第2話 うぶなさまのお陰で今日がある

「はー凄いな、こりゃまだまだ先があらぁ」


 俺と蒼にうぶなさまは洞穴を進み続けていた。一度階段はあったがそれ以降は曲がりくねりの道。俺達は松明のあかりだけを頼りに進んでいく。俺は猟銃に弾を込めながら周囲を見回す。


「ゴブリンみたいなのはいなくなったども、オークってのはまだいらなぁな」


「だねぇ」


 蒼は呑気な顔してスマホを俺に向けている。しばらく配信ってのをやってたらちったあ慣れてくる。俺はふりふりと手を振ってみる。蒼がスマホを見せてくる。コメント欄は大賑わいだ。視聴者数?も1000を超えたらしい。村よりも多いわ。


『おじいちゃんじゃん』

『かわいい』

『ってかかなり進んだな。まだ先ある感じ?』

『大物じゃん』

『ってかさ、初心名村って調べたんだけどさ』

『ん?』

『え?』


 俺は足を止める。無い?初心名村は現にここにある。それにどうしても聞きたかったうぶなさまを知らないって話。どうにも噛み合わない事が多い。俺がスマホに話しかけようとしたら蒼が止める。


「いや、みなさん。初心名村は漢字が既存のモノではないんです。なんで普通に検索しても中々出ません。初心名村チャンネルに地図情報を記載するので是非それを参考にして下さい」


『そうなんか』

『あー、田舎ってあるもんなそういうの』

『ちょっと調べるわ』

『これでわかったら会いに行ける』

『オフ会しようず!!』

『ええやん』


 皆が納得する中、俺は蒼を見る。適当な挨拶を終えて、配信を切ると俺の方を向く。辺りは彼女の松明のみで照らしてる。影の中に毛むくじゃらのオークがいてそいつらがこっちを睨んでる。


「蒼、お前、俺に隠し事してねえか?なんで俺が話そうとすると止める?」


「ごめんなさい、でも、これはどうしてもしょうがない事なんよ」


「俺ももっと話したい、聞きたいことが沢山ある。…俺がコメントの人と話すのはそんなに嫌か?」


「そんな事は!!」


 蒼が何か言うより先に俺が声を出す。



 言って辛くなる。蒼は昔から外の知識を仕入れるのが上手かった。パソコンだって出来るし、勉強も良く出来る。俺とは違う。俺は何も知らねえ、この村の外を何も知らねえ。だから愛想付かしたんかもな。


 そんな俺に抱きつく蒼。


「さっちゃん、そんなこと言わんといて。私はあんたの人嫁よ?ずっといっしょや。私がコメントの人に話を聞いて欲しくない理由はあんまうぶなさまの事を教えるのはいかんからと思ってるだけや。心配させてごめんな」


「…俺こそすまん。初めての事ばかりで緊張してるわ」

 

「三郎、蒼、二人とも喧嘩は良くないわ」


 抱き合う葵と俺を覆う様に抱きしめるうぶなさま。隙を見せたのが分かったのかオークは槍持ってこっちに突撃してくる。それをうぶなさまはひと目見て硬直させる。俺はそれに合わせて猟銃を打つ。


 脳味噌が吹き飛ぶ。それを繰り返すとうぶなさまは大変に喜ぶ。


「ええね、三郎。私ね、折角だから配信?ってのに出ようと思うの。私の事をそれに映す事を許可するわ」


「…うぶな、本当にええのか?インターネットってのは怖いって聞くぞ?」


 俺の忠告にうぶなさまはふふと笑う。そして、俺の背中におぶさって俺の胸をまさぐってくる。これは床入れの合図である。


「いいわ、世の中は広がりが大事ですもの。それに村のせいで喧嘩する二人を見たくないの。はい、これで話は終わり。蒼、何処かに天幕を引いて?床入れしたくなったわ」


「はい!直ぐに!!」


 蒼は嬉しそうに持ってきてた天幕と薄い敷布団を敷き始める。うぶなさまはお優しくなった。神旦那である俺の心を分かろうと寄り添ってくれる。ありがたいことだ。


 


――――


 数年前の夏。


「お供えが足りんね」


 社入りをした俺と蒼にうぶなさまはそう言われた。神旦那であっても基本はうぶなさまが上である。俺と蒼は床板に頭を押し付けながら話を聞く。蝉の鳴き声だけが響いとる。


「ですが、そうそうにお供えにする人はこの村に入ってこんのです。昔通りに米や獣の肉ではいかんですか」


「いかんよ。私は人間の味を知ってしまったんよね」


 俺は頭を上げる。隣にいる蒼は頭を上げん。神旦那と人嫁では立場が違う。うぶなさまに認められん限りは当然頭を上げることも許されない。それが習わしである。


「あんた達が捧げたんやろ?人は美味しいわ、もっともっと食べたいんよ。そしたらこの村をもっと繁栄させたげる。だから集めて、もっと人を呼び込んで」


「考えます、どうにかして人を呼んで…」


「あの!!」


 蒼が額を擦り付けながら声を上げる。普通なら無礼になるが人嫁だから一度の無礼は許される。あぐらをしてるうぶなさまは爪を蒼に向ける。


「面をあげてええ、同じ三郎の嫁として話を聞きたいわ。なんかあるん?」


「はい、私は機械弄りが趣味でしてそれを使えば人を集めれると思います。HPやSNSにYoutubeを利用して人を呼び込めば必ずやお供えを集めることも…」


「難しい言葉使うって随分偉いんやね、蒼、馬鹿な私に分かるようにお話してくれん?」


 場が固まる。いつの間にか蒼の前にうぶなさまが立っている。そして爪を彼女の額に立てる。ズブリとささり血が垂れて、肉が少し削られる。だがそれでも蒼の顔は変わらない。


「申し訳ありません。ですが、これはどうしても必要なんです。この村に人を集めるにはそういう訳分からないものに縋るしかないんです。どうかお許しを!」


 蒼はうぶなさまを見つめ続ける。俺は蒼の肩を抱く。俺は馬鹿やし物も知らんけど蒼の事は信用できる。


「うぶなさま、俺も彼女の言ってる言葉がわかりません。でも彼女は彼女なりにこの村を考えてくれてます。どうか赦して欲しいんです。俺もうぶなさまと一緒に勉強します」


 俺達はうぶなさまを見つめる。はーと大きく溜息を吐いて、元の場に座る。


「頑固やね。でも気に入った好きにして私も気に入ったら手伝うわ」


 うぶなさまのその言葉に俺達は飛び跳ねる。うぶなさまもうずうずしている。俺が手を差し出すと同じ様に飛び跳ねる。うぶなさまを説得するのは難しい。でもやるしかない。


「はー、こっから勉強かしらね。三郎、蒼、英気を養いましょ。さあ、食べよ」


「頂きます」


「いっただきます!!」


 俺と蒼はうぶなさまにうながされて…

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