第三章 鳩には救いを与え、カラスはしばき倒す ②

 トーナは跳躍する。ロストリアを悠々と見下ろせる高さ。防御壁の中で吼えるその頭上に、ロケットランチャーの弾頭を向ける。


「抹殺完了!」


 日本語訳を改めて決めゼリフを吐き、引き金を引く。

 弾頭が発射されると、その音に反応したロストリアが顔を上げる。弾頭は嘴に触れた瞬間炸裂し、黒煙の向こうから頭の吹き飛んだ巨竜が防御壁に倒れかかると、クラウ達が歓喜の声を上げた。


「やったぜ! トーナちゃん、すごいぞ!」


 防御壁が消えて、ロストリアが倒れる。反対側に着地したトーナが、クラウの賛辞に得意顔で振り返った。


「こいつを見せれば、商人ギルドの連中も文句は言わねぇだろ」


 クラウは満足したようにそう言って、岩陰から出てきたルンの方へ向き直る。


「ルン、街に戻ってギルドの奴らを連れてきてくれ。ちゃんと金も持ってこさせろよ?」

「あぁ、了解」


 頷いたルンは、ふと森の方へ入っていくトーナを見咎めた。


「あれ、トーナちゃん?」

「ルンさん、これ獣道かな?」


 畔の奥に広がる森にできた、大人がすれ違うことのできるほどの道。木々を薙ぎ倒し、雑草を踏みしだいて作られたそれが、人間が作った通り道でないことは明らかだった。

 この道を作ったのは獣だ。それも巨大な、この森で最も強い個体。ちょうど心当たりが、川辺に転がっている。


「ちょっと見てくる!」

「え、トーナちゃん⁉」


 好奇心の赴くまま、トーナが獣道を駆け出すと、ルンもその後を追った。


「おいちょっと、二人とも!」


 クラウが呼び止めるが、二人はどんどん奥へ進んでいく。

 木々の背が高くなっていき、陽射しが届かなくなってくる。薄暗い森がやがて開くと、そこに蔓と葉を集めて作られた円形の巣が姿を現した。


「これ、あの竜の卵じゃない?」


 巣の中心に置かれた、長円形の二つの卵。トーナの膝ほどの高さで、殻は灰色。そして、微かに揺れている。


「え、生まれそうじゃない?」


 ダチョウのそれより二回りは大きそうな卵が二つ、カタカタと中から揺れている。それをトーナは興味津々の様子で屈んで見守る。


「あいつの卵か……」


 追いついたクラウが、背後から覗き込んで呟いた。そうする間に殻にヒビが入ると、クラウは鞘に納めていた剣を抜こうと柄に手をかける。


「お~! 生まれる! 頑張れ!」


 背後の殺気を気にも留めず、トーナは殻を破ろうとする卵の中身に声援を送る。


「竜って飼ったりできるの?」


 そんな様子でこの後の展開を察したルンが、クラウに耳打ちした。


「できなくはないが……お前、こいつを二匹って、餌代が馬鹿にならないぞ? 五年かそこらで成体になるし、そうなったら街で飼うのは無理だ」

「だよなぁ。でも、あれもう手遅れじゃない?」


 殻を破って顔を出した幼体は、黒くて大きな瞳でトーナを見つけると、高い声で鳴いて、甘えるように瞬きをする。


「かわい~!」


 もう一つの卵から頭を飛び出させた幼体が、同じように甲高く鳴くと、トーナは堪らず声を上げた。


「ルンさん、この子達飼いたい! 良いよね?」


 許可を求めているというより、事後承認を迫るような物言いで、振り返ったトーナは両目を輝かせて振り返った。


「ちなみにこいつらって、人間に懐くもんなの?」

「一番最初に見たものを親と認識する。西の国じゃ、こいつらに乗る騎士団もあるし、できなくはないだろうけど……」


 クラウも諦め気味に教えつつ、それでも一児の父らしく、トーナに釘を刺す。


「トーナちゃん、こいつら飼い慣らすの大変だぞ? 責任持てるか?」

「うーん……」


 ほんの少しの思案の後、トーナは満面の笑みをクラウに向けた。


「持つ!」


 持てるではなく、持つと答えたのは、責任感の表れか。自信満々のトーナに、クラウは折れたらしく、苦笑とともに頷いた。


