No.83【短編連載】ヤニ吸う時だけ優しい先輩

鉄生 裕

吉野沙良佐

”自己紹介をお願いします”


吉野沙良佐です。この会社には三年前に新卒で入社しました。




”所属している部署のご説明をお願いします”


弊社は広告代理店で五つの営業部と四つのクリエイティブチームがあるのですが、私は営業部に所属しています。広告代理店とはいえ、営業とクリエイティブの人数がほぼ半々の会社はなかなか珍しいと思います。

私の所属する営業部は、皆いい人達ばかりです。私が一番年下なのですが、分からない事や困ったことがあると先輩達が優しく教えてくれるので、とても働きやすい環境だと思っています。




”本当に優しい先輩ばかりですか?”


はい、皆さんとても親切で優しい方ばかりですよ。

・・・あ、もしかして志摩さんの事ですか?

社内では色々と噂されているみたいですけど、僕は志摩さんことが大好きですよ。

もちろん怖い人だなと思う時もありますが、それは僕の能力不足のせいもあるので。

それに、志摩さんは意外と可愛い人なんですよ。志摩さんは『吉楽庵』というお店のプリンが大好きなんです。現在僕が担当しているクライアントの会社の近くにあるお店なんですけど、元々は志摩さんがそのクライアントを担当していて、吉楽庵も志摩さんから教えて貰ったんです。だから時々なんですが、お土産で何個か買って帰るんですよ。それで志摩さんにいくつかお裾分けするんですが、その度に志摩さんは子供みたいに目を輝かせて喜んでくれるんです。

他にも、ひと回り近く年の離れている僕のことを呼び捨てではなく、「沙良佐さん」と”さん付け”で呼んだり。

それから、僕も志摩さんも喫煙者なんですけど、志摩さんは煙草を吸う時だけは人が変わったように優しいんです。理由は分からないんですけど、僕は煙草を吸っている時が本当の志摩さんだと思っています。




”志摩さんの事を信頼しているんですね”


はい。

見てください、実はこの時計も志摩さんとおそろいなんです。憧れの人と同じものを身につけたいと思うことってあるじゃないですか。

さすがに男同士でペアルックは気持ち悪いんで、プライベートの時にしかつけないようにしているんですけどね。もちろん志摩さんも僕が同じ時計を持っていることは知らないはずです。




”青木柚葉さんの印象を教えて下さい”


え?青木さんですか?

青木さんは僕より一つ下の後輩ですが、僕以上に仕事ができる優秀な人だと思います。

いつも明るく元気なので、青木さんを見ているだけで自然とこちらも元気になります。




”耳が真っ赤ですが、もしかして青木さんことが好きなんですか?”


ちょっと待ってくださいよ、どうしてそんな話になるんですか。たしかに青木さんを見ていると元気をもらえますが、べつに好きとかそういうわけじゃないですから・・・。

それに、これもここだけの話にしてもらいたいんですけど、たぶん青木さんは三坂のことが好きなんだと思います。この前、青木さんが担当しているクライアントの誕生日が近いとかで、青木さんに頼まれて一緒に誕生日プレゼントを買いに行ったんです。その際に何度も三坂について聞かれたんですよ。「吉野さんは三坂さんと二人で呑みに行ったりするんですか?」とか、「私のことについて、何か言っていませんでしたか?」とか、やたら三坂について聞いてくるんです。

三坂は良い奴なんですけど、ちょっと女にだらしないっていうか・・・。三坂の直属の先輩に高垣沙耶さんという方がいるんですが、三坂と二人で呑みに行くと高垣さんの事を『沙耶ちゃん』って下の名前で呼ぶんです。僕と二人で呑んでいる時は良いけど、本人の前では口を滑らせないようにと何度も言っているんです。あいつの事だから、いつか口を滑らせるんじゃないかと不安で。

でもまぁ、青木さんが三坂のことを好きになるのも納得です。それくらい三坂は良い奴なんで。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る