第8話 二人きりの夜



映画のエンドロールを見届けて、私はプロジェクターの電源を消した。

映画の余韻と静寂だけが部屋に残った。


「面白かったね。」

「うん、すごく良かった。」

どんな言葉も陳腐になるような、そんな時間が流れていた。

手持ち無沙汰を避けるべく、私はバスルームのスイッチを入れ、玲奈もお菓子のゴミやビールの缶を片付ける。


私たちの静寂を破ったのは、『お風呂が沸きました』のアナウンスだった。


「お風呂、沸いたね。」

「そうね。美咲が先に入っていいよ」

「一緒に入る?」

私が半分冗談のつもりでそう言うと、玲奈は驚いたように目を見開いた。

「いや、さすがにそれは」玲奈は照れ臭そうに笑った。「先入っていいよ。」

「ありがと。じゃ、お先ー。」


「あーあ。おぢはみんな私と入りたがるのになー。もったいないなー。私泡立てるの超うまいんだけどなー。」バスルームに向かいながら、わざとらしく拗ねてみる。

「はいはい。さっさと行く!」語気を強めた玲奈の頬が、少しだけ赤く染まって見えたのは、お酒のせいだろうか。


私がタオルを巻いて風呂から上がると、リビングでスマホをいじっていた玲奈が立ち上がる。

「なんかパジャマとか着なよ。寒いでしょ」

「パジャマあるかな」

「一応それっぽいものは見つけた。他人のが嫌とかだったらアレだけど」

「ありがと」

少しだけ使用感のある女性もののパジャマだった。家主の前妻のものかもしれない。それを残しているのも気色悪いけど、今日はあって助かった。


「じゃあ、次は私ね。」と言って、玲奈はバスルームへ向かった。


私はソファに座り直し、テレビをつけた。

玲奈がいない間、スキンケアをしながら私は彼女のことを考えていた。


黒を基調としたファッションが、整った顔と長い手足によく映える彼女。

強くてカッコよくて、でもどこか寂しそうな彼女。

不器用な優しさで私を守ってくれた彼女。


そんな彼女と、私はこれから一夜を、いや、もっと長い時間を共にする。

なんだか妙に胸が高鳴るなか、バスルームの扉が開く音がした。

私の表情を彼女に見られたくなくて、私は顔パックを外せなかった。


風呂上がりの玲奈は、「先に寝室行くね」と言って、すぐ2階へ行ってしまった。

私が少し遅れて寝室に入ると、玲奈はダブルベッドに座ってスマホを見ていた。

男物のワイシャツを着た玲奈が、組んでいた足を解いて顔を上げる。私はその所作から目を離せなかった。

「ダブルベッドしかないけど、大丈夫?」玲奈が照れ臭そうに尋ねた。

「うん、大丈夫。」

男が相手なら、ここで私が手を重ねて、そこからは相手が求めてくれる。

だけど今日はそうじゃない。


「じゃあ、電気消すよ?」玲奈がスイッチに手を伸ばす。

「うん。」私がベッドに入ったのを確認して、玲奈が電気を消した。

薄暗い中で、玲奈が布団に入る気配が隣に感じられた。


「おやすみ、美咲。」

「おやすみ、玲奈。」



「…なんか、恋バナとかする?」

「急にどうしたの、玲奈」

「お泊まりっぽいかなって思って。」

「何それ」

「ごめん、忘れて」

「えー。聞きたいなー。」

「ほら!早く寝る!」

「玲奈が話しかけてきたんだよ」


「もう寝た?」

玲奈の返事がなくなって、少し寂しくなった私は、彼女の手を絡めて眠りについた。

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