第10話 うぶなさまをかたる

『ってか、うぶなさまがいれば何でも願いを叶えてくれるならダンジョン配信意味なくね?』

『分かる、アイテム回収もしないし素材も集めてない』

『ただモンスターを倒してるだけって残酷じゃない?』

『スレでもメッチャ言われてたもんな』

『いや、なんか思惑があるんだって』

『三郎、そこんとこどうなの?』


 向かってくるコボルトを狩りながら配信コメントを見てるとそんな意見が流れてくる。確かに普通の人はそう思うかもしれん。だけどもそりゃ根本が間違っとる。うぶなさまを知らん未開の人やから啓蒙せにゃあかんね。


「蒼、ちょっとスマホ近づけてえ」


「はいはいよ」


「どしたんの?」


 少し狭い通路をとっとと歩きながら近づく蒼とうぶなさま。


 そしてうぶなさまを俺の横に呼ぶ。うぶなさまは長いウエディングドレスを華麗に着こなしている。俺は黒の着物。うぶなさまは初心な神様、常に婚礼であれというのが習わしである。日々、初夜のういういしさを忘れてはいけない。


 親しき仲にも礼儀ありである。


「みなさん、うぶなさまを誤解しておられる。うぶなさまは別段、何でもかんでも願いを叶える都合の良い神様ではありません。神旦那である俺が供え物をして祈り願いを捧げそれがうぶなさまのお眼鏡に叶って初めて叶うんです」


『そうなん?』

『でもその武器も作ってもらった感じやろ』

『結婚してるから優遇されてるんじゃない?』

『それだと三郎の願いしか叶わないじゃん』

『独占じゃん』


 視聴者数が増えるとこういうコメントが増えていく。最初こそ蒼がブロックしてくれたけど増え方に追い付いてない感じや。俺も出来る限り説明するがどうにも小馬鹿にされてる感じがある。


「いや違いますよ。村長として村の人の話を聞いてそれ取りまとめて願いを叶えるんです。個人の望みなんかそうそう言いません。そんなことすれば厄災が起きるに決まってるやないですか。それは知ってるでしょ?」


『厄災?』

『なにそれ』

『ってかうぶなさまにも話聞きたい』

『声聞かせて―』

『おーい聞こえとるやろーーー』

『失礼だって』

『いやいや、神様なんておらんし。ってか全部ダンジョン協会が仕組んだ広告とかじゃない?』

『ありそう』


 どうにも収拾が付かん、こうなったらみんなには悪いが仕方ない。勾玉握って真言を出そうと口を開く。その時、先にうぶなさまがおしゃべりになる。その口から長い舌がちろりと出て印をきる。


 不味いわ、やわ。俺は耳塞ぎをする。スマホを持つ蒼は既にしおわっとる。頭回る嫁やわ。


「みなさん、うちの旦那を舐めとんの?」


 遠くで声が聞こえる。耳塞ぎで声が曇って聞こえるがそれは酷く心を痺れさせる。ヤマトの嬢ちゃんの心を開いた時もこれを使われた。願いを叶えるだけがうぶなさまやない。人の心を開いて心を掴むのも仕事の一つやき。


「私は叶える願いを選びます。都合の良い女やありません。この前、掲示板?ってのを蒼に見せて貰いました。ほんま礼儀知らずの人たちやわ。なんでそんなことするん?私があんた達になんかした?」


『すみません…』

『でもそれって蒼がやったやない?』

『そんな証拠無いやろ』

『流石に』

『無礼だったかも』

『申し訳ないです』


 声はより強く、甘くなる。まるで香りまで感じる。誘われる様に足が動き出しそうだがなんとか抑え込む。


「謝ってくれたらええわ。みなさんが初心名村を知って興味を持って下さるのは嬉しいんよ。でも、人食いの里とか変な宗教が蔓延っとるとか好きかっていうのはほんま嫌なんよ。実際、見てないのに噂で物を語るのはあかん」


『すみません』

『それは確かに…』

『スレ民はそう言ってるけどまあそりゃそうだな』

『憶測で物を言い過ぎた』

『今度行ってみるか』


 俺が持ってるスマホをうぶなさまに見せる。最後のコメントを見るとにっこりといい笑顔になる。声は色を帯びてふわふわと宙を舞っている。それは蒼の持つスマホにゆっくりと入っていく。見てる人のもとにことみのりが向かってく。これで問題解決や。


「分かってくれたらええわ。蒼がこの村の情報をまとめてネットに載せてくれてるからそっちも見て欲しいわ。変な掲示板を見て物を語るのはあかんよ。お待ちしてます」

 

