第54話 予想外な手紙
「お母様、見て!虹が出てる!」
「本当ね!」
「にじ?きらきらしてる」
「そうね、綺麗でしょう?」
「うん!」
もっと近くで見たいと言ってシャルロットが走り出すと、
その後をレアンドルもついて行ってしまう。
リーナや侍女たちが慌ててそれを追いかけている。
ジョルダリに来て十五年。
先に生まれた長女のシャルロットは七歳。
その四年後に生まれたレアンドルはもうすぐ三歳になる。
外見は私に似た金髪緑目のシャルロットと、
ライオネルにそっくりな銀髪紫目のレアンドル。
性格はどちらもライオネルに似ている気がする。
散歩の途中だけれど、王弟妃としての仕事が残っている。
あとは侍女たちに任せて、王宮へと戻る。
残っていた仕事がもうすぐ終わる頃、
ライオネルの部下の一人が慌てたように執務室に入ってきた。
「どうかした?ライオネルなら騎士団にいるんじゃないの?」
「先にライオネル様に見せたほうがいいとは思うのですが、
ライオネル様は王都の見回りに行ってしまっているそうで……。
判断がつかなかったので、とりあえずジュリア様にお持ちしました。
ジュリア様宛の手紙なんですが、
クラリティ王国のオクレール侯爵家アンディ様からです」
「……アンディから?」
あのアンディが今さら私に何の用だろうか。
考えられるとしたら、お父様が亡くなったとか?
開いて読んでみた手紙は想像とは違った。
違ったけれど、それは想像よりもずっと腹立たしい内容だった。
「どうしました?」
「あ、うん。これはライオネルと相談して返事をするわ。
とりあえず、届けてくれてありがとう」
「いえ、失礼します」
まずい手紙を届けたのだろうかと顔色を変えていたので、
気にしないように言うとほっとした顔になって部屋から出ていく。
……あぁ、頭が痛い。
どう対応しようか。まさか、アンディが私に会いに来るとは。
少しして、誰か連絡をしてくれたのか、
ライオネルが執務室に来てくれた。
「オクレール侯爵家から手紙が来るなんて、何があったんだ?」
「それが……アンディが私に会いに来るって」
「は?用件は?」
「オクレール家に援助してほしいと。多額の借金があるみたい」
「はぁ?」
ものすごく低い声で聞き返され、気持ちはわかると思ってしまう。
本当にアンディは何を考えてこの手紙を送ってきたのか。
「多額の借金の理由は?」
「わからないけれど、お父様が作った借金のようね。
何にお金を使ったのかはアンディに聞くしかないと思うけど」
「聞くしかって、会うのか?」
「もうこちらにむけて出発したようなの。
三日後には着くそうよ」
「冗談だろう?」
「それが、本当なのよね……」
アンディは、あのわがままな性格をそのままに成長したらしい。
いくら異母弟であっても、ジョルダリの王族である私に、
謁見の許可も出ないうちに訪ねてくることはありえない。
門番に追い返されても仕方ないと思うのに。
アンディは十九歳になる年のはず。
学園を卒業しているのに、常識はないのだろうか。
会いたいわけではないが、会わないでいるのも怖い。
何を考えて私に会いたいと言っているのか、
それを知らずに放置する方が怖いと思う。
「仕方ないから、一度会うわ」
「俺も会うよ」
「……そうね、一緒にいてくれる?」
「もちろん」
もう小さいころのアンディの顔も思い出せない。
レアンドルが生まれた時、男の子だとわかって、
もしお兄様やアンディに似ていたらどうしようと思った。
似ていたら愛せないかもしれないと不安になった。
結局、どう見てもライオネルにそっくりだったために、
その不安はすぐに解消されたのだけど。
それ以来、オクレール侯爵家のことも、
お兄様とアンディのことも忘れていた。
気持ちを落ち着けようと思うのに、落ち着かない。
仕事も手に着かないまま、アンディがジョルダリに到着するのを待つ。
謁見室ではなく、客人用の応接室でアンディと会うことにし、
アンディが王宮に上がったら、そこに通してもらうことにした。
そして、アンディが王宮に来たと知らせが来る。
ライオネルの仕事が終わるのを待って、二人で応接室へ向かう。
そこには、お兄様が成長したらこんな青年になっていただろうと思う姿の、
アンディがにこやかに笑って座っていた。
私たちが部屋に入ったのを見て、立ち上がったアンディは、
私へと笑いかける。まるで本当の兄弟のように。
「ジュリア姉上、ようやく会えました!」
姉上……まさかそんな風に呼ばれると思わなくて、
何も返すことができない。
言葉がつまってしまったのに気がついたライオネルが、
代わりにアンディに話しかける。
「まずは名乗ってもらえるか?君は誰だ?」
「えっ。あ、あの。アンディ・オクレールです!」
「そう。オクレール家の養子になった者だね」
「え?養子?」
驚いたようなアンディに、まさか自分が養子だと知らないのではと気づく。
ライオネルも同じように感じたのか、知らなかったのかと問いかけた。
「わ、私が養子だなんて嘘ですよ。
そんなこと父上にも母上にも言われていないですし」
やっぱり知らされていないのか。
では、私のことは本当の姉だと思っている?
「まぁ、詳しい話をする前に、ソファに座ってくれ」
「はい」
私とライオネルが座る向こう側にアンディが座る。
あの小さかったアンディだと思うと、どう対応していいかわからない。
私がまだ冷静になれないからか、ライオネルが話を進めてくれる。
「まずは、君はオクレール侯爵が愛人に産ませた庶子だ」
「え?」
「そのため、ジュリアとは母親が違う」
「いえ、でも……姉上は母上から産まれてるんですよね?
母上にはいつも私の可愛い息子、と言われていました」
「それは……君ではないアンディだ」
「……?」
まったく理解できないようで首をかしげているアンディに、
ライオネル様はお兄様のことを説明する。
アンディは……お兄様の代わりだったということを。
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