第22話:躾

 11頭もの犬を引き取った事で、補佐と警備を諦めてくれたらよかったのだが、再当選の掛かった党員達は諦めてくれなかった。


 リョクリュウが躾をしてくれる約束なので、党員達が借家に居座るのだけは、絶対に防がなければいけなかった。


 そこで、引き取った犬の散歩と餌付けを陽が暮れるまでに行って、リョクリュウの躾に必要な肉を用意しておいて、党員達にビジネスホテルに泊まると言った。


 安心してそのまま帰ってくれたらよかったのだが、そうはいかなかった。

 補佐と警備の当番に当たっている議員達もビジネスホテルについてくる事になり、隠れて借家に戻って来る事はできなかった。


 何を言っても無駄だと分かったので、当番の党員を引き連れてビジネスホテルに行き、引き取ってきた犬をリョクリュウが躾けられるようにした。


 ビジネスホテルよりも立派なホテルや洒落た旅館もあるのだが、俺が急に言いだしてその日に部屋を確保しないといけないし、何より襲撃を警戒しなければいけない。

 隠れ家のようなちいさな宿では、危険性は借家と変わらない。


 とはいえ、大きくて立派な5つ星や4つ星のホテルでは、俺の気が休まらない。

 連泊する事になったら、財布への負担も大きくなる。

 

 心身への負担を減らし、襲撃の危険性を低くするには、ビジネスホテルの最上階端部屋を取ってもらった方が良い。

 警備するにも都合が好いし、財布的にも負担が少ない。


 リョクリュウが、犬たちを躾けるのに何日かかるか分からない。

 俺がいたら躾の邪魔になるかもしれない。

 俺には見せられない、イグアナ星人の技や機材があるかもしれない。


 そう割り切って考え、中津のビジネスホテルでゆっくりした。

 天然温泉の大浴場も良かったし、ベッドの寝心地も良かった。

 貧乏性の俺は、朝食バイキングを腹一杯楽しんだ。


 朝食を腹一杯詰め込んでから借家に向かった。

 補佐と警備をしてくれる宇佐市の市会議員が、自分の車を出すと言ってくれたが、負担にならないようにタクシーを呼んだ。


 借家に戻って犬たちの様子を確かめたが、とても素直だった。

 リョクリュウに厳しく躾されたのか、昨日引き取ってきたばかりなのに、俺には一切吠えなくなっていた。


 同行している宇佐市の市会議員には、火がつくくらい激しい勢いで吠えるのに、俺には全く吠えなくなっていた。


 宇佐市の市会議員に手伝ってもらって、つないであった場所の近くに沢山してあった糞を始末してから、たっぷり散歩させた。


 本当は、2人で5頭と6頭に分けて散歩をさせたかったが、宇佐市の市会議員に対する敵意が激しかったので、俺が4頭、4頭、3頭に分けて散歩させた。


 リョクリュウの躾がよほど厳しかったのか、全く引っ張られる事がなかった。

 俺の横を離れることなく奇麗に並んで、犬同士で争う事もなく、行儀よく散歩してくれた。


 犬の世話をしている間に、党員が手配してくれた警察犬の訓練士がやってきた。

 最初は11頭全部が親の仇を見つけたように激しく吠えていたが、俺が言う事を聞けと命じると、ピタリと吠えなくなるどころか訓練士の言う事を聞くようになった。


 訓練士が犬の主人として100点満点だと褒めてくれたが、躾けたのはリョクリュウなので、全く嬉しくなかった。


 今日の出張訓練で、警察犬になる素質のあるある子を選んでもらう予定だった。

 だが、11頭全てを俺が1日で手懐けたと思っている訓練士は、番犬にするだけなら預かる必要はないと断言してくれた。


 犬の訓練風景も、訓練士が褒めてくれたところも、ネットでライブ配信しているので、俺を殺そうとしているプロの刺客なら事前に確認するはずだ。


 それを意識して、警察犬訓練士とこれから撮影する訓練内容を相談した。

 犯人に咬みついて捕らえる訓練を撮影して放送する事にした。

 番犬が犯人を咬む動画を常時流すようにした。


 犬の訓練をしている間に、俺の補佐と警備をする党員が代わった。

 宇佐市の市会議員が家に帰り、中津市の市会議員と県会議員がやってきた。

 午後からの当番は彼ら2人だという。


 事務長の兄貴と総務長のおじさんに連絡を取ったのだが、補佐と警備をしてくれる党員達にも思惑や欲があるという。


 彼らの常識では、圧倒的な支持を受けて選挙に勝った人間が、次の選挙に出馬しない訳がないという。


 このままネット民の俺への支持が続いたら、次の選挙で県会議員や国会議員にクラスアップできるかもしれない


 ネット民の俺への支持が続くなら、いや、続かなければ、次の選挙には勝てないという、恐ろしい現実もある。


 何としてでも俺に気に入られて、次の選挙でも党の推薦が欲しい。

 できれば俺に直接応援に来てもらいたい、国会議員の候補にして欲しい。

 そういう思惑、欲があるから近づいて来ているというのだ。


 そういう事なら、遠慮する事はないと割り切った。

 欲と2人連れの手伝いなら、使ってやって、俺の役に立っているとアピールできるようにしてやろうじゃないか、と割り切った。


 元々党員は、欲を優先に集まった烏合の衆でしかない。

 国会議員もそうだが、市町村会議員や都道府県会議員は特にそうだ。


 選挙に詳しい事務長の兄貴と総務長のおじさんが、地区の手堅い固定票を手に入れるために、落選していた地区代表の市町村会議員候補を集めたのだ。


 他の地区よりも固定票が少ないから落選していた候補者達だ。

 俺を支持するネット民の票がなければ次の選挙で落選する。

 そうなったら、彼らを応援した小さな地区の要望が市町村に通らなくなる。


 補佐と警備に来てくれた中津市の市会議員と県会議員がライブ配信に映るように、殺処分から救い出した犬達のお世話をしている姿が映るようにした。


 ライブ配信が流れていない死角で、何の為に犬の世話をする姿をライブ配信するのかを、誤解のないように詳しく説明した。


 2人も次の選挙対策だと理解できたようで、吠えられても引かずにお世話した。

 党員達の言う事を聞け、と指示しなかったので、吠えられてしまったのだ。

 警察犬訓練士の時と同じように、命令に従えと犬に指示したら吠えなくなった。


 そうこうしているうちに陽が暮れてきた。

 リョクリュウが犬の躾ができるように、今晩もビジネスホテルに泊まる。


 ただ、中津市の市会議員と県会議員が歓迎会を開いてくれるというので、昨日の宇佐市の市議会議員の歓迎会は断ったが、受ける事にした。


 事務長の兄貴と総務長のおじさんに言われたのだ。

 各議員が後援会に良い顔をするためには、地区の支持を受け続けるには、俺との親密度をアピールするのが1番簡単な方法だと。


 賄賂にならない範囲にするように厳しく注意した上で、2人の歓迎会を受ける事にしたのだが、もの凄く疲れてしまった。


 引き籠もりと働きたくない病を併発しているのに、政治活動をするなんて、心身への負担が大き過ぎるのだ。


 ただ、歓迎会に来てくれていた人達に困っていた事を相談できたので、無理して疲れた甲斐はあった。

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