第22話 毒持ち食材<モンスター>
「ワシの思い出の肉じゃがの素材に使われていたのが、S級モンスターの"メー・クイーン"っ? そんなこと、あり得ぬぞ……」
ワイズは考え込むかのように俯き、アゴに蓄えた白いヒゲをさすりつつ、
「妻がそんな"高級野菜モンスター"の素材を手に入れられたハズがない。あの肉じゃがは何十年も前に、ワシと妻が貧乏生活をしていた頃から食べていた味じゃ」
「ああ、そうなんだろうなとは思っていたよ」
「っ? どういうことじゃ?」
「正確に言うと、"この辺り"じゃメー・クイーンの素材を使うしかないってことだよ。つまり代用品さ」
芋にはかなりの品種があって、一般的に野菜モンスターと呼ばれる"可食系植物モンスター"の素材も含めれば優に1000種類を超す。
それだけあれば、似たような食感の芋もあって当然だ。
「たぶんワイズさんの生まれはこの辺りではないんじゃないか? もっと温暖で水資源が豊かな地方とか」
「あ、ああ。そうじゃ。ワシはここよりももっと東にある国の出ではあるが、しかし何故わかった?」
「しっとり、あるいはねっとりとした芋は温暖な地方で育ち安い。こっちの地方でとれた芋なんかはパサパサ系が多いんだ。その芋を使ったんじゃ思い出の味は出せない」
「な、なるほど、そうだったのか……!」
ワイズは感心したように膝を打った。
「では、妻は故郷の芋を使っていたということだな? どうりで、どれだけ自分で試してみても同じ食感にならないわけじゃ」
ワイズはひとしきり納得げに頷くと、
「うむ、メー・クイーンの討伐の必要性は分かった。それではムギ君らメシウマへの依頼内容はこのモンスターの討伐クッキングに変更したい。かまわないかのぅ?」
「ああ。もちろん」
ワイズの了承も得られたことで、俺たちメシウマは正式にS級モンスター"メー・クイーン"の討伐依頼を受注することになった。
* * *
じゃがいも男爵たちが出現する土地には必ずメー・クイーンも居る。
というわけで俺たちはさっそくマグリニカ本部から荷馬車とともに出発し、町の東側の平原までやってきた。
街道を外れて少し進めば、あちこちで直径1メートルほどのじゃがいもたちが、その体から伸びた緑の芽を手足としてウロウロと歩いていた。
その頭には白い花で形作られたシルクハットを載せている。
これがじゃがいも男爵たちである。
今回の目的の相手ではないのでひとまずは放置。
コイツらは基本歩きまわって太陽光から栄養を得ているだけで、こちらから仕掛けない限り害はない。
「じゃがいも男爵が大量発生しているっていう話は嘘じゃなかったんだな」
「ああ。日照りが続いて活発化したらしくてのぅ」
そう答えたのは俺の隣を歩くワイズだった。
最初の討伐クッキング依頼で嘘をついたのを気にして、手伝いに来てくれることになっていた。
「しかしワシときたら、あの肉じゃがにS級モンスターの素材が使われてるとは知らず……過去に何度もねだってしまっていて申し訳ない。調達にずいぶんと手間をかけたろう?」
「いいさ。喰いたいものを口に出して言ってくれる方が何倍も作り甲斐があるってもんだからな。それにそんな苦労もしてないし」
「苦労していない? いやいや、そんなわけなかろうに」
ワイズは俺が冗談でも言っていると思ったのか一笑すると、
「野菜系モンスターとはいえS級にはS級足りえる危険度がある。特にメー・クイーンは、素手で戦うムギ君には厄介なハズ……」
ああ、なるほど。
確かにメー・クイーンの"特性"を考えたらそう思われるのにも納得する。
とはいえ、別に俺は本当に苦労していたわけじゃないんだけど……
「なぁなぁ、ムギ」
クイクイっと服の裾を引っ張られる。
ウサチが後ろから首を傾げつつ俺のことを見上げていた。
「さっきから言ってる"S級モンスター"ってなに……? 美味しさランキング……?」
「えっ? いやいや、違うよ。危険度の話さ」
モンスターにはそれぞれ危険度に応じてランク付けがされており、SSS、SS、S、A、B、C、Dの順で危険度が高い。
S級以上のモンスターについては、実績のある限られた冒険者しか受注できないように王国法の冒険者ギルド条項で定められていることからも、その危険性がうかがえる。
「というか、ウサチはいちおうマグリニカで何個も討伐依頼を受注していたはずだよな? むしろなんで知らないんだ……?」
