第43話 問題令嬢その1

先にクラリティ国の王都に到着したのは、

ルブラン侯爵家のブランカ様のほうだった。


三十人ほどの護衛と侍女を連れ、

ジョルダリから一週間かけて王都入りしたと報告が来た。

この屋敷の場所がわかるのかは不明だが、

今日中にやってくると予想されている。


「ブランカ様はどういう方なの?」


「先代までは伯爵家だった家だ。

 リナディル国との取引で大きくなった家だな。

 リナディル国との同盟を結ぶきっかけになった。

 それを評価されて侯爵家に陞爵している」


「リナディル国とのつながりが。

 だから王妃様と仲がいいのね」


「そう。大きな商家だから、金はあるんだよね。

 だから、今回もすぐに護衛と馬車を用意できたんだろう」


「そういうこと」


ジョルダリからの長旅に耐えられるような大きくて丈夫な馬車と、

野盗に対抗できる腕の護衛を何人も雇い、

ついてきてくれる侍女をそろえるのは簡単なことではない。


公爵家よりもルブラン侯爵家のブランカ様の方が早く着いたのは、

お金をかけて準備できたからのようだ。


「見た目とかは?」


「ちゃんと話したことはないんだが、マリリアナに会いに王宮によく来ていた。

 しっかり化粧して香水つけて、派手なドレス着て、押しが強い」


「あぁ、うん。なんとなく想像はできたかも」


この国にもそういう令嬢がいないわけではない。

あまり仲良くなりたいとは思わないけど。


「ここに来たらどうするつもり?」


「まずはジニーが相手する」


「ジニーが?」


「連絡もないのに押しかけてきて、会うわけないでしょ」


「それもそうね」


対決しなきゃって思ってたけど、言われてみれば会う理由がない。

約束しているわけじゃないし、そもそも知り合いでもない。


「とりあえず追い帰してみて、その反応次第かな。

 それからどうするかは向こうの出方を見てから決めよう」


「うん、わかった」


ブランカ様が到着したのは、リーナの報告が来る前にわかった。

門のほうで騒いでいる声が聞こえる。

甲高い女性の声。これは侍女の声?ブランカ様本人?


「ライオネル様、ジュリア様、門の外で騒いでいる令嬢がいます。

 屋敷の周りに何台も馬車が止まっているようですが……」


「ああ、ジニーが対応しに行った?」


「はい」


「じゃあ、ちょっと隠れて聞きに行こうか」


「え?」


隠れて?と思ったら、門の近くまで隠れていけるようになっているらしい。

こっそり移動して聞き耳を立てると、ジニーが女性と話しているのが聞こえる。


「ここからのぞけば見えるよ」


「本当だわ」





生垣の隙間から門の内側が見える。

ジニーは見えるけれど、令嬢は門の外だからあまり見えない。


「だから、ライオネル様に会わせてって言っているでしょう!」


「約束もないのに、通すわけにはいかない」


「私を誰だと思っているの?」


「誰であっても同じだ。

 まずは手紙で約束を取り付けるものだろう」


うん、ジニーが言ってるのは常識的なことだ。

突然相手の屋敷に行って会わせてだなんて、ありえない。

追い返されて当然なのに、女性は納得できないようだ。


「私はルブラン侯爵家のブランカよ!ライオネル様の妻になるんだから。

 あなた、私に歯向かうなら辞めさせるわよ」


「そんな話は聞いていない。

 ライオネル様の婚約者は他のご令嬢だ」


「それが間違いだから、こうして会いに来たのでしょう。

 私はマリリアナ王女にも認められたライオネル様の婚約者よ!

