【15】国王からの呼び出し

六領同盟に関する新聞記事を読んで、朝から嬉しくなっていた私だったが――。

その日の夕方、父と通信をした際にになりつつあると知ってしまった。


「お、お父様……ウソでしょう!? まさか国王陛下が、私の話を聞きたいだなんて!」


ここは公爵邸内にある私の部屋。水盤状の魔導通信機に映し出された父の映像に向って、私は青ざめながら叫んだ。


父が、申し訳なさそうな顔で私を見つめ返している。


『ウソなものか。協定書調印式のとき、陛下は私に言ったんだ――『そなたの娘を宮廷に招いて、ぜひ詳しい話を聞きたい』と』


なによ、それ……。全然意味が分からない……。


「私の話を聞きたいって……いったい、何を話せというんです?」

『お前がどのようにして灼血土から魔塩を作る方法を思い至ったのか、大変興味があるそうだ』

「……!」


私は、責めるような目で父を見つめた。


「お父様。魔塩の製造や六領同盟には、私は一切関与していないことにする約束だったでしょう?」


そう。

父と私は、事前に約束していたのだ。


【魔塩の製法を発見したのも、六領同盟のアイデアを考案したのも父】という設定で行こう――と。私の名前は一切出さず、父がすべての取りまとめ役となるほうが良いはずだから。


「クラーヴァル家に嫁いだ私が中途半端に事業に絡んだりしたら、百害あって一利なしです! 南部六領の復興のカギとなる魔塩事業が、クラーヴァル家のお金儲けの材料にされてしまいますよ!?」


私が声を尖らせると、父は眉を寄せて謝ってきた。


『本当に申し訳ないと思っているよ……。しかし第三王子殿下の追及があまりに厳しくて、お前の関与を明かさざるを得なかったんだ。そうしたら、国王陛下も関心をお持ちになった』


「第三王子……というと、レオカディオ・フォルカ・セルマ殿下のことですね?」


殿下の名前やお顔なら、私だって知っている。

レオカディオ殿下は現王家で唯一魔法の才能を持つお方だ――災禍の竜の出現時には、王国騎士団竜伐隊の騎士としてご活躍なさっていた。


私がレオカディオ殿下について思い巡らせていると、心の中のエデンが(……レオが!?)と叫んでいるのが聞こえた。


――レオって、殿下のこと? どうして愛称なのかしら。

頭を疑問符でいっぱいにしていると、父が話を続けた。


『第三王子殿下は私に、『なぜ灼血土の焙煎に思い至ったのか、経緯もぜひ教えてくれ』と何度もおっしゃってな……。魔法の使い手である殿下にとって、魔塩の製法は大変興味をそそられる内容だったらしい。私では対応しきれず、しかも王家への虚偽は有罪となる――だから正直に答えるしかなかったんだ』


なるほど。

たしかに、『結論だけでなく経緯も教えろ』と命じられたのに嘘をついたりしたら、大問題になってしまう。適当な嘘をつくよりも、真の発案者の存在を明かす方が王家の心証を損ねずに済む。


「そういうことなら、仕方ありませんね……。それで、私はいつ登城すれば良いのですか?」

『それは私にも知らされていない。後ほど、ヴィオラ宛に陛下が召喚状を送るとおっしゃっていた』


ということは、じきに屋敷に私宛の召喚状が届くのだろう。

宮廷への召喚なんて人生初のことだから、うっかり粗相をしてしまったらどうしよう……。とても気が重い。


「まぁ、分かりました。要するに私は書状に指定された期日に登城して、製法発見の経緯を述べれば良いのですね。……準備しておきます」

『ありがとう。頼んだよ、ヴィオラ』


通信が終了した。

思わず、長い溜息が出てしまう。


「うーん。製法を思いついた理由ね……どう答えようかしら」


(少々面倒なことになりましたね、ヴィオラ様)

「そうね……。実際には私が考案したんじゃなくて、エデンがオロラニア王国で見てきた製法を真似しているだけだもの」


エデンは、困惑したような声を返してきた。


(レオ、……いえ、第三王子が関心を持ったそうですが、あいつは面倒くさいので注意してください。同じ竜伐隊で数年間寝食をともにしてきましたが、本当にしつこいんですよ、あいつは。悪い奴ではないんですが)


「面倒くさいって、……そんな言い方をしたら王子殿下に失礼だわ。しかも『あいつ』だなんて……」

(いえ、第三王子が俺に命じたんです……『友として振る舞え』と。本当に何を考えているのか、腹の読めない男でした)


