乱入
慌ただしい入学初日も無事に閉幕。
ドッとした疲労感に苛まれながら、家に帰るために用意していた馬車の停留所までの道のりをイクス達は歩いていた。
「……なぁ、ほんとに泊まるの? 女の子一人がクズで噂の狼さん家に泊まったら食べられちゃう恐れがあるけど泊まるの?」
「うむ、泊まるぞ。主人の強さの秘訣が気になるからな、下僕としての立場をフルで活用するまでだ」
「開き直りやがったな、この強かピンクおぱんちゅ騎士め」
「しゅ、主人!? ま、まままままままままままままままままさか見たのか!?」
停留所は学園側で用意されている。
それは貴族が多く集まり、通学する場所だからこそだろう。広大な敷地内に設置されており、イクス達も朝はそこを経由して学園へと向かった。
現在、イクス達が向かっているのはそこ。
朝と違って、今は顔を真っ赤にして短すぎるスカートを抑える公爵家のご令嬢がメンバーに加わっている。
「ご主人様、ちなみに私は黒のレースです」
「ふむ、百二十点」
「やった♪」
「……私は主人が噂通りの人間なのか違うのかが分からなくなってきた」
堂々と下着の色にサムズアップしてみせるイクスに、クレアは大きくため息をつく。
噂と違う人間だということは実際に模擬戦をして、一緒に過ごして分かった。
ただ、クズらしいというか思春期の男の子らしいというかな言動に、どうしてかイメージがはっきりしない。
「して、ご主人様」
「ん?」
「よろしかったのですか、聖女様は?」
あの後、エミリアは約十分ほどイクスにお礼を言い続けた。
流石に「長い長い恥ずかしい」と、意図せぬお礼であり止まる気配もなかったので、適当に―――
『あー、じゃあお礼って言うなら今度大聖堂に案内してよ。一回行ってみたかったし』
『分かりましたっ!』
そう言って、どうにかその場を切り抜けたのだ。
「しかし、大聖堂というとミリスト教の総本山なのだろう? 確か、あそこは教会関係者の中でも上の人間でなければ入られないという話だが……」
「だから言ったんだよ、くっころ騎士。適当に無茶難題吹っ掛ければ、大人しく引き下がるっていうのを見越して言ったの。実際に引き下がってくれたし」
無理難題を言えば「英雄がお礼を求めるなんて……思ってたのと違うっ!」、「無理だって分かってるのに……そんな常識も知らないの!?」などといったことを思わせられると考えたイクス。そう思わせることができれば、実力差だけの印象だけを残し、あとは勝手に離れてくれるだろうという魂胆であった。
大聖堂は女神のお膝元。クレアの言う通り、教会関係者の中でも選ばれた人しか入れず、部外者が足を踏み込むなど滅多にないのだ。
ちなみに、その設定は聖女ルートのストーリーではっきり説明があったので、鍛錬に勤しみ続けていたイクスでも知っていたことである。
「これで本当に叶えて来たらどうされるのです?」
「ふふふ……お嬢さん、それはないよ常識的に考えないとお馬鹿ちゃんって思われちゃうよふふふ」
確かに、普通であればあり得ない。
あり得ないのだが───
(相当力強く頷いていましたけどね)
(相当力強く頷いていたのだが)
二人の脳裏に浮かび上がる、あのキラキラとした眼差しと表情。
何やらどんな手を使ってでも叶えてきそうな勢いがあったのだが……イクスが何も思わないのであれば口には出すまい。そう決めたのであった。
「まぁ、とりあえず聖女様のことは置いておいて帰るか。早く今日分の剣を振らないt」
敷地の整備された道を曲がって、「近道しよ」と校舎の裏側へと入った時だった。
曲がろうとした先、三人の男が一人の女の子を取り囲んでいる姿が映る。
その姿を見て───
「ちょっと行ってくるッ!」
「ご主人様?」
「しゅ、主人っ!?」
イクスはすぐさま駆け出した。
♦️♦️♦️
アリス・カーマイン。
大陸最大規模の商会を取り纏める侯爵家のご令嬢であり、ゲームのヒロイン。
そんな女の子は今、内心で焦りを見せていた───
『クソ……お前が報告したから、散々な目に遭ったんだぞ!?』
『学園で会ったら、お返ししてやろうと思ったんだ』
『ちくしょう、これで俺の家督が弟に変わっちまったじゃねぇか!』
アリスの目の前には、三人の少年の姿。
それぞれ見覚えのある顔で、先日の聖女が来訪した際に開かれたパーティーに参加していた人物だ。
そして、エミリアを勝手に……半ば強引に連れ出して、魔物から逃げた男達でもある。
(ほんと、最悪)
こんな人気のない場所にいきなり呼び出されたかと思えば、先日の件でのやっかみ。
男達の苛立っている様子がありありと伝わってきており、いつ手を出されるか分からない雰囲気がある。
相手は男で自分は女。人数差もあり、アリスは怯えていた。
しかし、間違ったことはしていない。更に、商売の席にこれから座るであろう自分が、この程度で怯むわけにはいかない。
故に、毅然とした態度で言い返した。
「あなた達が悪いんでしょ? そもそも、パーティーの時に聖女様を連れ出したりしなければあんなことにならなかったのに。私達があの後どうなったか、聞いてるでしょ?」
そう、イクスが現れなければ恐らく死んでいただろう。
自分もそれなりに発言権があり、世間に影響を及ぼす人間でもあるが、それが聖女ともなれば話は別。
連れ出した挙句、エミリアを置いて勝手に逃げた……本当に、あの時は自分やイクスがいなければ大変なことになっていたのだ。
お礼や謝罪を受けるならまだしも、責められる筋合いはない。
(ほんと、いい歳になってお子様思考の責任転嫁ってどういうこと? まだ私も爵位を継いでないとはいえ、家柄的には私の方が上なのに)
子爵、伯爵、子爵。
単純な貴族社会の構図でも、彼らは下。
自分が偉いとは思ってはいないが、貴族内の常識が欠如し、更に罵声を浴びせているのだからタチが悪い。
(……イクスくんもクズって言われてるけど)
ふと、脳裏にある少年の顔が浮かんだ。
確かに、彼はクズだ。自分も罵声を浴びせられたこともあるし、風評通りの態度も見たことがある。
それでも、彼は自分が傷つきながらも
「そんな
「……んだと?」
少年の一人が、アリスに詰め寄る。
「家柄がいいからって調子乗ってんじゃねぇのか? そのうるせぇ口を閉じさせてやるよォ!」
そして、
「さぁ、やって来たぞリベンジイベント!」
拳を振り上げようとしていた少年の頬に、痛烈な飛び膝蹴りが突き刺さった。
「ばッ!?」
「多勢に無勢、相手は女を囲んで虐めるクズ……これ以上ないシチュエーション」
空気が一気に変わる。
ただの乱入ではない。明確に、敵意剥き出しで。
獰猛な笑みを浮かべながら、アリスの前へと立つ。
庇うようにして現れた少年。
胸に込み上げてくる安心感を与えるこの背中には見覚えがある。
アリスは、そんな背中を見て思わず固まってしまった。
「……えっ?」
「見とけよ」
「俺とこいつらが違うってところを、お前に見せつけてやるッッッ!!!」
その言葉に、アリスの胸は激しく高鳴ってしまった。
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