第7話 うぶなさまは開かれる

「なげにそんなことした?」


 ダンジョンから帰ってすぐに離れに蒼を呼ぶ。うぶなさまも来ると言ってたけども俺が村長としてどうしても聞かにゃ行かんことがあるんでどうか聞き耳立てずに社にお戻り下さいとお願いした。


 少しばかし暑い、扇風機で身体を冷やしている。いや腹の底は冷えてる。


「なげに


 遠くで蝉の声がする。ゆらゆらと揺れる草の陰が襖に映る。蒼は土下座をしたまま何も言わん。俺は刀を出し、構えを取る。


「うぶなさまを裏切るつもりか?正直に話してくれ。俺も掛け合う。どうにか出来るんならどうにか…」


「さっちゃん、私は一度だって裏切ったこと無い。うぶなさまもそうや。私はこの村の為を思って御戸開の光景を撮影した」


 蒼は顔を上げる。その目は理知的で狂いはない。なら頭が回った上でやったってことや。


「どう村のためになる?」


「さっちゃん、いえ、村長。この配信を見て下さい」


 蒼は横に置いてたスマホを俺に見せる。初心名村チャンネルの登録者数の欄は1万人を超えて最後の配信に関しては同時接続の部分が3000を越してる。


「凄いわ」


「ええ、更にネットでは村の場所を探そうとかダンジョン協会の冒険者を派遣しようとか色んな事を言われてます。実際一人来たらしいです」


「そうかい、あれももう一度山探しせんとな。んでそれが撮影したんとどう繋がる」


。これは絶対の習わしです」


 蒼はもう一つのスマホを取り出す。画面をこちらに向けず畳の上にある。少し身構える。この中に御戸開の映像が入ってる。死が目の前にある。ひどく恐ろしい。


。これを使えばお願いを使わずとも遠くの人間でも確実に殺せます。見て下さい」


 蒼は俺の隣にちょこんと座るといつもパチパチやってるPCというやつを向けてくる。画面上には訳わからん文字や小さなマークが沢山ある。目がクラクラする中で蒼がパチパチと操作すると画面が切り替わる。


「初心名村チャンネル監視板?なんやこれ」


「初心名村チャンネルのことを調べ回って、その上初心名村についても調査してる連中が集まる場所です。最初のうちはこっちの情報を漏らして人集めに使うつもりやったんですけど、どうも知りすぎてる連中もいます。なんで消すんです」


 蒼はいつもと変わらない様子でPCを操作する。


「動画ファイルをコメントしてる連中のPCに直接送って自動再生するようにしました。その後、消去されるので証拠は残りません。これで少しずつネットの情報を操作するんです」


 蒼はPCをたたむと抱きついてくる。俺も同じ様に抱きしめる。俺には分からん話ばかりや。蒼の顎を上げて瞳を覗く。そこに嘘は見えん。これは幼馴染やから分かる。


「さっちゃん、最初にうぶなさまに機械周りをお願いする時に分からんくても私の信じる事を信じるって言ってくれた。それが私の指針になっとる」


「そやな、それは今も同じや」


 蒼は笑みを浮かべる。昔からそうだった。いつも半歩後ろを歩くような性格やけど気になったら何もかも無視して突き詰めようとする。


「だから私を信じてくれたさっちゃんの気持ちに答えたい!!わたしはみんなを守りたいんよ!!」


 俺を押し倒し、そのまま床入れ部屋まで連れて行く。テンションがおかしい、服を脱ぎながら喋り続けている。鼻血も出しとるわ。


「さっちゃんもうぶなさまもこの村もじっちゃんばっちゃんも好き、だからこの世界のそういう連中に食い物にされて欲しくない。私がそういう世界からみんなを守る。強さではどうにもならんけどこれなら負けん。私、もっと役に立ちたい!!」


 抱きついてまぐわいながらも喋り続けとる。


「人嫁だからって守られてばかりはいやなんよ!!私も村を大きくする!!だって私は


 懐かしさを感じる。蒼は昔からそうだった。


―――


 遠い昔の夏


「三郎、彼女がお前の人嫁になる子だよ。あいさつしなさい」


「はい、父さん」


 茅葺屋敷前に佇んでいた少女、そしてその隣にいる恐ろしく美しい女性。日傘をさしたハイカラな人。距離があるのと日が照りすぎて道がぼーとしてる中、ハイカラな人は少女に何かを言って離れていく。


 父はその人の方に向かって何かを話している。その内容は思い出せない。


「茅葺三郎さん?」


 二人から視線を外すとすぐそこに少女がいた。俺とは違い洋服を着ている。靴も可愛らしい。心臓がドキドキとしてしまう。


「そうです」


「なんか緊張してるん?」


「そんなことないです」


「なんかカタコトよ?」


「…方言出したら田舎モンっと思われちゅうと」


 つい出てしまった。俺が口を抑えると少女は愉快そうに揺れる。少し短めの髪、サラサラの肌、そして何も知らん俺とは違って頭が良さそうな顔をしてる。


「そっちのほうが自然でええよ、私は…蒼よ、よろしくね」


 夏の暑さと遠くの方で聞こえる祭り囃子で名字を聞き損なう。今日は初心名祭りである。何処もかしこも陽気な雰囲気に満ちている。ただ、俺はいつも神輿の中に入れられてそこの窓から見てるだけ。俺はその中にいない。


 急に手が握られる。心臓の高鳴りも気付かれてしまった。いや、向こうも同じぐらいドキドキしている。


「えへへ、同じやね。ねえ、さっちゃん」


「さ、さっちゃん?」


「三郎やから、さっちゃん、ねえ、一緒にお祭り行こ?」


「…じいさまと父さんの赦しを貰ってない。それに俺は神旦那候補だからそんな事してる暇ないんよ。うぶなさまに愛される様に努力せんと」


「…でもうぶなさまはきっと今のあんたが好きやと思う。変にカッコつけん方がええと思う。私もそっちのほうが好き!!ね?うぶなさま?」


 蒼が手を振る。そちらを見る。焼けるような陽の光の中にうぶなさまが佇んでいる。ただ、そのお顔は酷く疲れており、その近くに父と蒼を連れてきた人が立っている。そして何処かに消えていく。その時、父はうぶなさまになにか言ってた。


 父らしからぬ大きな口の動きをするから嫌でも分かってしまう。


『なんで、なんで俺じゃ駄目なんだ』


 










 

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