた顔をするうぶなさま。こんな事言うのは初めてである。蒼もおらんし、青臭いこと言ってしまうわ。
「ええね、そういう所がほんと好きで」
「大げさですよ」
うぶなさまはおぶさるのを辞めて俺の前に来る。社は開かれ朝の光が入り込む。白無垢はキラキラと滑り、後光を出している様に見える。その顔は相変わらず美しいが何処か異人のようである。
「何でもかんでも知ろうとするから角が立つし、嫌になる。そのまんま何も知らずに長く続けるのって結構大事だと思うわ。私みたいな面倒な神様のお世話するにはね」
「自分で言わんといて下さい、反応に困りますよ」
「はは、そやね、でもね、あんたらは私に救われとるというけど私もあんたに救ってもらっとる所があるんよ?聞きたい?」
「…辞めときます」
「ここは聞いてええのに」
うぶなさまはコロコロと笑った。
――――
「供えよか」
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