第19話 サプライズを嗤う今泉志穂はサプライズで溺れ死ぬ

「やれやれ。やはりクラッカーなければ、物足りない」


 乱入しておきながら少しだけ不満げな日野。

 僕がクラッカーを台無しにしたせいである。

 そんな日野を見た今泉の顔が一気に青くなる。


「え、えっと。日野君? どうしたのかな~? 帰ったんじゃなかったのかな~?」


 別人かと思うほど猫なで声を出す今泉。

 どう生きればここまで露骨に態度を変えられるようになるのか。

 日野はそんな今泉を見て、いつものように笑っている。

 だが、その笑いにはどこか冷たい印象があった。


「君にサプライズだよ、今泉君」


「私にサプライズ? ど、どういうことかな~?」


「今までの出来事は、この時のために俺たちグループが最初から企画したサプライズだったんだ」


「ど、どうしてそんな事を……」


「全ては、本当の君を知るためだ」


 以前に日野が言った『やり遂げなければならないサプライズ』。

 それは『今泉の本性を暴くためのサプライズ』の事を言っていたのだ。


 今泉はやりすぎた。

 上位グループからも不満が出ていたのだろう。

 日野には上手く隠していたようだが、流石に奴も今泉に疑問を持っていた。

 そこで今回の茶番とも言うべき『月山へのサプライズの失敗』というイベントを演出した。


 今泉は、日野には決して本性を見せない。

 だが、僕と月山が相手なら別だ。

 僕がサプライズを潰せば、今泉は怒りで僕たちに本性を見せる。

 それを込みで奴は全て計算していたのだ。

 僕のサプライズ潰しがあっさり成功したのも当然だ。

 全てが仕組まれた演出だった。

 なんと恐ろしい男だ。全部手のひらの上かよ。


 僕がクラッカーを潰した時、グループの皆が怨嗟の声を上げていたのも、泣いていたのも、今泉に怪しまれないために日野が作った演出だったかもしれない。

 必死でサプライズを潰したと思ったら、それ自体がサプライズの一部だったわけだ。


 まったく、本当に勘弁してくれ。

 あれは全て茶番でした~。サプラ~イズ♪ ってか?

 ふざけるな! 馬鹿野郎!

 驚かせばいいってものじゃないぞ!


 やっぱり僕は、サプライズが大嫌いだよ!!!


 ま、別にいいけどね。全部読んでいたし!

 一応、この茶番も予定プランに組み込んで、最後まで付き合ってやったんだ。

 ありがたく思えよ!


「俺は可愛い今泉君を信じたかった。君が『悪者』でないと思いたかった。ずっとこのまま仲良くしたかった。だが……」


 以前に日野が言っていた『誰も悪者にならない世界』。

 これは今泉の事を言っていたのだ。

 今泉の本性が許容できるような範囲ならよかった。ただの楽しいドッキリサプライズだ。

 しかし、結果は……


「待って! 待って待って待って待って待って! 違うの! 日野君は勘違いをしているんだよ!」


 汗まみれになりながら言い訳を始める今泉。

 もはやそこにはさっきまでの余裕は微塵も無い。


「君はさっき良いことを言ったな。『ルールを守れない人間には、罰が必要』と。ところで、?」


「ぐすっ。ね、日野君。お願い、私の話を聞いて」


 今泉は得意の泣き落としを始めた。だが……


「俺はね、サプライズが好きだ。サプライズでたくさんの人を幸せにしたいと本気で思いたかった。サプライズが気に入らなければ、全て俺のせいにすればよかった。だが、サプライズを君の私欲に利用されるのだけは、我慢ならない」


 瞬間、教室内の空気が凍った。



「俺のサプライズを……汚すなよ?」



「…………ひ」


 今泉は腰を抜かしてしまった。

 僕も思わず後ずさってしまう。


 日野は相変わらず笑顔。

 だが、その顔を見た瞬間『殺される』と思った。

 恐らく全員が同じ感覚を覚えただろう。

 こんな恐ろしい冷笑を見たのは初めてだ。

 奴の本性は殺人鬼だった、そう言われても違和感が無い。

 本当に底の知れない男だ。

 どの姿があいつの本性なのかは、永遠の謎なのだろう。


「サプライズを汚す者には、サプライズをもってして制裁を加える。悪いが、これが俺のこだわりだ」


 わざわざこんな回りくどいやり方をしなくても、こいつなら解決できた気もするが、これがサプライズ好きとしてのやり方らしい。

 以前、奴は自分の事を『性格が悪い』と言っていた。これだけは本当のようだ。

 さんざんサプライズを利用した今泉は、最後はサプライズの逆襲を受けて果てるわけだ。

 そうして、日野グループが今泉を取り囲んだ。


「ふざけんな! 私がグループをここまで引き上げるのに、どれだけ貢献したと思ってんだ! お前らだっていい思いしてただろうが! こんなのはトカゲの尻尾だ! うわあああ!」


 泣きながら連れていかれる今泉。

 今度こそ、嘘じゃない本物の号泣だった。

 誰かがもっと早く今泉を止めていたら、彼女と本気でぶつかっていたら、こんな事にはならなかった。

 それをやらなかったのは、皆が上位グループで甘い汁を啜りたかった。

 今泉が攻撃的に周りをうまくけん制して支配してくれていたから、自分たちは上位グループで楽ができた。

 都合よく全ての責任だけをかぶってくれた今泉は、ある種の人柱だったかもしれない。


 思うところはある。

 だが、一つだけ間違いないのは、今泉は一線を越えてしまった。

 その事実だけだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る