三重と千葉から
小酒井ナミ
第1話 はじめての移住生活
四日市に移り住んで、もうすぐ十年になる。
きっかけは東京で知り合った料理人の彼が、地元四日市で和食店を開きたいと言い出したことだ。
私は地元千葉から東京へ出てガス会社で働いていた。さんざん悩んだあげく、
〈四日市へ行くと良いような気がする〉
というあいまいな勘を頼りに、一緒に行くことにした。
もし辛くなっても人のせいにしたくないから、
「一緒についてきてほしい」という実質プロポーズの言葉は聞かなかったことにして、勝手に一人で四日市へ行くのだと決めた。
私は飲食店の勤務経験がなかったため、板前である彼のお師匠さんに頼み込み、
都内の和食店で手伝い修行をさせてもらい(皿を三枚割った)、四日市行きの準備を進めた。
両親と愛犬に見送られ、生まれ育った千葉を離れて、不安まるけの私を乗せ高速バスは出発したのだった。
四日市に到着し、新しい住まいとなる富田地区を歩いた。近鉄富田駅のくじらの形をした駅舎がかわいい。
少し歩くと田んぼが広がり、カエルが鳴いている。
〈子供の頃の地元の景色に似ている・・〉
なぜか少し懐かしい気がした。
私の地元千葉県市川市は、東京に近い都心部の中でも自然が多く、梨畑の広がる梨の産地だ。
親族もみな農家なので、子供の頃から畑の野菜をかじって育った。
学校帰りに野生のノビルを採り、ザリガニ釣りをして遊んでいた。
千葉から来たと話すと、
「都会から来たんですね」とよく言われるのだが、東京から少し離れると海と山と丘の続く房総半島エリアに入っていく。
名古屋と三重の立ち位置に少し似ている。
コンビナート工業地帯と港、振り返ると連なる山が見える景色に、何か共通したものがあるような気がしたのだった。
それから彼の両親に挨拶に行った。
結婚前提とはいえ一人でやってきた私を色々と気にかけてくれて、事前に彼から私の誕生日だと聞いていたのかホールケーキまで用意してくれていた。
高速バスで来たことを話したら、彼のお母さんが、
「遠くからえらかったやろ」
「千葉から時間かかってえらかったなあ」と言ってくれた。
「しんどい、大変」というような意味だと知らなかった私は、
〈ずいぶんと褒めてくれるんだなあ。すてきなご両親だな〉と思った。
それからもしばらくは「えらいなあ」と言われるたびに、
「ありがとうございます!」と元気に返事をしていたのだった。
オープンした和食店で働きだした私を一番てんやわんやさせたのは、その三重弁の数々だった……!?
2話へ続く...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます