悪党VS悪役

『神の不在』を謡うカルト集団のボス的な立場に立っている人間は二人。

 あくまでというのもあるが……その二人は、薄桃色の髪をした少女と、薄水色の髪をした女性だ。


 語られるエピソードはそれぞれものではあった。

 一人の姿は見えないが、イクスの目の前にはアルルの姿が。

 その少女の戦闘スタイルは───


「立ち塞がる者には容赦しない、それが戦闘と復讐の鉄則鉄則♪」


 ゴキッッッ!!! と。

 拳を重ねたイクスの腕から嫌な音が聞こえてくる。


「英雄様!?」


 その音はエミリアの耳にも届くものだったのか、悲鳴とも取れる呼び声が背後から聞こえてきた。

 一方で、イクスの方は冷静……というより、さして意識が向かないほど戦いに集中していた。

 続け様にアルルの頬に蹴りを放ち、相手との距離を取る。

 しかし、自分よりも小さい体躯のはずの少女はケロッとした顔でイクスを見た。


(怯む様子もなし。成長した主人公の攻撃すら届いてなかったもんな……ほんと、尋常じゃないほどの耐久力タフネス!)


 加えて、と。

 アルルが屋上の床を叩きつけ───一気に屋上が崩壊した。


「チッ!」

「はっはー! さぁさぁ、お守りしながらどこまで戦えますかねぇ!?」


 足場が崩れ、落下しながらイクスはエミリアの方へ視線を向ける。

 自分達の足下だけ。エミリアは落下せず、顔だけ上から覗かせていた。

 そのことに安堵する……が、一瞬視線を外したことにより、距離を詰めてきたアルルの拳がイクスの頬に突き刺さった。


「ばッ!?」

「他の女に目を奪われるなんて、ちょっと私の自信がなくなっちゃいますね。これでも美少女枠だと思うんですが♪」


 ただ女の子に殴られただけ。

 しかし、イクスの体は落下先の教室の椅子や机をなぎ倒して壁へと叩きつけられる。


(……確か、潜在能力ポテンシャルの強化、だったか? セレシアと同じ、才能のゴリ押しにバフをかけるような魔法)


 実際、アルルの使う魔法は然程珍しいわけではない。

 ───潜在能力ポテンシャルの強化。

 自身に眠っている潜在能力を引き出し、普段発揮できない才能を無理矢理表に浮かばせる。

 簡単に言ってしまえば、きっかけが見つからないだけで「実は〜」といった本人の才能を勝手に呼び出して強化する魔法だ。

 これで射的能力や演算能力といった才能が開花する場合もあるので、冒険者や騎士といった人間が常時使用しているケースが多い。

 しかし、あくまで眠っている才能を少し引き上げるだけで、既存の才能のサブオプション的な補助魔法でしかない。


 ただ、アルルという少女に限っては───


「こんなもんですかね?」


 瓦礫の山を踏み、イクスを見下ろす。


英雄ヒーロー気取るのは構いませんが、所詮は力量も分からない温室育ちのお坊ちゃまでしょう? 男の子の見栄を張った手前で逃げ出し難いっていうんだったら、私は黙ってあげますんでちゃっちゃと逃げちゃってください」


 その代わり、上にいるエミリアは間違いなく殺されるだろう。

 女神の恩恵を賜り、治癒に特化しただけのただの少女が、怪物バケモノ相手に勝てるわけがない。


「単純に、あの子が傷つけられるのが……」


 ゆらりと、イクスは立ち上がる。


「いや、そうじゃない……って思いたいな。ここは悪役おれらしくいかなきゃ」


 その顔には、酷く獰猛な笑みが浮かべられており───


「いつぞやの魔物の時と同じ臨場感! 圧倒的強者! これを目の前に退くって方が難しい話だろォ!?」

「……戦闘狂バトルジャンキーめ」

「なんとでも言いやがれ!」


 イクスの手から、赤黒い線が伸びる。

 溶岩のブレード。

 一直線に伸びたそれは、フロア丸ごと呑み込むように横薙ぎに振るわれた。


「ちょ!?」

「はっはー! さぁ、舐めんなよ中ボス! こっちはダイエット中なんだ、激しい運動ならどんなに刺激的でもウェルカムだぜ!?」


 溶ける。焦げるような匂いが充満していく。

 アルルは本能的に下をもう一枚ぶち抜き、逃げ場を生み出して落下した。

 その際、上を見上げ……絶句する。


(燃やす、ではなく溶かす……って、怪物バケモノでいやがりますか?)


 アルルの中で、イクスが侮れない男だと認識される。

 力量を測れていなかったのは自分とて同じ。

 舌打ちを一つ見せ、アルルは地面に落ちていた瓦礫を抱えてそのまま頭上へ投擲した。

 抉られる天井。

 そこから顔を出したイクスへ、もう一度瓦礫を投げつける。

 イクスは若干の焦りを滲ませ、回避するように下へ落ちていった。

 そこへ───


「落下した時こそ、無防備」


 アルルが迫る。

 ただ一つの拳を握って。

 一方で、イクスは藻掻くように指先から生まれた赤い線を振るう。

 線に触れた対象に発火、急激に酸素を吸い込み炎上する 。

 燃え上がる火の手が、アルルの全身を包み込んだ。

 だが、そこで止まるほどアルルはやわな体ではない。


「さぁさぁ、女の子に変なエフェクトをつけた詫びでもしてもらいましょうかねぇ!?」


 着地と同時に、イクスの体へアルルの拳が振り上げられる。

 イクスの咄嗟に庇った腕に、拳が突き刺さり───

 根元からごっそりと、イクスの腕が吹き飛ばされていく。


(フルパワーでぶん殴ってやりましたよ!)


 火傷を負う中、アルルは勝利を確信して獰猛に笑う。

 何せ、相手は人間であり学生。

 腕がなくなった際の痛みに慣れるわけもなく、尋常ならざる痛みでまともな動きができるわけもない。

 そうなれば、あとはアルルの土俵だ。

 こと、近接戦だけで言えばアルルは群を抜いているのは言わずもがな。

 負傷した人間相手に、そもそも遅れを取るわけがな───


「って思ってんだったら、早計だぞ甘えん坊」


 ───イクスの拳がアルルの頬に突き刺さった。


「ばッ!?」


 アルルの体は吹き飛び、窓を突き破って学園の広大な敷地に投げ出される。


(い、ったい……何が!?)


 頬にが走っている。

 それよりも、頭に疑問が浮かび上がったアルルは反射的に自分のいた場所を見た。

 そこには───


「さぁ、もっと広い場所でろう。こんな戦闘狂バトルジャンキーだけど、女の子が巻き込まれて涙……なんてのは流石に嫌なんだ」



 イクスが、自分を見下ろしている姿が映った。

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