第23話 思い出の味

ノスッノスッと足音を響かせて。

平原の地を、毒液を滴り落としながらメー・クイーンは歩み寄ってくる。

その巨体めがけ俺は後ろに引いていた方の腕を、横なぎに鋭く振るった。


手のひらに溜めた水が激しく揺れ動く。



繰り出すのは料理拳、"水の型"──



──"超高圧水ウォータージェット包丁カッティング"。



指の隙間から圧縮されて噴き出した水が、1枚の鋭い刃となって飛んでいく。

メー・クイーンの頭、その上に載っていた芋の芽でできたティアラが切り飛ばされた。



「な……!」



ワイズは目と口をまん丸と開けていた。



「ワシの爆破魔術でさえ傷のつけられなかった体を、水でっ!?」


涓滴けんてき岩を穿うがつ……って言葉にもなっているけど、水の秘める力は大きい。圧縮すればダイヤモンドを容易く真っ二つにできる鋭さにもなるんだ」



第一、爆破魔術と野菜系モンスターの相性はそんなに良くないだろう。

野菜をこん棒で叩いて2つに割るのと、野菜に鋭い刃を入れて2つに切るのでは必要な力に雲泥の差があるのと同じ。

野菜は切った方が断然いい。


脳の代わりでもあるティアラを失い、メー・クイーンの巨体はグラリと揺れる。

でもまだ、終わりじゃない。



「もう一丁!」



水筒から手のひらに水を追加し、今度は縦に振るう。

人差し指と中指、中指と薬指の間から押し出された水が2枚の刃となり、メー・クイーンの毒液に塗れる表皮を"厚剥き"にした。


その内側からは輝くように白い身が姿を現す。



「これが可食部だよ、ワイズさん」


「なんと、あれだけ毒素を含んでいた個体にもこんな部分があったとは……」


「緑っぽくなった芋は廃棄しがちだが、皮を厚く剥けばまだ食べられるものも多い。メー・クイーンも同じだよ」



それから俺は水の刃で丹念に緑の表皮を取り除く。

だいぶ厚剥きにしたから、メー・クイーンの体は縦横共に人間の子供くらいのサイズに縮んでしまっていた。


まあ、それでも充分に多いんだが。



「よっと」



メー・クイーンを抱える。

あとはこれを馬車の荷台に載せて帰るだけだ。

けれども、



「なぁなぁムギ、どーしよ?」



困り顔で駆け寄ってきたのは、ウサチ。

ウサチはマチメと2人でじゃがいも男爵の相手をしてくれていたわけだが、



「じゃがいも男爵を何体か始末しちゃった……」


「私もだ、ムギ殿。メー・クイーンに寄せ付けまいと盾で弾き飛ばしていたんだがな、何体か潰してしまったようだ」



ウサチの後ろから来たマチメも同様に、"やらかしてしまった"とばかりの困った表情で互いに顔を見合わせる。



「ギルド"メシウマ"としては、討伐した食材モンスターは極力持ち帰って食べる方針だが、コヤツらも運んだ方がいいのだろうが……」


「でも、馬車の荷台が足りない……」


「3体くらいなら、私が持って運べるが……」


「お、おぉ! その手があった!」



マチメとウサチの2人は鼻息も勇ましく両腕で力こぶを作り、解決方法を導き出していた。

いや、でもさすがにその力任せなアイディアは採用せんが。



「荷台に載せられる分だけ載せて帰って、あとは放っておいてもいいと思うぞ。種イモになるからな」


「えっ、じゃがいも男爵も?」


「じゃがいも男爵からはじゃがいも男爵が生まれる。まあその前に他のモンスターや野生動物に食べられる可能性もあるけど……じゃがいも男爵が増えすぎてる今は、それはそれでいいんじゃないかな」



俺の答えに、2人は顔を見合わせてホッとした様子だった。


もしかして、食材を無駄に狩ってしまったことで俺に怒られるとでも思ったのだろうか?