 早くここをあけて中に入れなさい。

 ライオネル様の間違いを正さないといけないんだから!」


「何を言われても、門を開けることはできない」


「まだ逆らうの?私は侯爵令嬢なのよ!」


ジニーが平民だと思ってるのか、あきらかに見下している。

何を言っても聞かないとわかったからか、

ジニーはため息をついて、短剣を取り出した。


「な、何をする気?それで刺すつもりなの?」


「刺すわけないだろう。

 これは飾り剣だ。王族の専属護衛だけが持つもの」


飾り剣にはジョルダリ国の紋章が見える。

それを見た令嬢は、驚きのあまり黙ってしまったようだ。

平民だと思ってたのに、貴族令息だってわかったからかな。


「私は侯爵令嬢よりも身分は上だ。

 お前の命令を聞く必要などない」


「わ、悪かったわ……。

 でも、ライオネル様に会わせてくれないのが悪いのよ」


「何を言われても会わせることはない。

 このまま帰ってくれ」


「このまま帰る?じゃあ、ライオネル様の責任になるわよ」


「責任?何が?」


「私はライオネル様の屋敷に泊めてもらうつもりで来たの。

 追い出されたら、泊まるところがないわ。

 貴族令嬢を外に放り出すなんて、何かあったら責任は取ってくれるのよね?」


ええええ?ここに泊まるつもりで来た?

ライオネル様を見たら、ぶんぶんと首を横に振っている。

そうだよね。会う約束すらしていないんだものね。


じゃあ、これも勝手に言っているの?信じられない。

ジニーも呆気にとられたのか、一瞬黙ってしまった。


「ほら、ライオネル様はそんな冷たいことしないわ。

 早く門を開けて中にいれなさい!」


「……確認してくる。しばらく待っていろ」


「開けなさいって言ってるでしょう!?」


「外で!待っていろ!」


あぁ、ジニーが怒ってる。怒鳴っているなんてめずらしい。

私たちが行く前から話していたみたいだし、何を言っても聞かなかったんだろうなぁ。





ジニーがライオネル様に確認しに来るようだったから、私たちも部屋に戻る。

部屋に戻るのと同時にジニーが部屋に入ってくる。


「お疲れ、ジニー」


「はぁ。疲れました。ライオネル様、どうしますか?」


「話は聞いていたよ。泊めるわけないけど。

 ヨゼフ、ハルナジ伯爵のところに連絡してくれるか?

 ジョルダリの侯爵令嬢ご一行の滞在先を用意してくれと」


「かしこまりました」


「急ぎで頼むと伝えてくれ」


「はい」


ヨゼフが部屋から出ていくと、

ライオネル様はジニーに放っておいていいと言った。

そしてリーナにジニーの分のお茶を頼んだ。


「え?放っておいていいの?」


「うん、後はハルナジ伯爵が案内してくれると思う。

 ハルナジ伯爵は外交官なんだ。

 ジョルダリ国の貴族がこの国で好き勝手したらどうなるか、

 しっかり説明してくれると思う」


「外交官……それなら話を聞いてくれるかしら?」


「聞かなかったら王都から出すって脅されるだけだね。

 ハルナジ伯爵はジョルダリの貴族がこの国で悪さしたら、

 ジョルダリ国へ強制的に帰すことができる権限を与えられている」


「それは聞くしかないわね」


外交官の権力ってことね。

逆らったらもうこの国に来る許可は出してもらえなくなる。


一時間ほどして、また門の外がうるさくなった。

ハルナジ伯爵が迎えに来たらしい。

少しの間騒いでいたようだけれど、馬車はどこかへ移動していった。

用意された滞在先に向かったのかな。


戻ってきたヨゼフがライオネル様に報告をする。


「王都の外れにある屋敷に案内したようです。

 ライオネル様との面会を希望しているとのことでした」


「おとなしく移動したのか?」


「はい。ジョルダリ国の出国許可を確認したところ、

 ハルナジ伯爵はすぐに偽造だと見抜きまして。

 牢に入るか、外交官の監視下に入るか、どちらか選ばせていました」


「なるほどなぁ。伯爵が見ればすぐに偽造だってわかるのか。

 それは従うしかないよな」


なるほど。それならブランカ様たちは自由に行動できなくなる。

このままジョルダリに帰すこともできるだろうけど、

どうするのかな。


「面会するの?」


「この後、ルミリアも来るだろう?

 どうせなら両方一緒にしてしまおうと思って。

 来るまで待とうと思ってる」


「両方……でも、そうね。

 できるなら一度で終わらせたいわね」


さっきの令嬢の勢いを思い出すと、何を言われるのかと思う。

どうせ嫌な思いをするのなら、一度で終わらせてしまいたい。



公爵令嬢が王都に着いたのは、それから五日後。

だが、公爵令嬢は屋敷に来るのではなく、なぜか学園に来てしまった。



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