イッツ・ア・スモールシティー

@jf6deu

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「あ、僕は『なぎ』って言います。よろしくおねがいします。」

中学校の最初の授業、ホームルームだ。

そこで話す自己紹介にはその人がどう見られるかがかかっている。

僕は素直に自分の名前と「よろしくおねがいします。」の二つを言っただけだ。

クラス中からの冷たい視線、名前の後に出たクスっとした小さな笑い、「よろしくおねがいします」の後に出た「たったそれだけ」の目線。

その全てが僕には痛かった。

「どうせからかっているようにしか見えないから」と言う本音があった。

それを消化するためのもう一つの『もや』をなんと言ったらいいのだろう。

そんな話し難い思いを心の内から全てさらけ出すことにした。

「僕はなんだってみんな思っているかもしれないけれど、私はトランスジェンダーってやつ。」

気まずい空気が流れた。

障害者には優しくといった風潮があるからかもしれない。

「あ、『優しく』じゃ無くてもっとちゃんとかかわっていいからね。」

後に付け加えた。

そのまま僕は「面白い人」として中学を過ごしていくことになった。


四月十二日

今日は学校でからかわれた。楽しく過ごすはずだったのにそれができなかった。なぜかわからなかった。


私は廊下を歩いていた。

「ねぇねぇ凪君、」

誰かから呼ばれた。

「どうしたの?」

すぐに振り向く。

「俺、山本 聡太。よろしく。」

「あぁ、うん。」

当たり障りのない言葉が出る。


四月十三日

今日は学校で最初の授業があった。あと、聡太くんに会った。なんだか優しそうで、でも、ちょっと怖かった。


うわさを聞いてクラスLINEがあることを知った。

SNSに手を出すのは初めてだが、少しやってみようかと思った。

「あの、聡太くんだったっけ、」

僕は声をかけた。

「あのさ、本題で、クラスLINEがあることを知って、それで、」

思うように言葉が出てこない。

「あぁ、あれね。変な人しか入ってないから入らない方がいいよ。それじゃ。」

気持ちを先読みされた。

変な人とは何だ?


四月十四日

今日はクラスLINEを聞こうと思ったが、駄目と言われた。変な人がいると聞いたが、たぶん前代のいじめっ子達だ。関わらない方がいいと思った。


「今日は退学になった人たちを紹介します。まず稲垣。こいつは他と共謀して学校内でタバコしたため一発退学。あと、戸畑。こいつも同じ理由で退学。」

いじめていたメンバーが消えた。楽になった。

ほっと胸を撫で下ろした。

「はい、じゃぁ一限の準備して。朝は終わり。」


「凪、あのさ、一つあるんだけど。」

「どした?」

「あの最初にいじめられた時、なんか言われなかったかい?あいつらが退学になったんだけどさ、退学になって自由になっても結局することは変わらない、むしろひどくなると思うんだけど凪くんには本当に何にもなかったよね?」