いつも食材は大事にと口癖のように言ってきたからな……。



「2人とも、男爵の足止めをありがとうな。それと、俺はワザとじゃない限り食材のロスに怒ったりはしないから安心してほしい」


「ん? ああ、ムギ殿がそういう御仁だということは分かっているぞ?」



しかし、マチメは"何を今さら"と言いたげにキョトンとして応じると、ウサチと顔を見合わせて、



「でも、なぁ? ムギ殿がいつも美味しく調理してくれるものを、もったいなくはしたくないじゃないか」


「なぁ~」



2人はそう言って笑い合った。



……ちょっと、予想してなかった答えだ。



一瞬面食らったが、でも……

すごくうれしいことだ、それは。



「なら、せめて持ち帰る分だけでも美味しく仕上げないとな」



俺たちはそれから荷馬車へとメー・クイーン、それにじゃがいも男爵を2体ほど載せて、再びマグリニカへと向かった。






* * *






マグリニカへ帰るなり、俺はキッチンへと入る。



「お手伝いします、ムギ様」



長い後ろ髪をくるくると巻き上げてまとめ、エプロンをし、腕まくりもしてやる気充分のオウエルの手をありがたく借りる。


オウエルにはメー・クイーンを"ひと口大"に切っていってもらった。

切り終わったものから次々にボウルに移されるそれらへと、続けて俺がさらに包丁を加えて別のボウルへと移していく。



「ムギ様、それはいったい何をされているのです?」


「ん? ああ、これは"面取り"だよ」



俺はメー・クイーンの、切られて角張っている部分を浅く削いでいるのだ。



「長く煮込む野菜は尖った角部分に熱が加わりやすいから、煮崩れの原因になるんだ」


「なるほど、だから角を丸めているのですね……勉強になります」


「うん。あとはつゆに触れる面が多くなるから味が染み込みやすいってメリットもある。ワイズさんの奥さんは、とても手間暇かけて美味しく綺麗に仕上げてたみたいだよ」



今作ろうとしているのはワイズさんの思い出の肉じゃがだ。

どういった肉じゃがだったかを詳しく聞いている内、奥さんがよほどワイズさんを想って作ってくれていたのだろうと感心したのを覚えている。



「ムギ様が普段お料理する肉じゃがとは、やはり作り方が違うものですか?」


「いや、大きくは違わないよ。まあ味については俺にも俺の好みがあるから変わるけど。俺だったら"魔慈まじもと"を入れて、出汁醤油とみりんだけじゃなく、香ばしさも出したいから三温糖もいっしょに入れるかな」



厳密に言えばそれだけではない。

こだわっていいのであれば、いくらでも作り方を変えられる。


包丁の入れ方、調味料の量、煮詰める時間……。

作る人が違えば作り方も、そこから出せる味も、自ずと違うものになる。


だから極力、俺は俺の作り方を押し殺す。

最高の味は常に作り手の創意工夫からのみ生まれるわけじゃない。

なにより、



……大切な人との"思い出の味"を越えるものなんて、あるはずもないからな。






料理ができあがるや否や、さっそくマグリニカの食堂は大人気を博していた。


白米にお吸い物、そして肉じゃが。

親和性抜群なその組み合わせに、

オウエル、ウサチ、マチメも他の冒険者たちも、

あのダボゼもがっついて食べていた……が。



しかし一番人気は"フライド男爵"だった。

肉じゃがを作っていた横でたっぷりの油で揚げた、じゃがいも男爵を使った細切りフライドポテトだ。


絶妙な油の温度でカリカリにしたポテトにオリジナルスパイスを振りかけたものを、巨大ボウルに山盛りにして出したのだが、すぐになくなって今は2巡目を出している。



……まあ、分かるよ。脂っこいものって美味いからなぁ。若い内は特に。



だけどそんな中で、



「……ああ、そうじゃ。コレなのじゃ」



ひたすらに肉じゃがをじっくりと味わっていたのはやはり、ワイズ。

俺の正面で静かに肉じゃがの入った器だけと向き合っていた。



「昔は貧乏生活だったから、家内は一度にコレを沢山作って、2人で3日食べ続けていたものよ。ワシは『いつか他の料理も腹いっぱい食べれるようにするから』だなんて言ってみせていたものだが……今となって、どうしても食べたいものがコレになるとは分からんものだなぁ」



ワイズはすっかり味の染み込んだ芋を口に運ぶ。

ひと噛みすればホロホロとほどけるように芋が崩れて、甘じょっぱい懐かしの味が舌の上に転がることだろう。



「だが、美味い。やはりこれが一番美味い」



そこに他にどんな料理があろうとも、ワイズの中での一番は変わらないようだ。

満足気なその表情を見れただけで、俺は作ってよかったと思えた。






* * *






「今日はありがとう、ムギ君。本当に心から感謝する」



食事を終え、夜。

すっかり冒険者たちの帰った食堂で、ダボゼに掃除を教えているところへと、再びワイズがやってきた。



「討伐クッキングの依頼料はもうメシウマの口座に振り込んでおいたぞ。迷惑をかけた分も込みで、金額は付け足してある」


「そっか、別にもう気にしなくていいのに。ぜひまた呼んでくれ」


「うむ、もちろんだ。それともうひとつ、ムギ君へとワシの心ばかりにだが……」



ワイズは懐から、何やら高級そうな封筒を取り出した。

封蝋ふうろう印はすでに切られている。

中には便せんが入っているようだ。



「ムギ君さえよければ、マグリニカ宛に来たこの討伐依頼を任されてみんか?」


「討伐依頼……?」


「なんでも"伝説級"に珍しいモンスターが出て困っているらしいんじゃ。ムギ君はこういうのに興味があろう?」



伝説級のモンスター、だと?



……じゅるり。



憎いね、ワイズさん。

まったくもって、俺の性質はその通り。

すでに興味津々である。


ありがたく手渡された便せんを頂戴し、内容を確かめる。


おお、このモンスターは……!

俺もまだ食べたことのない、そして食べたいと思っていたヤツじゃないか!



「……とはいえ、この差出人って"伯爵"だよな? ワイズさん、本当に俺が行ってしまって大丈夫なのか?」



封蝋の刻印はこの一帯の領地を治める伯爵家のものだった。

手紙の内容も、"並みの冒険者には任せることのできない重要な任務"、と書いてある。



「俺は伯爵との面識もないし、マグリニカのメンバーでもなければ名も地位も無い。信用してもらえるかどうか」


「ワシが紹介状を書こう。それに面識であれば、ホレ」



ワイズが地べたを指さした。

いや、違う。

地べたではなかった。



「えっ、オレ?」



ワイズの人差し指が向けられていたのは、膝をつき、雑巾で床を拭いていたダボゼだった。



「伯爵はそこの雑用ダボゼが、かつて丹念にゴマを擦っていた相手じゃ。連れていけば多少は役に立とう?」

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