「ルン、ちゃんと手伝ってやれよ」

「しゃあないなぁ……」


 まぁ、自衛団への入団然り社名然り、トーナが一度決めたら聞かない性分なのは、よく分かっていることだ。ルンは半ば諦めのこもったため息とともに肩をすくめて、


「トーナちゃん、こいつら連れて帰るの?」

「うん。ルンさんはそっちの子を持って」


 ルン達から見て左側。頭部にうっすらと羽毛を生やした幼体を指差すトーナに相槌を打って、手を伸ばす。


「はむっ!」

「いってええええぇ!」


 右手に嚙みつかれたルンの悲鳴に、トーナは腹を抱えて笑った。


    2


 商人ギルドの責任者にロストリアの死体を確認させて金を受け取り、クラウのパーティと約束通りに報酬を分け合うと、ルンとトーナは外円地区の西側へ向かった。


「この子達の名前、考えたよ。りゅーのすけとりゅーこ!」


 トーナの後をついてくる二匹の竜を指差して、得意顔で言った。


「こっちの毛が生えてるのがりゅーのすけ、オスね。で、もう片方がりゅーこで、メスだよ」

「ブルーとかじゃないんだ?」

「あれは四匹だし、全部メスだからね。この子達はオスとメスだし、二匹だから」


 適当に名づけたのかと思いきや、それなりに考えてあげてのことらしい。紹介された二匹の子竜は、ルンの方を向くなり歯を剥いて威嚇してきた。噛む力が弱かったおかげで出血はしなかったが、噛みつかれた右手が疼く。


「二人とも、ルンさんには良い子にしないとダメだよ!」


 トーナが窘めると、二匹は揃って威嚇を止めて、シレっと前を向いた。言葉が分かるならせめて謝れよ、と思ったが、口に出すとまた襲われそうだから止めておいた。


「で、そのセリアルちゃんの家ってこの辺にあるの?」


 ルンが訪れたのは、西の富裕層の住む街の真下。昨日、帝国軍の兵士に捨てられ、そしてあのセリアルという少女に介抱してもらったゴミ捨て場だ。


「クラウが言うには、ここから通りを直進して右に行ったところに工房があるらしい。そこに住んでるんだってさ」

「工房って聞くと、職人っぽさが出るね」

「そうだね」


 ルンは相槌を打ちつつ、トーナの肩から降りたカイリが、りゅーのすけの頭の上に乗ったのを見咎めた。不快感を露に唸るりゅーのすけ。弟を助けようと思ってか、りゅーこが口を開けて迫るが、カイリはそんなりゅーこの頭に飛び移った。


「お、カイリとももう仲良くなってる!」


 カイリが遊んでいるだけで、りゅーのすけとりゅーこは不機嫌さから牙を剥いている。


「トーナちゃん、カイリを捕まえて。食べられちゃうから」

「大袈裟じゃない?」

「いや、こいつらキレかけてるから」


 本格的に襲われる前に、トーナを窘める。トーナは肩をすくめてりゅーこの頭に手を伸ばし、カイリを飛び移らせたが、次の瞬間りゅーこがカイリに噛みつきにかかって、「うわっ!」と咄嗟に手を引っ込めた。


「ダメだよ、りゅーこ。カイリとも仲良くしなきゃ!」


 トーナが言いつけると、りゅーこはしゅんとしつつ一鳴きした。承諾のつもりなのだろうということは、雰囲気で察せられた。

 ゴミ捨て場の目と鼻の先にある細い通り。両側を石造りの古い家屋に挟まれた土の道に、一行は入っていく。

 外円には色々な人が住んでいる。このヴィンジアが整備される以前には、この外円西側には陶芸家や武器職人が軒を連ね、この時間帯ともなると活気に包まれていたと、地主に聞いたことがある。

 この界隈に人はもうほとんど住んでいない。住んでいるのは家を捨てられない老人か、セリアルのような経済的な事情で住んでいる昔からの住人か、東の街に移り住んだ者に部屋を貸してもらっている出稼ぎ労働者ばかり。だから日中は静かなもので、クラウに言われた通り右に曲がるより前に、その物々しい声は聞こえてきた。

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