「ん……私、ダボゼに『倒して』って言われたモンスターを倒しに行ってただけだから、気にしたことなかった」
「ああ、なるほど。そういうことか」
確かウサチはダボゼに直接スカウトされて冒険者を始めたとか。
だから、自分でわざわざ依頼を確認・受注して実績を上げる必要がなかったから気にしたこともなかったということだろう。
「ムギ殿、どうやらさっそく獲物が現れたようだぞ?」
マチメ指をさす方向、そちらにはひときわ縦に細長くシュッとした芋が立っていた。
その体の表皮は緑色に染まっており、頭部から生える大きな濃紺の芽がティアラの形になっている。
「出たな、メー・クイーンだ」
じゃがいも男爵たちが渦巻くようにウロウロとするその中心、メー・クイーンは太陽の真下で不動立ちしていた。
「コイツだけ歩き回っていないな……? ムギ殿、これは何かの罠だろうか?」
「いや、おそらくそこが一番陽に当たる場所なんだろうよ」
メー・クイーンへと歩み寄りつつ、真昼の太陽を指さした。
「太陽光がな、栄養になるんだ。メー・クイーンは陽を浴びて体の発芽を促し、"種イモ"になる準備をする」
「種イモ……?」
「メー・クイーンはその一生を終えるとき、芽の出た部分ごとに体を少しずつバラバラにして地面に落としていく。それが種イモだ。そしてそのひとつひとつがやがて新しいメー・クイーンやじゃがいも男爵になるんだよ」
俺たちはメー・クイーンの手前数メートルの位置で各々構えて立つ。
間近に立つと、よりそのティアラが深い色をしていることが分かる。
「ムギ君、これは……」
背後からワイズが神妙そうにつぶやいた。
「こやつ、"若く"ないぞ?」
「ああ。年季の入ったティアラだ。9から10世代目ってところじゃないかな」
種イモになる際、メー・クイーンのティアラ部分からは確定で新たなメー・クイーンが誕生する。
それを繰り返し世代を経るたびにメー・クイーンのティアラは深い紫色となり、その力は増していく。
そしてメー・クイーンの力とは単純な腕力の類だけではない。
──ポタリ、ポタリ。
メー・クイーンの表皮から緑色の液体が零れ落ち始めた。
「あれは……!?」
「"濃縮グリコアルカロイド"……つまりは"毒素"だ」
それはジャガイモ系の野菜に普遍的に存在する"ソラニン"や"チャコニン"と呼ばれる有害な成分である。
……しかし、ジュース状にして体外に発露させることができるとはな。
世代を多く跨ぐことで危機察知能力も上がったのか?
自己防衛機能が進化しているようだ。
「確かメー・クイーンの毒はめまい・吐き気・頭痛……などを引き起こすんだったな」
「そうだ。マチメはさすがに討伐経験があったか」
「うん。だが……液体化する毒素を見るなんて私も初めてだ」
マチメはそう言って顔をしかめた。
まあ、その反応は正しい。
「間違っても素手で触るなよ? 世代交代を繰り返す内に毒の効果が高まったんだろう……最悪、肌に触れただけでも重篤な症状が出るかもしれん」
「っ!」
俺はウサチやマチメたちを後ろに下げる。
それと同時、
「こやつはもう食用としてはダメじゃな。あまりにも緑が深く、毒が多すぎる」
ワイズが魔術杖を振るった。
その先端から巨大な炎の球が出たかと思うと、メー・クイーンに衝突し爆破する。
しかし、
「チッ、さすがの年季……体が硬いな」
メー・クイーンはビクともしない。
表面に僅かな焦げを残して、ノソッとこちらへ足を向け始める。
「ムギ君、メー・クイーンは他を探そう。コヤツはワシが魔術で始末する。君は下がって──」
「いや、ワイズさん。まだ"食べ"られる」
俺はワイズがメー・クイーンへ向けて構えていたその魔術杖に手を添えると、静かに下した。
「俺に任せてくれないか」
「なっ」
「野菜系モンスターは土中の魔素で育つから、魔術耐性が高い。いくらワイズさんの腕があろうと手数がかかる。だから、俺がやる」
「そうは言うがな、素手で戦うお主では手が出せぬハズっ」
「安心してくれ。毒のある
俺は親指を立ててワイズに応じる。
それから腰に下げていたポシェットから取り出した水筒、その中に入った水を椀の形にした手のひらへと注いだ。
「ちょっと離れててくれ。巻き込まれると危ない」
俺は水の乗った手を引いて構えた。
使うのはもちろん料理拳──その中のひとつ、"水の型"だ。
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