「あぁ、うん。」

「あ、ならよかった。英語の道具も一緒に出しとくね。」

「ありがとう。」

いつも聡太くんは毎日話しかけてくれる。僕にとってはありがたかった。


四月十六日

今日は聡太くんと話した。すごく優しかった。


「地震です。地震です。」

携帯がサイレンとともに鳴った。

真夜中、地震が起きた。

ひどい縦揺れと横揺れ。さらに停電。

暗闇の中じっと耐えた。

「こちらは、防災、大分市です。ただいま、震度五以上の、強い地震が、発生しました。すぐに、テレビ、ラジオをつけ、落ち着いて行動してください。」

防災無線が鳴る。

「凪、大丈夫?」

スマホのライトを片手にお母さんが来た。

「一応。パパは?」

「大丈夫。今懐中電灯を探しに行ってる。」

「電話は?おばあちゃんの家とか。」

「繋がらない。」

「おーい懐中電灯あったよー。あとちょっと車に来てくれ。」

「はーい。」

車に着くと、お父さんがエンジンをかけてかカーナビでテレビを見ていた。

「落ち着いて行動してください。」

不気味なチャイムが鳴る。

「津波、大津波警報が出ました。大津波警報です。」

突然画面が切り替わる。

日本地図に赤と黄色の線が出る。

『ピロピロ』と機械音が鳴った。

「大津波警報、高知県沿岸部、大分県沿岸部、宮崎県沿岸部に津波警報です。元旦に石川県能登で起きた地震を思い出してください。高台に逃げて!とにかく高いところに!」

「……おい、逃げたほうがいいんじゃないか?」

「車では逃げられんよ。走ろう。」

お父さんは鍵を車に置いたままにした。

お母さんは電気のブレーカーを落とした。

全て昔の地震で得た知識らしい。

三人で避難場所になっている中学校に行った。

サイレンが町中に鳴り響く。

「大津波警報、大津波警報、この地域に、大津波警報が発令されました。すぐに、高台に避難してください。」

中学校では、大型テレビが体育館に設置されていた。

なんでも発電機で動かしているらしい。


「あの、受付をしてください。」

受付は担任だった。

「はい。」

適当に返事をし、名前と生年月日、おおまかな住所を書く。

不気味なアラームが鳴った。

「緊急地震速報です。強い揺れに警戒してください。」

足元がぐらっと揺れた。

立てないほどの強い揺れが襲う。

「大丈夫?」

「うん。」

「大変でしたね。よろしければ親御さん方も受付をお願いします。」


受付の後、体育館の隅に腰を下ろした。

「めちゃくちゃになってしまったなぁ。」

「そうね。」

「この後どうすんだよ。災害対応最悪だろ?」

「どうせ国のことだ。あまりお金は出してくれんだろ。」

複数の声が聞こえる。

「あ、あれも見な。」

「すんげぇことになっとるがな。」

隣に座る人の指差す先を見た。

テレビのモニターには暗い中、家が流されている映像が写っている。

「あいつはなんじゃろか。」

「ありゃ人か。」

「逃げなあかんで。」

目を凝らしてみると、何やら人が見える。

カメラがズームした。

「聡太くん!」

「あぁちょっと待って!」

絶対、あれは聡太だ。間違いない。流れる家のベランダにしがみついている。暗闇で顔は見えないが、確かに聡太だ。

モニターの前に立つ。

「おまいはなぜテレビの前に立つ?みんな見てぇんだよ!さっさとどげや!」

すぐに怒られた。

そそくさと元に戻る。

受付側の安否確認ボードに「山本 聡太」と書いてあるのを見つけた。

近づいて見る。

もし、このまま助からなかったらどうしよう。

複雑な思いが心の中を回り巡る。

不気味なアラームが鳴った。

「緊急地震速報です。強い揺れに警戒してください。」

また強い揺れが襲う。

暗闇の中、建物がギシギシと軋む音だけが聞こえる。

一分以上、体感で三十分は揺れた。

しばらくして電気が復活すると、物は倒れ、体育館は歪んでいた。

「ここは危険ですからほかの避難場所に避難してください。」

誰かが拡声器を使用し、呼びかけを行った。

私たちはすぐに次の避難場所、小学校に移動することになった。


四月二十日

今日は地震があった。一晩中揺れが続いて怖かった。小学校に移動したけど、そこでも何か起きないか心配だった。


四月二十一日

今日も地震が起きた。どうやら聡太くんは無事ではなかったらしい。重体で救助されていた。


四月二十二日

今日も電話がつながらない。


四月二十三日

今日はいじめっ子に再会してしまった。


四月二十四日

今日は電話がつながるようになったけど、171にはおばあちゃんとおじいちゃんのどちらも残っていなかった。


四月二十五日

今日はトイレが詰まって使えなかった。すぐに解消されたものの、衛生環境がよくなさ過ぎて使う気にもならなかった。


四月二十六日

今日は男子トイレに入ろうとしたら止められた。なんでもここは犯罪者が多いから女子トイレを使うようにしたほうがいいらしい。


四月二十七日

ようやくおばあちゃんにつながった。どちらも無事らしい。歩いて家に戻ったら、半壊していた。車は無事だったので、気を付けておばあちゃん家に向かった。そしたら、おばあちゃん家は無事だった。


