英雄
次回以降は毎朝9時のみの更新です!( ̄^ ̄ゞ
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森の中を必死に走る。
慣れない場所、整備もされていない道。いつもより走り難いのは当たり前だが、そもそも自分は走るようなことがない女の子───当然、背後から迫る魔物など逃げ切れるわけがない。
「あーっ、もうほんとに最悪ッッッ!!!」
艶やかな茶色の髪を揺らす、愛らしい少女。
カーマイン侯爵家のご令嬢であるアリスは、大きく叫びながら慣れない場所を走り続ける。
腰には剣が携えられているものの、鞘から抜き出す様子もない。恐らく、抜くよりも走る方に専念しているのだろう。
ただただ、空いている手が握っているのは同じく女の子の小さな手。
「はぁ……はぁ……申し訳、ございません……私のせいで……」
その少女は珍しい金の装飾をあしらった修道服を着ており、ウィンプル越しにはアリスと同じ愛らしい端麗な顔が窺える。
ただ、その顔は苦しそうな表情で染まっており───
「聖女様のせいではありませんよっ! あのクソ馬鹿なお坊ちゃんのせいです!」
聖女と呼ばれる少女の手を引きながら、アリスは少し前のことを思い出して内心で舌打ちする。
(勝手に聖女様をパーティーから連れ出したかと思ったらこれ……自分達は置いて逃げちゃうしさぁ!)
ここに来るまでは散々だった。
聖女───エミリアにいいところを見せたい貴族子息が森に連れ出し、魔物を討伐しようとした。
その矢先に後ろから迫る巨大な魔物が現れ、男達はエミリアを放置して一目散に逃げていってしまった。
心配で追いかけていなければ、世界的な宗教の象徴であるエミリアの命があったかどうかも分からない。
もし何かあれば、確実に戦争へと発展するだろう───
(あいつら、生き残ったら絶対にぶん殴る……ッ!)
ただ、どうやって?
いつ追いつかれるかも分からない相手からどうやって逃げる? あの魔物をどうやって倒す?
アリスも魔法は使えるし、剣も多少なりは扱える。
だが、今の今まで一度も実践など行っては───
『Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!』
「ッ!?」
魔物の鋭利な爪が振るわれ、吹き飛んできた木がアリスの体を襲う。
咄嗟にエミリアを庇ったものの、拍子に二人共が地面へと倒れた。
「ま、ず……ッ!」
後ろを振り返ると、すぐそこには頭が三つもある魔物の姿が。
恐怖を体現しているかのような巨体に、アリスは自然とエミリアを抱き締めている力が強くなる。
(どうしたら!?)
どうしたら、この場から抜け出せ───
「おいコラ、逃げんな
そう思っていた時だった。
魔物の上から、一人の少年が剣を振り下ろしながら現れた。
「さぁ、
その少年は見覚えがある。
最近は顔を出したことがないが、昔何度かパーティーで。
しかし、その少年は誰もが知っている悪名高いクズで───
「かった……ッ!?」
剣は振り抜けない。
頭に当たったものの、すぐに鋭利な爪が少年───イクスの体を捉え、吹き飛ばされていった。
「あ゛ー……クソ、いでぇ……!」
イクスは立ち上がったものの、持っていた剣は粉々に砕かれ、破片がそこらに散らばっている。
それでもイクスは口元を吊り上げると、指先から赤い線を魔物目掛けて振り抜く。
触れた瞬間の発火。激しい熱が一帯を襲うが、魔物はイクスの体を目掛けて突進を始めた。
「ふざけ……ッ!?」
火が効いていないことに驚いたのか、一瞬生まれた思考の空白によって避け切れなかった体当たりがイクスを襲う。
何度も地面をバウンドし、やがて木を薙ぎ倒して体が止まる。
額からは血が流れ、片腕も目を逸らしたくなるような方向へと向いていた。
(あの怪我は、絶対にヤバい!)
乱入のおかげで、魔物の意識はイクスへと向いている。
今のうちに逃げ出せるのは逃げ出せる。しかし、アリスの中で罪悪感が湧き上がる。
自分達を狙っていた魔物なのに、と。
アリスは唇を噛み締め、エミリアから離れて震える手で剣を抜いた。
「も、もういいからっ! あなたは逃げて! あ、あとは私が……ッ!」
声が聞こえたのか、イクスの顔がアリスへと向く。
少し驚いたような顔をしていた。
しかし、すぐさま唇を噛み締めて立ち上がり、拳を握る。
「うる、せぇ……黙ってそこで見ていろ」
まだ戦おうとしている。
あんなに満身創痍になってまで、拳を握っている。
(な、なんで……)
どうして? アリスの頭に疑問が浮かび上がった。
だって、彼は誰もが認めるようなクズで。
自分も、使用人達に罵声を浴びせていたのを目撃していて。
自分さえよければいい。
そんな愚者を体現したかのような人なのに───
「ここで、戦わなきゃ……絶対に後悔するッ!」
しかし、
口から血を零しながらも、真っ直ぐにこちらに向かって笑った。
「いいからそこで見とけや、
イクスが拳を合わせた瞬間、その間から赤黒い光が生まれた。
動かなくなった腕を鞘代わりにしているかのように片腕を引き抜いていくと、光も同じようにゆっくりと伸びていく。
「お、れは……
アリスも、傍で見ていたエミリアも知るはずがない。
───ガスバーナー。
ガスを噴射し、一度に熱を生み出す装置。
そこから着想を得た、魔法によって改良されたイクスの魔法。
ただガスバーナーとは違い、生み出しているのは方向を調整するための単なる風。その代わりに、噴き出しているのは引火させるための火種ではなく───
「溶岩ッッッ!!!」
摂氏900度から1100度のブレードを振り抜く。それだけ。
三つもある頭を確かに命を絶つために、重なった箇所へ真っ直ぐに。
すると、魔物の頭は確かに燃え上がり、沸騰しているかのような断面を残して地面へと落ちていく。
───これが決着だというのは、続けて崩れ落ちた魔物の体を見て分かった。
立っているのは、金髪の少年。
満身創痍でありながらも、決して膝を着く様子はない。
その姿に何故か……アリスは目が離せなかった。
(な、なんだろ……これ)
安堵はもちろんある。
あの巨体の猛威がいなくなり、命の危険が過ぎ去ったのだと恐怖感から解放されたから。
でも、イクスから目が離せないのはきっとそういう理由ではないと思う。
そう、これは───
「
エミリアがボソッと口にした言葉。
同じように魅入って目が離せない少女と同じことを、アリスは思ってしまった。
(あれが、イクス・バンディール……?)
自分が知っているクズの少年ではない。
まるで、今の姿は───御伽噺に出てくるような
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