【2/6 書籍発売】悪役貴族が開き直って破滅フラグを"実力"で叩き折っていたら、いつの間にかヒロイン達から英雄視されるようになった件
楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】
神の不在〜Route聖女①〜
プロローグ
一時期流行ったゲームがある。
学園で起こるシナリオを中心としたアクションファンタジーで、主人公を中心に数々のイベントをクリアしてハッピーエンドを目指すというものだ。
多彩なシナリオと魅力的なキャラクターが多いことで一部の界隈ではかなりの人気を誇っており、配信する者も続出したほど。
そんな中、どのイベントでも必ず登場するキャラクターがいるのだが―――
「はぁ……空が青い」
高層ビルなんてない。
澄み切った青空と緑美しい木々。時折聞こえるのは小鳥の囀りと、野太い男達の気合いの入った声。
ふと視線を下げれば、訓練場らしき場所でスーツではなく甲冑を着た騎士らしき人間が走り込みをしている。
そんな景色を、短く切り揃えた小太りな少年は見下ろして大きなため息をついていた。
(この光景にも慣れた自分がいるのが悲しい……こう、なんというか田舎から都会に足を運んだ時みたいな?)
イクス・バンディール。
バンディール伯爵家の嫡男で、今年十二歳になったばかりの少年だ。
そして、この少年なのだが―――
(転生してから一週間。なんでこんな悪役チョイスなんだよ神様……)
一時期流行った『カレイドリリィ・アカデミー』というゲームで必ず登場するキャラクター。
それは主人公ではなく、このイクスという少年であった。
主人公であれ、ヒロインであれ、どのシナリオにも敵キャラクターとして登場する。
癇癪持ちで女好き、我儘で己にあまり才能がないにもかかわらずプライドが高く、他者をよく見下し、貶す。
それだけに留まらず、王国の騎士団長を父に持ちながらその威光に縋り、日々堕落した生活を繰り返していた。
―――典型的なクズ。
それがイクス・バンディールという少年であった。
その少年が辿る末路は、いつも決まっており―――
「……なぁ、俺がいつか殺されるって言ったら信じてくれる?」
ふと、イクスは窓の外の景色から視線を外して後ろを見る。
そこには艶やかな銀髪が特徴的な端麗すぎる可憐な少女が、メイド服を着た状態で紅茶を淹れていた。
その少女はイクスに声をかけられて顔を上げ、表情が乏しい顔のままゆっくりと口を開く。
「はい、普通に信じます」
「ですよねぇ……ッ!」
イクスが頭を抱える。
そんなイクスの頭を、イクスと同じぐらいの歳をしたメイドが優しく頭を撫でた。
そして、綺麗な笑みを浮かべて―――
「逆に殺されない
「さらりとキツイことを言うよね、お嬢さん。ほんとに俺の知ってるメイドなの?」
随分とハッキリと言うお嬢さんである。
「しかし、美少女なメイドがそう思ってしまうのも無理はないかと」
イクスが拾ってきた専属メイドであるセレシアが頭を撫でながら口を開く。
「先日、パーティーで商会の子に罵り公衆の面前で恥をかかせ」
「ぬぐっ!」
「公爵家のご令嬢には失礼な態度に加えて「俺の女になれ!」発言」
「がはっ!」
「せっかく来訪していただいた聖女様には「神なんかいるわけないだろ!」と言いながら水をかけて追い返しました」
「ぐふっ!」
「ほんの一部を切り取ってこのような形なのです……いつか恨まれて背中を刺されてもおかしくないのでは?」
「お、仰る通りです……!」
イクスは典型的なクズ。
それはゲームをやっていた中身の自分も把握はしているのだが、改めて聞かされると心に刺さるものがあるわけでして。
自分がやったわけじゃないのに、と。イクスは膝を抱えてさめざめと泣いた。
「まぁ、最近のご主人様は何故か随分と変わられたご様子。今からでも行いを正していけば背中から刺されることはないかと」
「ほ、本当……?」
「はい、正面から刺される可能性はございますが」
「やだどっちにしろ三途の川を渡っちゃう!」
今から挽回しようにも、すでに各種方面に恨みを買っている現状。
自分で言うのもなんだが、確かに今から更生の方面で頑張ったところで手遅れな気がする。
もしかしたら、全然違う未来があるのでは? なんて淡い期待を抱いた時もあったが、転生してからの一週間───嫌というほど、己が知っているゲームの知識と醜聞が一致していた。
納得してしまう理由もいっぱいあるため「死なないんじゃね?」なんて淡い期待は捨てざるを得なかった。
(ちくしょう、どうして転生したのかも分からないのに、シナリオが始まる学園に入ったら殺される未来とか……俺は出荷されるために生まれた子豚じゃねぇんだぞッ!?)
