え?ギルド内で唯一コックを極めてる俺をクビですか?【書籍化企画進行中!】
浅見朝志
第1話 クビになった・・・が、しかし!?
「ムギ、今日限りでウチから出ていけ」
俺、"ムギ・ウォークマン"がそう宣告を受けたのは超大手冒険者ギルド"マグリニカ"の本部、そのギルド長執務室でだった。
唖然としている俺に、ギルド長"ダボゼ"は1枚の書類を押し付けた。
「これは……?」
「懲戒解雇の通告書だ。オレのギルドに
面倒そうにダボゼは言う。
その左右を挟んでいる2人の屈強な男の冒険者たちの表情もまた気だるげだ。
俺のことを蚊トンボのごとく眺めるだけ。
クビ……
正直、それ自体にさほど驚きはない。
1年前に極端な利益主義であるダボゼがギルド長に就任してから、いずれこんな日が来るだろうことは覚悟していた。
しかし、それにしたって唐突過ぎる。
正気の判断とは思えん。
「なあダボゼ、マグリニカの創設時からこれまでの10年間、ずっと俺が中心になって厨房を回してきてたんだぞ? 俺が抜けたら誰がその穴を埋めるんだよ」
マグリニカの歴史は他のギルドに比べると浅いが、しかしこの10年で急速成長し国内屈指の規模を誇る。
それゆえに本部は大きく広く、そして食堂を備えていた。
毎日200名近い冒険者が利用しているそこの厨房は当然のように忙しい。
そしてその食材調達・管理や調理工程の管理、衛生管理に他スタッフへの作業指示など……それらは全て俺が中心になって行ってる業務だ。
そう簡単に他のコックに引き継げるものじゃない。
だというのに、
「厨房を回す? ムギ、お前のは"振り回している"の間違いじゃないのか?」
「何が言いたいんだよ?」
「冒険者のリクエストに応じてメニューに無い料理を作るわ、よそ者にタダで飯を喰わせるわ……利益度外視で料理を作るお前にこっちはいい迷惑なんだよ!」
ダボゼは吐き捨てるようにいって背もたれに体を預けると、
「"オウエル"、お前から詳しく解雇理由を説明してやれ」
「はい」
その返事は部屋の隅から聞こえる。
それは俺が入室してからずっと無言で佇んでいた無表情な秘書が発したものだった。
細い銀縁のメガネをかけ、長い金髪を後ろで結っている。
鷹の目のように何事も見通しそうなツリ目が凛々しく、いかにも有能そうなであり……実際の評判もその見た目通りらしい。
つい数カ月前にギルドに入ったばかりにも関わらずギルド長の右腕に抜擢されたのだとか。
……気のせいか、その顔にどこかで見覚えがあるような?
なんて俺が考えていると、
「僭越ながらギルド長に代わり、わたくしオウエルよりご説明いたします」
オウエルは何やら感情のこもった瞳でジッと俺を見つめつつ、それとは対照的な熱量のこもらない淡々とした声で話し出す。
「ムギ様は日常的に他のギルドの駆け出し冒険者や行き倒れの冒険者たちなど、お腹を空かせた人々へと食品廃材を活用した"まかない料理"を振る舞っておられました」
「それが?」
「ギルド長は食材の用途をムギ様が独断で決定しご使用なされたことは財産の侵害にあたる行為であり懲戒処分の理由に充分である……と、そう主張しています」
「おいおい、そのままじゃ廃棄するだけの食材だったんだぞ? これまでは好きにしていいと言われていた」
「"これまでは"、な」
ダボゼが口を挟んで、憎々し気ににらみ付けてくる。
そしてデスクに段々になっている腹の脂肪を載せるように前のめりになると、
「ギルド創設者がこれまでどんな方針だったかなんて問題じゃねぇ。現ギルド長はこのオレで、オレこそがルールなんだよ」
ダボゼはそう凄んだ。
「いいか? さしずめ今のお前はオレの財産を食い荒らす害虫ということだ。クビも当然だろ。分かったらさっさと出て行け」
「……そうかよ」
長い時間を経て、この場所は変わってしまったんだな。
改めてそう実感する。
元々はこのギルド"マグリニカ"は10年前、俺が友人らに誘われて共に始めたものだった。
そして食堂は、"腹を空かせた人が金を気にせずいつでも美味い料理を喰えるように"という理念をもって始まったものだ。
だが、経営者が変われば理念もまた変わる運命なんだろう。
俺の友人でありギルド創設者のソイツは昨年に病で亡くなってしまったし、俺の料理をウマイウマイと言って喰ってくれていた創設メンバーたちも今はいない。
……なら、もう潮時なんだろう。
「分かった。俺は出て行く」
もう30代も半ばを越えた俺に、誰のためでもなくダボゼたちと真っ向から争う気力はない。
いつまでも亡き友人との思い出に引っ張られてこのギルドに居続けるっていうのもなんだか違うと思うし。
さらばだ、マグリニカ。
ダボゼへ背を向け、執務室を後にしようとした……
そのとき、
「あ、失礼します。もう1点お伝えしなければならないことが」
秘書のオウエルの声が背中側から響く。
なんだ?
ギルド追放にあたっての留意事項があるとでも言うのだろうか?
「手短に頼むよ。俺はサッサとこの町を出て次の仕事を探したいんだ」
「そうだぞオウエル。10年間"うだつ"の上がらないコックなんぞをやっていた
鼻で笑うダボゼに同調するように、その左右を挟む護衛の冒険者たちも可笑しそうに肩を揺らした。
しかしオウエルは相も変らぬ無表情さを崩さずに、
「いえ、お伝えしなければならないのは"あなた"に対してです。ギルド長」
「あ? 俺……?」
キョトンとしたダボゼへと、オウエルは冷ややか視線を向けると、
「本日限りで私もギルドを辞めますので」
オウエルは酷く淡々とした口調でダボゼにそう告げた。
……。
……え?
辞める?
辞めるのは俺だろう?
「私、"オウエル・マルノウチャー"も本日をもってマグリニカを退職させていただきます」
主語をハッキリとさせて、改めてオウエルは言った。
数カ月前に入ってくるなり瞬く間にダボゼの右腕になったはずの超有能秘書のオウエルまでもが、俺に引き続きマグリニカを辞める?
この流れで、なんで?
何が起こっている???
「……ハァっ!?!?!?」
俺以上に混乱している様子なのは、ダボゼ。
2人の冒険者たちも訳が分からないといったように互いの顔を見合わせていた。
どうやらそれはダボゼたちにとっても初耳だったらしい。
「なっ、ちょっ……はぁっ!? 待て、どういうことだっ!?」
「どういうことも何も、私はマグリニカを辞めると言っている、それだけです」
「何故だと聞いているんだッ!!!」
「なぜって……」
オウエルはどこに疑問があるのか分からないとでも言うように首を傾げると、
「私はムギ様のお料理を食べるためにこのギルドに入ったんですから。食べられなくなるなら辞めるに決まっているではありませんか」
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ここまでお読み下さいましてありがとうございます。
続きも楽しんでいっていただければ幸いです。
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