五月六日

しばらく落ち込んでいたが、今日からグラメモを書くことにした。おじいちゃんがベッドから落ちて重傷で、亡くなった。災害関連死には認定されないかもしれない。

五月七日

避難していた中学校、小学校が臨時休校から戻ったからさっそく学校に行った。クラスが明らかに減っていた。半分以上が大丈夫ではない。どうしようか先生も迷っていた。


五月八日

水道が三か月後に戻る予想だと発表された。それ以前に電気とガスはどうなのだと聞きたい。


久しぶりに学校へ行った。

みんな苦しいだろう、何も話さないようにした。

今は苦しい雰囲気が続く。

そして僕は決めた。


家に帰り、親に話しかけた。

「パパ、ちょっと話があるみたい。」

お母さんはお父さんを引き留めてくれた。

「前に話したけど、あの引っ越しの話。」

「あぁ、引っ越しね。あれは凪がここにいるって言ったから引っ越さないようにしたんだけど、結局決めたの?」

「新しい場所はあるけど、引っ越しはそんな簡単じゃないんだぞ?」

「僕は何があっても引っ越しをしたい。この町を離れたい。」

「そうなの?友達とかはどうするの?」

「後で作る。」

「なんでこの町を離れるの?つい昨日まで『思い入れがあるこの町で暮らしたい』と言っていたのに、なんで?」

「僕はクラスの苦しい、冷たい雰囲気が嫌いなんだ。」

「そんなことは耐えればいいぞ。しばらくしたら、また馴染んでくれるはずさ。」


「……よしわかった。だったら、またいろいろな場所と相談してみる。」


六月三十日

今日は最後の登校日だ。もうすぐ引っ越しになる。先生、みんなありがとう。また会えるといいなと思った。楽しみに待っていてね。死んでも泣かないでね。そんな悲しい雰囲気が僕はあんまり好きじゃなかった。でも、最近これは耐えなければいけないんだと気が付いた。耐えないと楽しく過ごせないんだと気が付いた。だから、いったん自分の体制を整えるためにこの学校を離れることにした。最後に、この町を離れてごめんなさい。そして、ここまで教えてくれてありがとうございます。短い期間だったけれど、楽しかったです。あの聡太くんは星の上で何をしているのかな。誰かと話しているのかな。

