第36話:臨機応変
「「「「「ウォオオオオオン」」」」」
これまで聞いた事のない犬達の雄叫びが聞こえてきたら、保健所に登録していない野犬の群れが山から下りて来たのだろう。
俺の止めを刺そうと近づいてくる敵を防ごうとしてくれているのだろう。
ダッタタタタタ
「「「「「ギャゥン」」」」」
敵は自動小銃を放って野犬を皆殺しにしようとしているようだ。
自動小銃独特の発謝音と野犬達の断末魔が聞こえてくる。
俺のために多くの野犬が死んでいると思うと、胸が痛む。
「先生、佐藤先生、ご無事ですか?」
自衛官の中に生存者がいたようで、声をかけて来る。
直ぐに返事をしたい気持ちもあるが、完全に信用できない。
自衛官の中には、敵国に懐柔されている者もいるのだ。
某国のハニートラップは執拗かつ悪質だ。
数世代も前に日本に渡り根を張ってきた持つ元国民に、命令に従わなければ死刑にする法律を作り、自衛官に誘惑させて結婚し、表面上温かな家庭を築かせるのだ。
愛する妻と子供が、何時工作員に殺されるか分からない状況を作るのだ。
最初は多くの自衛官が命令に逆らったが、本人ではなく妻子を殺されるのだ。
まだ妻子を殺されていない自衛官が、敵国に屈する気持ちも分かる。
ドーン、ドーン、ドーン、ドーン、ドーン
立たなくてよかった、伏せたままでよかった、また自爆ドローンだ。
爆発音から、5機の自爆ドローンが突っ込んで来たと思われる。
窪地に伏せ、上を犬達が守ってくれていなかったら、俺は死んでいた。
もう自衛官は呼び掛けて来ない。
自爆ドローンに直撃されたか、爆風と破片に殺されたか……
「「「「「ウォオオオオオン」」」」」
ダッタタタタタ
「「「「「ギャゥン」」」」」
犬達の遠吠えと射撃音、断末魔が聞こえてくる。
このままではリョクリュウが山から下りてくるかもしれない。
かといって俺が動いて殺されでもしたら、イグアナ星人かトカゲ異世界人か分からないリョクリュウが、怒り狂って大暴れしてしまうかもしれない。
「「「「「ウゥウウウウウ」」」」」
複数のパトカーが同時にやってきた。
1番近い警察署が、総力を挙げて駆け付けたようだ。
これ以上犠牲者を出したくないのだが……どうする?
テゥルゥウウウウウ
「リョクリュウ、どうなっている」
「そのまま伏せていろ、敵は犬達が皆殺しにした。
警察が駆け付けたが、工作員が混じっているかもしれない。
近づいて来て何かしようとしたら、死んだふりをしている犬が殺す。
全員が味方だと分かったら、声をかける」
「このまま話していられないか?」
「危険だ、近くにいる襲撃者は皆殺しにしたが、遠方は分からない。
キヨシが生きていると分かったら、遠くから撃ってくるかもしれない。
さっきも言ったが、警察に潜入している工作員がいるかもしれない。
キヨシが生きていると分かったら、上に乗っている犬ごと殺そうとするぞ。
それでもいいのか?」
「分かった、死んだふりを続ける」
幸いな事に、駆けつけてくれた警察官の中に工作員はいなかった。
警察官が全員味方だと分かって、リョクリュウが許可してくれてから、生き残っていると犬達の下から出た。
次々と駆け付ける警察官と消防士、少し遅れて陸上自衛隊第41普通科連隊が別府駐屯地から駆けつけてくれた。
俺のいる場所が再度攻撃されないように、警察官、消防士、自衛官が広く散開して怪しい者がいないか探し回ってくれた。
襲撃犯の証拠を探すのは鑑識の仕事だ。
自衛官は少しでも早く俺を安全な場所に移動させようとした。
爆弾が仕掛けられているかもしれないから、破壊されずに残っている車両は使わず、82式指揮通信車で別府駐屯地に護送された。
俺は連隊長の許可を取ってネットで状況の確認をした。
リョクリュウと準備をしていた、被害者を出した場合の速報が流れている。
それを利用した地方テレビ局が、俺達の意図通りのニュースを流している。
偏向報道を繰り返した関東広域圏テレビ局などは叩き潰したが、地元に密着した放送を行ってきた、地方のテレビ局は残してあった。
良い事ではないが、いや、かなり悪い事なのだが、今残っているテレビ局は、俺の意向には逆らわない。
俺個人が狙われて、日本人に被害者が出ていないのなら、禍根を残すような前例は作らなかったのだが、今回は50人以上の日本人が殺されている。
某国の工作員が反社の構成員を利用して、自ら指揮を執って日本の政党代表を殺そうとしたと、大々的に報道させた。
これまでのように未然に防ぐ事が不可能なほど激しい攻撃を行ってきた。
何時誰が巻き込まれて、何万人も殺されるか分からない、卑怯下劣な自爆ドローン攻撃、国家によるテロだと報道させた。
82式指揮通信車の中から、南は沖縄から北は北海道まで、全てのテレビ局で繰り返し報道しているのを確かめた。
某国は関係を否定するだけでなく、冤罪を被せようとしていると、逆に激しく非難して来るだろう。
だが、これまでのような、軍隊以外の小競り合いではないのだ。
現役の自衛官が、要人警護という公務をしている時に、自爆ドローン、自動小銃で攻撃され、殉職しているのだ。
いや、戦死しているのだ、逆切れなど絶対に許さない!
決定的な証拠が見つからなかったとしても、断固とした政策を行う。
だがそのためには、生き続けなければならない。
「連隊長、ドローンや重機関銃の攻撃に備えてくれ。
俺が敵の指揮官なら、別府駐屯地に戻る所を狙う」
俺はリョクリュウと相談していた事を指揮官に話した。
「了解しました、が、その気で待ち伏せしている敵の目を晦ませて、別府駐屯地に入るのは難しいです」
指揮官の連隊長はそう言うと、各地と連絡を取り始めた。
そう言うと思って、他の基地に行ける分かれ道の前で話をしたのだ。
第41普通科連隊の指揮官は、自分の面目や手柄にとらわれることなく、臨機応変に戦えるようだ。
「玖珠駐屯地に向かいます」
第41普通科連隊連隊長はそう言うと、更に部下に色々と命じた。
高機動車1両と73式大型トラック1両に引き返すように命じた。
「何をするのか聞いても良いか?」
「残敵を炙り出します。
現場に残っている車両を引き連れて、別府駐屯地に向かわせます。
敵が残っていたら、基地に入る前に攻撃してくるでしょう。
この車列を見張っている者がいたとしても、どちらに閣下が乗っておられるのか、敵は判断に困るでしょう」
「よく考えてくれた、俺の命は連隊長に任せる」
「光栄です」
玖珠駐屯地に向かう案は、リョクリュウとの話でも出ていた。
玖珠駐屯地には、西部方面戦車隊と西部方面後方支援隊、西部方面対舟艇対戦車隊と第8後方支援連隊、更に水陸機動団が配備されている。
日本に潜入している某国の工作員程度の戦力では、正面から攻撃できない。
問題は、玖珠駐屯地の自衛官の中に、某国の工作員が入り込んでいないかだ。
これだけは、今も側にいてくれる護衛犬を頼るしかない。
82式指揮通信車に同乗を許されたのは1頭だけだが、自衛官が運転してくれているマイクロバスには、生き残った護衛犬が20頭弱いる。
彼らの働きを信ずるしかないが、自衛隊内に工作員がいないのが1番だ。
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