神戸前物語 夜話
ぼっち道之助
第1話
主な参考文献
荘子 混沌
妖怪談義 柳田國男 著 角川ソフィア文庫
妖怪学新考 妖怪から見る日本人の心 著 小松和彦 講談社学術文庫
日本妖怪変化史 著 江馬務 中公文庫BIBLIO
桃山人夜話 著 竹原春泉 角川書店
※この物語はフィクションです。登場する人物や団体は全て架空のものです
また途中作者の解釈が入っております。それに関して、学術的根拠は一切ありません。あくまでもフィクションの中での解釈として理解するようお願いします。
南海の帝を儵と為し、北海の帝を忽と為し、中央の帝を渾沌と為す。
儵と忽と、時に相与に渾沌の地に遇ふ。
渾沌之を待すること甚だ善し。(以下略)
荘子 混沌より引用。
智に働ければ角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。
夏目漱石 草枕より引用
夫奇怪は、己よりむかえて又己より滅せり。去れば、有んかと疑ふ時はかならず顕れ、なしと歓ずる時は更にあることなし。
竹原春泉 桃山人夜話より引用
「覚という妖怪を知っているかい」
私の盟友、鴨方秋彦がそう言う。
突然のことであった。だから私は目をまん丸にし、口元に運ぼうとしていたビールジョッキを、コツンと下唇に触れたところで止めた。
しばらく鴨方の顔を見つめる。
彼の口元は、春先の雑草のようにチョビ、チョビと、細かな髭が伸びている。お洒落で伸ばしているわけではない。彼がただズボラな性格なだけである。
先ほどまで、「とうとう高校のクラスで結婚していないのは俺とお前だけになった」だとか何とか。ラジオで流れる私にとって不必要な商品の通販番組と同じぐらいにつまらない話をしていたのに。突然、話が明後日の方へ飛んだ。
「……どうしたんだい。急に」
「どうしたも何も……お前。そういう妖怪の話好きだろ?」
「別に好きじゃない」
「嘘をつけ」
嘘である。本当は妖怪は好きである。
私の生まれは偶然にも鳥取県境港市であった。境港と言えば……かの有名な妖怪漫画家の水木しげるの出身地である。その影響で境港のあらゆるところに水木先生の妖怪がいる。一歩進めば、一匹。妖怪を目にする。そんな街であった。
そんな環境で育ったわけだから、私は自然と妖怪にハマっていた。
ただそれだと可笑しい。境港で生まれたから妖怪好きになった。と言うのはあまりにも暴論すぎる。例えば、水戸出身だから全員納豆が好きとか、大阪出身だから全員お笑いにハマっているだとかそんなことはないはずである。
水戸出身の人でも納豆が嫌いな人がいるし、大阪出身でもお笑いに興味がない人もいるだろう。それと同じように境港出身だからと言って、周りに妖怪がたくさんいるからと言って全員が妖怪が好きになるわけではない。当然のことながら、物事を好きになるのは、何かのきっかけがあるはずである。
私のそのきっかけというのは、過去に不思議な体験をしたからというものであった。その体験というものを詳細に語ることは出来ない。その記憶というのが曖昧だからだ。その不思議な体験をしたページだけ、コップ一杯のコーヒーを溢したかのように読めなくなってしまっている。
ただはっきりと言えるのは、その体験というのはとても不思議でそして素晴らしいものであったということ。
神社、本殿向こうで笑う女、鬼さんこちらと招く白い手。惹かれる己の体。
その後私は何を見たのか知らない。記憶にない。その記憶の正体を知りたくて、私は色々な本を読んだ。そうして妖怪の泥濘にハマっていった……
高校の時。クラスの男子たちはグラビア雑誌やら、萌え小説やらにハマっている中、私は鳥山石燕、画図百鬼夜行画集を広げていた。恋だとか、そういったものには無縁の高校生活を送っていた。人間の友達は誰1人いなかった。
『君は僕のことを人間だと認識するんかい?』
いや、違うな。1人。友達はいたのかもしれない。ただしその友達はとても人間と呼べるような人物ではなかったと思う。いつも教室の隅でポツンと。彼女の小柄な手には不釣り合いなぐらいの大きな本を読んでいる少女がいた。
『君は友達いないだろ』
と彼女は言う。葬式中の坊さんよりもぶっきらぼうな彼女にそのようなこと言われたくない。
『な、そんなこと』
『君のそんな無愛想な顔をみれば分かる』
と私よりも無愛想な顔を持っている彼女。
『君に友達がいないことなんて、金田一耕助や明智小五郎、神津恭介のような名探偵じゃなくても推理出来る。それどころか、そこら辺のインチキ占い師でもズバリと当てられるだろう。まぁ、せいぜい変な宗教にハマらないように気をつけることだな。……いや、違う。例えどんな変な宗教でも本人が幸福だと感じれば何一つ問題などないのか。それはそれでちゃんと立派な【宗教】として成り立っているのか。問題なのは宗教ではなく、その宗教の枠組みを超えた、破壊的思考に陥り、他人を傷つけること。自分が自分で傷つく分には問題ないさ。ほら、お酒やタバコだってそうじゃないか。あんなものは毒だ。それでも誰もお酒を飲むのを止めないだろ。他人がお酒を止める時は、アルコール中毒になって訳のわからない暴言を吐き出したり、人を殴り始めた時だろ。誰もほろよいいっぱい飲んだごときでは飲むのを止めろとは言わないさ。だから君がどんな変な宗教にハマろうが、そこら辺の小石をアミニズムだとか何とかと勘違いして神と崇めようがそんなものはどうでもいいのさ。他人に迷惑をかけなければ。最も、君の頭は弁当箱を横に傾けたかのように半分は空っぽで、そのような思考には陥ることは出来ないさ。ほら、ここまで言われても君は顔を真っ赤にすることなく、頷くことも、首横にふることもなくただ黙って聞いているだけじゃないか。人間の思考を無くしたゾンビだって僕の首をかぶりと噛み付くだろうに。あぁ、大丈夫。別に君を貶しているわけではない。ある程度君のことは認めているんだよ。そうじゃなければこんな詭弁に喋ることはないだろう』
それが私と彼女の最初の会話であっただろう。
そして、私は驚いていた。彼女がこれほど喋ると思っていなかったからだ。
普段から教室の隅っこで何も言葉を発せずにいる彼女。それは蚕の口のようなものであったのに。今の彼女の口は鮫だ。鋭い八重歯をキラリと光らせて、その歯のように鋭い言葉の群群を爪楊枝の先端を首筋に当てるようにツンツンと突っついてくる。
そしてそれが私と彼女……高見沢立花との百物語の冒険の始まりであった。
高見沢立花は普通の人間ではなかった。少し特殊な霊感のようなものを持っていた。そして僕は高見沢の周辺に起こる少しだけ不思議な現象に巻き込まれていった。
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