『一言コメント』に収まらなかったので、最後のページに書いた。


『そして、ここまで教えてくれてありがとうございます。短い期間だったけれど、楽しかったです。』

担任は一人、机で泣いた。


「また会える日を楽しみにしています。それじゃあ、ありがとうございました。」

先生は授業を早めに切り上げて時間を作ってくれた。

少ない人数ながらも拍手が起きた。

「さ、じゃあみんなで写真を撮ろうか。」

「はーいこっち向いて3、2、1」

カメラのシャッター音が鳴る。

「後で帰る時に印刷して渡すから。それじゃあ最後の授業頑張って。」

「はい!」

六月二十四日、私たちはおばあちゃん家から離れ、福岡県にある中古住宅に移住した。

本当は残らなければならなかった、お金が残っていたので住宅を買った。

本当にこれでよかったのか。

本当に別れてよかったのか。

いつ考えても答えは出なかった。


七月、夏休みに入るかどうかの日に僕は新しい中学校に転校した。

「あ、僕は『なぎ』って言います。大分県から来ました。よろしくおねがいします。」

転校して最初の授業、ホームルームだ。

そこで話す自己紹介にはその人がどう見られるかがかかっている。

僕は自分を信じて、自己紹介をした。

「はい質問です。」

「どうしたの?」

「なぜ男子に男装していますか?」

「えぇっとこれは、」

いきなり最初に言葉を失った。

まさかこのことが聞かれると思ってもいなかった。

「思っている性別と体の中の性別が逆なんです。」

咄嗟に口から飛び出したのは、いつも言っている言い訳だった。

「わかりました。ありがとうございます。」

自己紹介は歯車に砂を噛んだまま終わった。


「ねぇねぇ凪くん、」

誰かから呼ばれた。

「恋愛論はお好きですか?」

「はい?」

「だから、この人が好き、とか、こういう人は嫌い、とか。何か無い?」

「いや、ないですけど。」

「じゃぁ、私を好きになってください。」

「は?」

いきなりプロポーズされた。

「じゃぁまた。お手紙待ってます!」

「・・・。」

「あいつはいつもこんな感じだから気にするなよ。」

隣の席にいる人から言われた。

「あいつはこうして男子の心を惹きつけて、ある一定の閾値に達したら別れる。『恋愛を食する人』なんだよ。」

ふーん、恋愛か。

しかもそれを食べる。

何が楽しいんだろう。

今まで考えもしなかった。

何かいいことがありそうだが、いじめられるという大きなリスクを背負うことになる。

やめておこう。


「ただいまー」

「おかえり。初めての学校はどうだった?」

「何にもない、ふつう。」

「よかったじゃん。いじめられてないんでしょ?」

「うん。」

「それだけでもすごいことだよ。普通は部外者をいじめるんだよ。」

「あ、でもなんか恋愛好きな人に会ったかもしれない。」

「新しいクラスで?」

「うん。恋愛を食って生きる、って言われた。どうやって生きてるんだろうね。」

「いや衣食住はちゃんとするでしょ。」

「あ、そっか。ってそんなこと?」

「新しいクラスを楽しんでね。」

「うん。」

その夜、僕は一人で泣いた。

何も悲しいことはないのに、自然に涙が出た。

心が締め付けられるように苦しくなった。

そばにある枕を抱きしめて寝た。

「やっぱり何か足りないのかな、」

時間は無慈悲に過ぎていく。

時間は考える暇を与えてくれない。

聡太くんも津波の押し寄せる『時間』に取り残された。

自分自身も残るか移住するかを決断する『時間』に取り残された。

どちらも違うように見えたが、同じ『時間』に取り残されていた。

「誰かに相談したいな、」

誰も相談できない。

時間を与えてくれた親にこんなことを話せない。


「ねぇ、何か困っていることがあるの?」

机に突っ伏していると、誰かから声をかけられた。

昨日『私を好きになってください』って言ったあの人だった。

「昨日聞いてなかったけど何ちゃんなの?」

「私、佐藤 亜紀って言います。よろしく。」

日常会話で仲良くなって離れさせなくする仕組みだ。

「うん。よろしく。」

「あと、本当に困ってることはないの?」

「ねぇさ、ちょっと一人で考えたい。」

「姉さん?今姉さんって言ったよね。昨日のプロポーズ受け入れてくれた?」

「聞き間違いもほどほどにしてくれ。」

「聞き間違いしてないよ?今絶対姉さんって言ったよね。」

あぁ、こいつ絡む気だ。

「亜紀ちゃんだっけ、もうあきらめてくれない?僕ははっきり言って絡まれたくないんだよ。」

「ふーん。ほんとは好きなんじゃない?」

やめてくれ、逃げたいんだ。

「逃げたい。」

「ん?」

「逃げたいんだ。僕。」

「わかったよ。もうやめるからさ。」

「うん。そうしてくれ。」


次の日、不穏な空気を感じた。

みんなが振り向いてくれない。

僕の方をちらちら見ながら笑っている。

「ねぇ、聞いて。」

話し合いたくて一つのグループに声をかけた。

「……ちょっと聞こうか。」

「ねぇ、LINEで聞いたけどなんだかあの人当たり強いかもよ。」

あの人。自分に指を向けられていた。

「うん。避けといたほうがいいかな。」

「そうみたい。」

グループは『じゃあね』で解散した。

僕はすぐにLINEグループの重大さに気が付いた。

LINEでこんなにも早く情報が伝わるんだ、差別が始まるんだ。

なんだか悲しくて、嫌いだった。

そんな中、隣の席の人から声を掛けられた。

「僕は佐野 翔太っていいます。この前からずっと思ってたんだけど、もしかしてこのクラスの使い方にまだ慣れてないのかな、実はネットいじめがたくさん起こるんだ。だからこのクラスは嫌いなんだ。あと、自分は中立的な立場だから。よろしく。」

やっぱりいじめの再発は避けたい。

みんな避けたい。

この気持ちをどう整理すればいいのか、見当もつかなかった。

「やっぱり戻りたい。」

しばらく考えて出した結論だ。

「どした?なんかあった?」

「いや、いろいろ。」


「……へぇー。それでここに来たわけね。」

僕は今までのことをすべて話した。

中学校に入ってすぐにいじめられ、無くなったかと思えば地震と津波で家が半壊、そしておじいちゃんと友達一人を失ったこと、家の管理をおばあちゃんに任せて福岡に移住して来たこと。

すべてを話した。

「うーんなんというか悲しいね。それぐらいしか僕には言えない。」

「ごめん、相談したの悪かった?」

「いいや、全然。むしろ嬉しいよ。だって死んじゃったりするよりはずっといいよ。」

「うん。」

「あと、どっちがいいの?」

「何が?」

「家に戻るか、それともここにいるか。ここだと結構な都会になってしまうからどうしてもこんな人が多いかも。」

「どうだろう、いつも考えてるけど結論は出ないんだよね。あの苦しい環境に戻りたいけど、自分の心がそれを許してくれない。だから、ここにいることにした。でも、最近考えたんだ。本当の自分ってどこにいるんだろうって。そしたら、やっぱり戻ったらまたみんなと話ができるかなって。だから、戻ることにする。」

「だったら善は急げ。時間に取り残される前にすぐ行動に取り掛かろう。今日帰ってからが勝負だよ。」

「時間―…」

時間といえば、自分と聡太くんが取り残されたもの。

あのなんともいえない苦しみがこみ上げてくる。

「ねぇ、ちょっとこっち向いて。」

「ん?」

「ありがとう。」

私は欧米風の挨拶を交わした。


「どう?今日は何かあった?」

「ううん、何も。」

「今日は親子丼だから、早く着替えて来てね。冷めちゃうとおいしくないでしょ?」

「それより一つ聞いて欲しい。」

「どうしたの?」

「一緒に帰ろう。」

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