とはいえ、今からご機嫌取りをしたところで恨みがなくなるかは分からない。
それこそ、頭を下げている最中に憤慨した人間から闇討ちで殺される可能性だってある。
実際に、ゲームではすべてヒロイン達に粛清されるか、処刑されて死んでおり―――
「……ん、待てよ。正面から刺される?」
「いかがなされましたか、ご主人様?」
イクスが悪役として殺されるのは、舞台である学園だ。
そこで今までの行いが増長し、敵として……粛清対象として殺されるのがストーリー。
そして、その全てが主人公達の手によって行われたもの。
つまり―――
「そうだ、そもそもあいつらに殺されないほど強くなればいいだけの話じゃないかッッッ!!!」
敵として立ち回ってしまうのであれば、倒せるほど。
粛清されるのであれば、返り討ちにできるほど。
処刑されるのであれば、捕まえられないほど。
それぐらい強くなれば、そもそもイクスが殺されることはないのではッッッ!?
「もう俺のすでに恨み辛みは最高潮、弁明の余地なんて存在しないほど!」
「自分で仰いますか」
「ならば、奴らが歯向かう気など起きないよう徹底的に強くなり、実力を知らしめれば俺の命も安全に違いないッ!」
開き直りやがりました、と。
メイドのセレシアは少しばかりため息をついた。
「(ふふふ……勝手に転生させられて、こんなキャラクターにさせられたんだ。ストーリーとか更生とか知ったことか……誰も手が出せないほど強くなって破滅フラグを叩き折ってやる……)」
何やら全身から黒いオーラを撒き散らしているイクス。
よっぽど、転生させられたことにご立腹なようだ。
「あの、瞳から炎のマークを浮かべていますけど、普通に今からでも謝って回って更生すればいいのでは?」
「なんで俺が謝る必要があるんだよ!?」
「そのセリフがそのまま理由になりそうな気がしますが」
だって、俺やってないし。
中身のイクスは本当に開き直っていた。
「フ、フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!! そうと決まれば、早速特訓だ! 大丈夫、俺にはやってきた知識がある……主人公達よりも圧倒的な実力を身に着け、三年後の舞台である学園で俺が最強になってやる! そうすれば、俺が死ぬこともないッッッ!!!」
転生してから一週間。
舞台は三年後の学園。
イベントなんて考えなくてもいい。主人公達と関わらないなんて小賢しいことはしなくていい。
殺されるのであれば、殺されないほど強くなればいい。
逆らってくるのであれば、逆らうと思いたくもなくなるような実力差を見せつけてやればいい。
ここはゲームの世界———強くなるだけで解決することも、強くなるための環境も整っているのだから。
「行くぞ、セレシア! そうと決まれば早速特訓だ!」
「はぁ……仰せのままに、ご主人様」
そう言って、イクスは早速部屋を飛び出していった。
「ナメるなよ、
♦♦♦
───そして、三年後。
「……ご主人様」
「ん? なんだ?」
イクスがすっかり転生してゲームの世界に慣れ、学園の入学まであと少しといったとある日のこと。
セレシアの声に、イクスは振り返って反応する。
「確かに、ご主人様は昔「強くなる!」と仰いました。当初は絵空事で三日坊主の戯言だと思っていましたが……」
「主従関係とは思えない
「ご安心ください……相変わらず、ご主人様にはラブなメイドです」
「三年前のお嬢さんからは考えられない
苦笑いを浮かべるイクス。
しかし、セレシアは気にした様子もなく言葉を続けた。
「以前とは違い、ご主人様は見違えるほど強くなったかと思います」
「あぁ、そのために毎日走り込みと剣の素振りを欠かさず行い、寝る間も惜しんで魔法の本を漁っては研究していたからな」
「その勤勉さは、本当に以前のご主人様では考えられないほどです。確かに、今までを振り返れば強くなるのも頷けます」
ですが、と。
セレシアはイクスの背後をチラリと覗いた。
そこには地面に倒れる五十人もの兵士の姿が―――
「強くなりすぎです」
「これも執念の成果ッッッ!!!」
学園に入ってしまったらどうなるのだろう?
セレシアは高笑いを見せる主人を見て、内心で大きなため息をついたのであった。
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次話は12時過ぎに更新!
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