 いい感じで締めくくられる。俺と蒼が耳塞ぎを終えて拍手をするとうぶなさまは少し頬を膨らます。怒っている。


「三郎、蒼が言ってた炎上が怖いのは分かる。でもはっきり言わんといかん時もある。三郎もことみのりを使えるんやけん、使えばええ」


「人が使う時は真言ですよ」


「細かいことはええんよ!!」


 確かに細かいことやったわ。反省して頭を下げると蒼もうんうんと頷いとる。同じく怒られてたのになんでそっち側に…ズルい嫁やで。


「そうですよ、たかが4000人に真言使っても社会に影響なんてありません。さっちゃんはやさしいけん。でもここは厳しく行こ?」


 二人はねーなど言ってる。二人の嫁が仲良くなりすぎるのも困るわ。蒼を招き寄せ、俺はスマホに顔を向ける。真言を開き、ヤマトにしたように心に入ってそこに楔を打つ。


「茅葺三郎です。無礼な輩は初心名村の裏門に来て下さい。供え台で会いましょう」

『了解』

『OK』

『なにそれ?』

『なんかやばない?』

『OK』

『了解』

 

 これで供え物が山ほど来てしまう。俺は隠れていたコボルトの首を軽くはねながら溜息を出す。あんまり供えすぎると願いが狂う。


―――


 遠い昔の夏


「うぶなさまにもっと供え物用意するにはこれしかなか!」


「何言う取る罰当たりが!!」


「もう合併の話も来とる」


「そげなこと言われても無理や。うちにはうちのルールがある」


「遊部村の神様はもっと色々叶えてくれる」


「なげにうぶなさまは願いを叶えん!!」


 茅葺屋敷の中では村のお偉いさんや父や祖父、蒼の母親が集まって何かを話し続けている。その真ん中にうぶなさまが座ってて退屈そうに欠伸をしている。俺と蒼は庭先で鞠蹴りをしている。


 童歌に合わせて鞠を蹴る。


「やしろにおちたきぬたまをひらいてあらわれうぶなさま」


「あたまをかじってやまひらきあたまをのめばあめがふる」


「やしろのおくのみつたからあつめあわせりゃ…さっちゃん、少し離れた場所でやろ?」


「…ええな。大人はみんな怖いわ。うぶなさま悲しい顔しとる」


 庭先から少し離れた場所に池があり、そこに石を投げて遊ぶ。最初こそ面白かったがどうにも大人の騒ぎ声がうるさくて集中出来ん。一緒に池沿いに座ってぼーとする。夏の日差しに池が焼かれて、像をゆらゆらとさせる。


 蒼を見るとうーんと唸っている。


「どしたんぞ?」


「さっちゃんが神旦那になってくれりゃ全部解決やのにな」


 俺の手を握り、肩に頭をぽんと乗せる。心臓がバンとはねる。ほんま人を弄ぶのが上手いわ。


「俺は子供や、まだ先よ」


「年なんか関係ない。うぶなさまは好きな人と結婚すべきや」


「そうであって欲しいけどな、難しいわ。きっとうぶなさまの神旦那になるんわ、父さんやろ」


「…それは無いかもしれんよ」


 冷たい声を出す蒼。彼女がこういう言い方をする時は大概当たっとる。周りの話を聞いて良く考えて答えを出す。俺には出来ん芸当や。


「さっちゃんのお父さん。色々調べたけどうぶなさまを金儲けの道具にしようとしてる。神旦那やないけん、お願いを言える立場やない。その上、人嫁候補の私のお母さんとも上手く行ってない。甲斐性無しやって言ってたわ」


「よう知っとるな蒼は」


「さっちゃんがこういうの疎いから、私がよう知っとかんといかん。こういうのは女房の努めやき」


「気が早いわ」


「三郎!!!!来なさい!!!」


 父が声を荒げる。こちらにずんずんと近寄るとそのまま手を掴む。離れの方に向かう。


 後ろからはじいちゃんばあちゃんが「家に逃げるな!」「ほんま都会もんが!!」「この村を売り物にするつもりか!!」「神旦那でもないのに偉そうやわ!!」「そげにこの村が嫌なら出ていけばええ!!」など好き放題言われている。


 父の顔を見る。学があって頭も良くて口が回る都会の人。俺とは違う賢い人や。そんな人が今、目を充血させている。俺の手を握る力は強く、そしてボソボソと喋り続けている。


「どいつもこいつも分からずやの馬鹿が。村を広めにゃ供え物なんか集まるか。ダンジョンに隠れて人攫いなんてもう続かへん。うぶなさまもさっさと床入れさせてくれたらこんなことにはなってない。なんで俺が神旦那になれんのや。やるしかないわ、やるしかないわ、舐めやがって、俺は男や」


 そして俺を見る、その顔は酷く醜くかった。



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