従者VS悪党

 別に、他人のことなどさしてどうでもいい。

 この生徒の何人が傷つこうが、この学園の教師が何人倒れていようが。


 まぁ、最近知り合った顔馴染みと……最愛の男が悲しみそうな知人ぐらいは守ってあげてもいいのかもしれない。

 しかし、セレシアの中での優先順位は───メイドという立場を抜きしても、変わることはなかった。


「さて、そろそろ始めようか。さっきからド派手な音が聞こえてくるということは、身内も頑張っているってことだろうし」


 ジャラジャラ、と。

 ゼニスの装束の中から大量の釘が落ちていく。

 なんだ? と、セレシアは少しだけ警戒心を上げる。

 そして───


「周りの生徒はいないってことは分かったからね……存分に殺れる」


 ───


「んなッ!?」


 背後からクレアの驚くような音が聞こえてくる。

 先程まで床に撒かれていただけの釘が、先を向けて一つの鞭へと変貌した。

 セレシアは表情一つ変えることなく、屈んでクレアの足を払う。

 そのおかげもあって、クレアの鼻先を釘が掠める程度へと終わった。


「す、すまない……」

「冷静に対処してください。初見の相手の手品が珍しいことなどよくあることでしょう?」

「そ、そうだな!」


 起き上がり、二人して一斉に地を駆ける。

 どんな魔法を使ったのか、これからどんな種類が現れるのか分からない。

 それでも、二人の武器は剣で近接戦。

 まずは間合いに入らないとそもそも話にならない。

 振るわれる明らかな脅威な鞭を、それぞれのモーションで躱していく。


「それが定石、ではあるがな」


 振るわれた釘がゼニスの手元に戻る。

 そして、先にやって来たセレシアの脳天目掛けて一斉に放たれた。

 しかし、セレシアは咄嗟に首を捻ることで回避する。


「ッ!?」

「ほぉ! この距離で避けるか!?」


 その間に、クレアも一気にゼニスの懐へ迫る。

 二人は同時に、速度こそ違えど同時に剣を振りかざした。

 二対一。それも、行き先の限られている狭い廊下で。

 有利なのは、言わずもがなセレシアとクレアだ。

 ただ、ゼニスはまだ───手札を一枚しか見せていない。


「玩具は没収だ」


 ゼニスは腕を後ろへ引っ張る。

 すると、クレアとセレシア二人の剣が


「はぁ!?」

「驚くものかい?」


 ゼニスの視線がクレアへ注がれる。

 そして、無理に軌道を変えられたことで空いてしまった胴体へ拳が叩き込まれた。


「ッ!?」

「まぁ、君が一番劣っているというのは理解しているからね。寛大な気持ちで見学を許可しようじゃないか」


 ただ、と。

 ゼニスは反射的に身を捻る。

 すると、先程まで自分がいた場所……そこへ、無理に叩きつけたような歪な沈みが床に生まれた。


「……剣が折れたら、弁償はしてくださるのですよね?」

「君が無理に叩きつけなければいい話だとは思うがね」


 ゼニスが笑みを浮かべ、手を振り下ろす。

 すると、天井を突き破ってパイプのようなものが勢いよく落下してきた。


「随分とサプライズがお得意な悪役ヒールさんですね」


 ただ、そのどれもが。

 セレシアに触れる前に斬り飛ばされる。


「念の為にお伺いしますが、目的は?」

「言えば見逃してくれるのかい?」

「いえ、ご主人様の真意はともかく、利害的に聖女様を傷つけられると彼が困るようですので」

「なら、語るまでもないと思うがね」


 セレシアの剣が天へと引っ張られる。

 その際に空いた胴体へ、ゼニスは蹴りを放つ……が、合わせるようにセレシアの足が振り抜かれた。


(どういう原理か凡そ察することができましたが……面倒ですね)


 ならいっそのこと、剣など捨ててしまおう。

 セレシアは手を離し、そのままゼニスの顔へと叩き込もうとする。

 が、それも寸前で躱され、蹴りが。

 躱して、合わして、叩き込んで。

 一秒の間にどれだけの攻防が続いているのか? 傍で剣を握るクレアは冷や汗を流していた。


(レベルが違いすぎる……! 私が入れば、悪手になるというのが肌で分かってしまう!)


 相手の動きを阻害でき、セレシアの手助けになるのであればいい。

 しかし、邪魔にしかならずセレシアの隙を生み出してしまったら? そんな疑念が、クレアの頭を支配した。

 一方で、セレシアもまた……少しばかりの焦燥が滲んでいた。


(参りましたね……まさか、私が近接戦で攻め切れないとは)


 確かに、メインの武器は剣だ。

 それを手放した時点で本領は発揮できてない。

 とはいえ、それでも近接戦においてはそれなりに戦える自負があった。

 それこそ、肉弾戦オンリーの勝負ではイクスに負けないほどに。

 しかし、目の前の相手も追従してくる。

 技量は同じ。互いに一度も当たらず、防がれ躱されの攻防が続くだけ。


 では、別に焦る必要がないのでは? そう思うかもしれない。

 時間に追われているわけではない。増援を警戒しているわけでもない。

 ただ───


「……私は神の存在を否定したい」


 ゴスッ、と。

 セレシアの重たすぎる一撃がゼニスの頬に突き刺さった。

 しかしこれは、単に避けられなかったのではなく……己のモーションを成立させるために、避けるという選択肢を諦めただけ。


「ま、ずッ……!」

「そうすれば、これからだろうから」


 そしてその瞬間、セレシアの体は廊下の壁を突き破って広大な敷地へと叩き飛ばされた。

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