第10話 殺し屋の朝
殺し屋の朝は早い。
私は普段、朝6時には社宅を出て、事務所内のジムでトレーニングをこなしている。
社宅は狭くてボロいが事務所に近いので、この生活をするには割と便利なのである。
しかし、今朝はそうはいかない。
ここは世田谷。家主不在の一軒家の2階。
事務所は遠いし、そもそも隣の女を放っておくわけにはいかない。
そんなイレギュラーな環境でも、いつもと同じ時間に目が覚めるのが不思議だ。
すやすや寝ている美咲を起こさないようにベッドをすり抜け、1階に降りる。
この家にジムのような筋トレ設備があるはずもなく、私は自重トレーニングを行うことにした。
出張中には、こうしてスクワットやクランチを朝のホテルでやったりするので、そこまで珍しいことではないのだが、そういう日はだいたい旅先の街並みを眺めつつランニングをすることにしている。しかし今日は家を空けるわけにもいかず、それもできないのが少し寂しい。
そんな小さな不満はありつつも、トレーニングを済ませて朝食の用意に取り掛かる。
昨日コンビニで買った食パンをトースターで焼く。
冷蔵庫に卵とハムがあったのでハムエッグを作る。
使いやすそうなコーヒーメーカーがあったのでコーヒーを淹れる。
気付けば、他人の家とは思えないくらい優雅な朝を過ごしている。
パンの焼ける匂いにつられたのか、美咲が1階に降りてきた。
「おはよー。」
「おはよう美咲。朝ごはんできてるよ」
「すご。起きたら隣いないからどっか行っちゃったかと思った」
「そんなことするわけないでしょ」
おもむろにテレビを点け、二人で朝食を共にする。
「ねえ、昨日のことニュースになってるかな?」
「昨日のこと?」
「ほら、玲奈がおぢ殺したじゃん。嘘、忘れてる?」
「いや、そんなのニュースになってたら殺し屋失格だって」
「そっか」
美咲は心配していたが、朝のニュースには新宿路地裏の話題は当然ながら出ていなかった。プロの仕事とはそういうものだ。
「でもね、別の殺し屋の雑な仕事が時々ニュースになってることはあるよ」
「まじで?」
「マジ。仕事の質の違いだね。そういう雑な仕事してる人はすぐダメになる」
「そっか。じゃあ私、当たりを引いたのね」
「当たり外れで言ったらそうね」
「ふーん。」
美咲は少しの間、考え事をするように斜め上を向いていたが、やがて私の方へ真っ直ぐ向き直った。
「じゃあさ、そんな当たりの殺し屋さんに、頼みたい仕事があるんだけど。」
美咲は私をまっすぐ見つめてそう言った。
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