ブラッドイーター ~追放王子のレジスタンス~

如月誠

プロローグ

第1話 心優しき無能な王子

「ほら、行きな。もうこんなところに迷い込んだら駄目だよ」


 そう優しく微笑んで、アイン・アレグリフは城の中庭に空いた小さな穴から子猫の姿をした魔物を送り出す。


 辺境の小国、ウィンザルト。

 大陸の中央とは違い、争いごとからは遠くかけ離れた比較的平穏な土地である。それ故に魔物もそこかしこに生息しているが、どれも穏やかな性質。人間に危害を加えることもほぼない。


 この国の第二王子であるアインは、こうして日がな城に度々迷い込んでは懐いてくる魔物と相手をしながら平和な日常を送っていた。

 そう、とりわけ特筆すべきもののない平凡な人間には。

 それが唯一の安らぎ。

 幸せな時間。


「探しましたよぉ、兄上」


 そして、また当然のようにすぐにぶち壊されるのも、アインの日常だった。


「こんなところで何をしているのかと思えば、ま~た魔物なんかとじゃれ合って。ハハハ、弱い者同士、仲のよろしいことで」

「キルシュ……」


 第三王子、キルシュ・アレグリフ。手入れが行き届いた金髪に、豪奢なコート。幼さの残る顔立ちだが、王族としての気品と風格はしっかり兼ね揃えていた。

 アレフの顔が思わず歪む。キルシュの後ろには体格のいい男たちが控えている。彼に付き従う護衛だ。全員がアインを見て、にやにやと薄ら笑いを浮かべている。


「いつも思いますが他にないのですか、やることは」


 からかい交じりに笑いながら、「あ、そっか~」と、さも用意していたように二の句を継ぐ。


「兄上は無能だから、脆弱な魔物とも気が合うのでしたよね。そうだった、そうだった!」


 高らかに笑うと、揃って男たちも大声で笑う。

 アインは唇を強く噛み締めた。


 この国の王、アレグリフ三世は元々各地を旅する冒険者だった。

 剣術に秀で、さらに魔法も熟知していた彼は、あるとき流れ着いたこの地で大型の魔物を退治。その当時の国王の目に留まり、彼の娘と婚姻した。王家は強力な魔術師の家系でもあったが、より強力な血筋を作るために王は兼ねてから実力者を婿に取るつもりだったのだという。


「お父様も残念でならない。残した血の中に、才能の一つも受け継がれなかった大外れが生まれてしまったのですからね」


 アレグリフ三世は四人の子をもうけた。

 先代の計画通り、才能を一身に受けた優秀な子ばかり産まれたが、アインだけは違った。

 剣術は平凡。

 魔法に至ってはその片鱗すら開花しなかった。魔力を持っていないわけではないが、発動すら上手く出来ない有様だった。


「確かに俺には何の才能もないのは認めるよ。いくら努力しても一向に上達しない」

「努力? 僕と三つしか歳が離れていないのに、僕は物心ついたときから既に魔法は扱えましたよ? 感性の世界である魔法は、努力じゃどうにもならないのですよ」


 そういってまだ成長期の訪れていない背筋を伸ばし、アインを見上げる。兄の懐近くで、手から炎魔法を生み出して、見せつける。

 キルシュは魔法の才に長けていた。

 ありとあらゆる元素がある中で、特に炎魔法は若干十四歳にして高難度魔法を会得したほど。

 魔法すら発動できないアインもせめて剣術ならと思うのだが、それもキルシュに敵わない。そこがアインの強気に出れない理由であり、キルシュのこの増長だった。

 何度こういったなじりを受けてきたことか。毎日聞いていればそれなりに慣れてはくるが、やはり精神的苦痛は拭えない。


「うわっ!」


 顎元からの熱に驚き、思わずアインは尻もちをつく。せせら笑うキルシュはアインの近づき、大仰に首を横に振る。


「情けない兄上だ。一族として本当に恥ずかしいよ」

「…………ッ」

「そうだ、そんなことはいいんですよ」


 炎を消し、キルシュは兄を見下ろす。さも用事を思い出したかのような言い方に、アインは悪い予感しかしなかった。


「先ほど父上から視察の任を頼まれましてね。ですが、僕は魔法の訓練で忙しいのです。ですから兄上、代わりに行っていただけませんか?」


 嘘だ、とアインは心の中で吐いた。

 王家の人間にとって公務は絶対的な使命。視察任務は主に近隣の町村を見て回り、現地の人々と交流を図ることだ。元冒険者だったアレグリフ三世らしく、子どもたちにも世界を見て渡ることを望んでいる。

 そんな父の意向を知りながらも、キルシュはそれが単純に面倒くさいだけなのだ。

 だからいつも面倒ごとは兄に押し付け、自分はサボって楽をしているのだ。


「父上には僕から言っておきますので、お願いしますよ?」

「勘弁してくれよ。いつも俺が行ってるじゃないか」

「だって兄上しかいないじゃないですか。頼むにしても他に適任者もいないのですから」

「そろそろ自分でも行かないと父上に怒られるよ、って話だよ」

「この前、行きましたよ。二ヵ月ほど前、だったかな」


 本当か嘘かも怪しい言葉。

 キルシュは誰かのために動くことを極端に嫌う性格だ。視察任務は現地民の意見を聞く重要な仕事。自己中心的な彼には、そもそも働くという概念は存在しない。


「とにかく、僕は魔法の訓練で忙しいのですよ。それじゃ、頼みましたよー」


 いつもであれば、それ以上何も言わない。

 キルシュの奥にいる屈強な男たちが目を光らせているからだ。ここでもし断ったりすれば、キルシュは彼らに命令を下すだろう。暴力という、至極シンプルな方法で従わせるように――と。

 現に、何回もそんな仕打ちをアインは受けてきた。

 情けない――そう思いながら、アインは拳を握りしめた。震える手から血が流れそうなほど強く。


「で、でも」


 自然と口から言葉がこぼれていた。


「俺たちは次期後継者なんだ。そんな考えじゃより良い王になれないよ」

「……うるさいなぁ」


 言うだけ言って、立ち去ろうとしたキルシュが足を止めた。

 “後継者”、という言葉がどうやらかんに障ったらしい。

 幼い声が低く唸り、アインを睨みつける。振り向きざま、不意打ちのように巨大な炎の塊を投げつけた。


「ッ!?」


 避ける間もなかった。

 炎の塊はアインの身体を直撃し、全身を燃やそうと紅蓮に染め上げる。


「うあ、うぁあああああああああああ!!」


 自身が焼ける感覚に激痛が支配し、芝生を転がるアイン。


「おっとぉ、まだまだ制御がきかないや。やっぱりまだ訓練が必要なようですよ、兄上?」


 笑い声を上げるキルシュ。まるで汚物を見るような目で炎に焼かれながらもんどりうつアインを一瞥。そして、取り巻きの男たちに冷たく言い放った。


「消火作業急げよ。ゴミ屑でも大火事になったら大変だ。それと、父上の目に入らぬよう、証拠隠滅もしっかりとな」

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