第55話 オクレール侯爵家の事情
「それでは、私はその長男の代わりだと?
しかも、名前まで同じアンディだなんて……」
「同じ薄茶色の髪、青い目、そしてアンディという名なのは、
長男を亡くして心の病になって寝込んでいた、
オクレール侯爵夫人を騙すためだ」
「母上は騙されて、私を本当の息子だと思い込んでいたと?」
「俺は侯爵夫人に会ったことはないから、
本当に騙されていたのかはわからないけれどね。
君が庶子で養子になったというのは知っている。
その手続きをした時、クラリティに留学していたから」
「そんな……」
お母様はアンディのことをお兄様だと信じ込んでいた。
私が家を出される前、三歳のアンディを十八歳の私の兄だと思い、
アンディの言うことを聞くようにと言っていた。
きっと、亡くなるまであんなふうだったのだろう。
ライオネルが淡々と説明したからか、
アンディは自分が庶子で養子だったと理解したようだ。
顔色が悪い。それだけ予想外だったということか。
他人事だったのなら、可哀そうだと思うかもしれないけれど、
オクレール家を追い出された私には、
どうしてもアンディに同情することはできなかった。
「それに、オクレール侯爵家の借金の理由だけど、
調べたところ、君のほかに庶子は二人いた」
「え?」
アンディの他に二人も?
それは私も知らなかったのだけど。
おそらく私がオクレール家を出た後でわかったのね。
必要があれば言うはずだから。
「薄茶色の髪と青い目で生まれた男子。
それが養子として引き取る時の絶対条件だった。
だから、他の色で生まれたもの、女子は引き取られていない」
「私の兄弟が他に二人も……。
その二人はどうしているのですか?」
「契約でそうなっていたようだが、引き取らない庶子は分家の養子になっている。
オクレール侯爵が金に困ったのはそのせいだ。
愛人三人への謝礼と引き取らなかった子ども二人の養育費」
「そ、そんな……本当なのですか?」
「ああ。自業自得だな。
ジュリアが嫡子のままなら、そんな金いらなかっただろうに」
借金って、そんなことだったの……。
お父様が私を嫡子だと認めてくれたのなら、愛人も庶子も必要なかった。
だから、借金で苦しんでいたとしても、自業自得だと言われても仕方ない。
「でも、父上の借金はそれが原因じゃないんです!」
「違うと?」
「いえ、それもあるのかもしれないですけど、
その他に事業を始めようとして、失敗してしまって。
父上は騙されたんです!精霊石が取れるって言われて!」
「精霊石?」
「はい。オクレール侯爵領地にある洞窟に鉱脈があるって。
話を持ち掛けてきた貴族がいて、
父上が一緒に視察した時に実際に精霊石が出たそうなんです!」
どういうこと?
精霊石はペリシエ侯爵家の血をひくものでなければ採掘できない。
それなのに、精霊石が取れた?
「その精霊石はどうしたんだ?」
「鉱脈があると教えてくれた人が持って行ったそうです。
ジョルダリに持って帰って、本物か確認してくるって。
その分の謝礼金はかなり良かったので本物だったのだろうと」
「へぇ?」
「契約したら本格的に採掘する予定だったのですが、
やっぱりクラリティ王国から運ぶのは大変だからいいって、
断られたそうなんです」
「断られたのに事業?」
「父上はその貴族に売るのはあきらめたけど、
精霊石ならジョルダリの王家に直接売れるだろうって。
鉱山として掘れるようにちゃんと整備したけれど、
結局それから一つも出てこなかったと」
それって、騙されたっていうのかしら。
うん……精霊石は出てこなくて当然なんだけど。
ライオネル様を見たら、目をそらされた。
「あのね、たとえ精霊石が出たとしても、
売れなかったと思うわよ」
「え?」
「ペリシエ侯爵家は精霊石を王家に献上しているの。
わかる?売っているわけじゃないのよ?」
「献上……?じゃあ、出たとしても」
「わざわざ買うわけないわよね」
「そんな……」
無駄なことをしていたとわかったのか、
アンディががっくりと肩を落とした。
愛人たちへのお金と鉱山の整備代。
そのせいでオクレール侯爵家はどうにもならなくなったのか。
そんな理由で借金したなんて、クラリティ王家には説明できないだろうし、
他の貴族も助けてはくれないだろう。
こうなったら、爵位と領地を返上するか、
王家に全部話してしまって爵位を下げてもらうか。
どちらにしてもお父様は嫌がりそう。
「結局はオクレール侯爵家の自業自得だな。
話が終わったのなら、帰ってくれ」
「え?助けてくれないのですか?」
「どうしてジョルダリ王族の俺たちが、
クラリティの貴族を助けなきゃいけないんだ。
クラリティの王家に助けを求めればいいだろう」
「父上がそれだけは駄目だと……」
「では、あきらめるしかないな」
「そんな……」
事情はわかったけれど、結局助ける理由は何一つない。
そもそもジョルダリ国が手を出せる問題でもない。
これ以上話しても仕方ないから帰ってもらおうか。
そろそろ時間だとライオネルが話は終わりだと告げる。
だが、アンディは立ち上がろうとしなかった。
ライオネルが冷めた目で対応しているからか、
アンディは私へと矛先を変えた。
「たしかにジョルダリ王家には関係ないかもしれませんけど、
でも姉上の生家なんですよ?
姉上は父上を助けようと思ってくれないのですか?」
「私が助ける?どうして?」
「育てられた恩があるでしょう?
それに、多額の持参金だって」
「あぁ、持参金ね。
それ、慰謝料と手切れ金だったんだけどね」
やっぱり黙っていられなかったのか、ライオネルが口をはさむ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。