第3話 世界に蔓延る緑について➂
彼女は読み終わると感想を書いた紙を持ってきてくれた。大抵はノートの切れ端で短いセンテンスが鉛筆で書かれていた。
「ノーマンはとても苦しい思いで海を泳いだ」とか、「本棚に火をつける描写は魅力的だが、とても残酷だ」とか「母親は子供を叩いたがあなたはそれをするべきではなかった」とか。
ある日、僕は白紙の小説を女の子に渡した。特に理由はない。今思えば、僕は決してそんなことをしてはいけないなかったのだけれども、済んでしまったことは仕方ない。女の子はいつものようににっこり笑って受け取ると翌日なにもなかったかのように自分の小説を渡した。「これが感想の代わりだから」と言って。その小説は夕日が沈む前の地平線のように長く、誰の言葉も受け付けようとしない孤独な小説だった。テーマがなく、硬派で、どこにも行き着かない(行き着こうとしない)。僕が今まで読んだことがないタイプの小説だった。おそらく、どこかの文学賞に出せば、楽々パス出来たと思う。もちろん、原稿に恐ろしいほどの注釈とおびただしいほどの傍点をつければ、という話にはなってしまうけど。
そんな出来事があって、僕はますますその子を好きになってしまった。好きにならないわけがない。
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