と、エデンが溜息をついている。殿下とエデンは一体どんな関係性だったのかしら……。

興味は湧くけれど、今は登城準備のほうが優先だ。


「……ともかく登城の準備が必要ね。自分で製造経緯を発案したことにするなら、きちんと理屈を組み立てておかないと。登城日の確認もしなくちゃ」


私はこの部屋に執事を呼び出すことにした。

私宛の書状が届いているのなら、執事が把握しているに違いない。



しかし。

――コン、コンというノックの音ののち、入室してきた人物を見て私は絶句していた。


「ルシウス様!?」

執事とともに入室してきたのは私の夫、ルシウス・クラーヴァル公爵だったのだ。


「やぁ、ヴィオラ。3か月ぶりだね」


彼は口元に笑みをこしらえて、私を見つめていた。口は笑っているけれど、瞳は決して笑っていない――私を侮るような眼だ。私の大嫌いな、その目つき。


王都にいるはずのルシウス様が、なぜいきなり公爵領に来たのだろう?

「…………なぜ、あなたが」

「なぜって? この屋敷の主人は君ではなく、この私だ。私がいつ戻ろうと勝手じゃあないか。君にお伺いを立てる必要はないだろう」


言いながら、ルシウス様はゆったりと私に近づいてきた。


「今日は君に、大事な書状を届けに来たよ。ほら」


ルシウス様が差し出してきた書状には、王家の封蝋印と国王陛下の記名、そして宛名に私の名があった。しかし、


「国王陛下から直々のお声がけを賜るなんて、名誉なことじゃないか。魔塩に関して、君に聞きたいことがある――と書いてあるが? 一体、君は何をしたのかな?」


私が目を通すより早く、ルシウス様は書状の内容を口に出した。


「まさか……私への書状を、ルシウス様は勝手に読んだんですか!?」

「そうとも。何か問題でも?」


当然のようにうなずいているルシウス様を見て、全身の血が逆流しそうになった。

――本当に、この人の頭の中は一体どうなっているの!?


私を暴漢に襲わせておきながら、なぜこんなに平然としているの? ――ルシウス様が関与したという証拠が不十分だから、しらを切りとおすつもりなのだろう。

私の食事に薬物を盛っていた件についても同様だ。どうせ、私がいまだに気づかず食事を摂り続けていると思い込んでいるのだろう。

本当に、最低な人!!


書状の件を抗議しようとした私を、ルシウス様が冷ややかな目で見つめた。その目があまりに冷たくて、私はぞくりと凍り付いていた。


「妻というのは、夫の所有物だ。だから、君の同行を管理監督する責任が私にはある」


……なにを、勝手なことを。

そう反論しなければならないのに、なぜか言葉が出なくなった。

頭の中が、恐怖に支配されてしまう。1年間の結婚生活で受けた仕打ちが、つらくて苦しくて寂しい日々が、ルシウス様の目を見ると鮮烈によみがえってくる。

全身から血の気が引く音が聞こえた。


――怖い。私は、この人が怖い。


(……ヴィオラ様!)

エデンの声が響くと同時、私の意識は心の奥に引きずり込まれた――それと同時にエデンが体の主導権を握る。体の震えはぴたりと止まり、エデンはじろりとルシウス様を睨みつけた。


「私は閣下の所有物ではありません」

「……? なんだい、いきなりおかしな話し方をして。虚勢を張っているつもりなのか」


ルシウス様は呆れたように肩をすくめると、エデンに問いかけた。

「それで結局、君は魔塩となんの関りがあるんだ? 君は公爵家の妻なのだから、私の問いに答える義務があ――」

「義務などありません」


エデンは、きっぱり言い切った。


「私の身も心も、私自身のものです。閣下が夫としての責務を果たさないのだから、私も閣下を夫とは思いません。ゆえに、陛下に話すべき内容を閣下に伝える筋合いはありません」


私は心の奥から、ぞっとしながらエデンの発言を聞いていた。

こんな生意気な発言をしたら、ルシウス様はどんな仕打ちをしてくるだろう……? 


しかしルシウス様は、なぜか愉快そうに眼を細めている。


「……へぇ。虚勢の張り方が、なかなか板についているじゃないか。根暗で華のない女性だと思っていたけれど、今の君は少しだけ面白いね」


何が面白いのか、ルシウス様はくつくつと意地の悪い笑みを浮かべていた。




「ともかくこの召喚状に書いてある通り、登城日は1週間後だ。当日は必ず私が同伴する――国王陛下に拝謁しようじゃないか」

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