龍王文学~異世界で小説家になろう!~

フリオ

文学少女転生編

プロローグ


 ウラフリータは稀代の短編作家である。政治や災害によって社会的な苦しみや悲しみを抱えたトロイテンの人々を、時に厳しく、時に愛を持って描く。その威厳と、慈愛はトロイテンの人々に、さらなる栄光をもたらした。その栄光すら、ウラフリータは言語化し、本に編んだ。


 トロイテン建国以来の大領地グローリーライトの大図書館では、ウラフリータが執筆した書物が数多く保管されている。子供が楽しむ絵本から、公用語の教科書、個人を描いた伝記、創作の短編小説、連続した長編小説、新鋭の魔導書にまで、ウラフリータの名前が刻まれている。


 本に作者の名前を刻むと決めたのも、ウラフリータだ。現代のトロイテンにおいて、数多くの小説家が名を残しているのは、本という拡散機能のある媒体に、その名前が刻まれているからである。


 グローリーライトの大図書館に、一人の男が入館する。男の名前はクルケット。フワフワとしたクセっ毛が特徴的だ。体型は不健康な痩せ型で、猫背である。彼は、現代において名を馳せた小説家だった。


 クルケットは、豪華な図書館の内装を見て、顔をしかめた。本を読む、保存する、その役割から逸脱している。こんな施設に税金を投入することは、無駄だろうと思う。彼は反体制、つまり、アンチ・ウラフリータだった。


 不機嫌な顔のクルケットに、話しかける少女がいた。



「やあ、クルケット。元気だった? いつぶりだったっけ。まあ、いいや。今日は素敵な本と出会えるといいね」


 

 少女の名前はライラ、天真爛漫な女性である。



「ライラ、君はいつも楽観的だな。君の書く小説もそうだ。僕は、そんなポジティブな気分で今日を迎えてはいないよ。どうして、ここに呼ばれたのだろう。僕は、ウラフリータが嫌いなのに」


「そう言って、結局はノコノコやって来るからじゃない? ホントに嫌いなら、断って、家に引きこもっていればいいじゃない。来たからには、しっかりと審査をしないとだよ。誰かの人生がかかっているんだから。それに、わたしたちも、先輩たちがしっかり審査してくれたから、デビューできたわけ。ちゃんと還元しないとね」


「分かっている」



 今日は、ウラフリータ文学賞の選考会の日である。トロイテン中の権威ある小説家が、グローリーライトの大図書館に集結する。ライラは少女のような見た目をしているが、これでいて、ポスト・ウラフリータとして知られる小説の権威である。


 図書館の一階にある大きなテーブルには、選考委員の小説の権威たちが座っていた。クルケットは、鼻で笑いたくなるのを我慢して、末席に座る。ここに座る誰もが、ウラフリータという小説家を越えることができない。


 トロイテンの小説からウラフリータを排除しなければ、文芸は過去の栄光にしがみつくことしかできなくなる。現代の小説家は、なんとか自分の小説を、ウラフリータから逸脱させようと苦悩していた。クルケットはそのうちの一人である。


 ライラは最も位の高い席に座った。



「選考委員長を務めます。ブラウンハイト出版のライラです。手元においてある紙の束が、最終選考に残った作品です。各々、お好きなように読んでください。休憩はご自由に。作品は館外に持ちだし禁止です。館内なら、どこで読んでも構いません。6時間後、またこのテーブルに集合です。では、始めてください」



 ライラに司られて、クルケットはテーブルの上に置いてある紙の束を手に取った。最終選考に残ったのは、5作品。どれも短編なので、6時間もあれば熟読することができる。この5作品のなかに、ウラフリータを超越するような作品があることを願って、クルケットは紙の束をめくる。


目次。

『作品名』作者


『日本』 ハルヒB

『死んで子供に生まれたの』 ハルヒB

『ハルヒA』 ハルヒB

『竜よりわたしが速いもの』 ハルヒB

『来世も人がいい』 ハルヒB



 第114回ウラフリータ文学賞の最終選考に残った作品は、5作品。そのうち、ハルヒBというペンネームで応募された作品が、5作品。つまり、最終選考に残った全ての作品が、ハルヒBによって執筆されたということだ。


 クルケットは確信する。


 ウラフリータを殺すのは、ハルヒBだ。



◇◇◇



 異世界に何か一つ持っていけるとしたら、何を持っていくかというなんてこともない問題が、心理テストなのか大喜利なのか、それともただの雑談なのかはさておき、ここでは、異世界生活を楽しむためのアイデアとして、オススメはヨモギを連れていくこと。


 それほど、魅力的で、素敵な女の子だった。


 ヨモギは日本の一般的な家庭に生まれた、平均的な少女だった。父親は大工。母親は専業主婦。夫婦の仲は良好で、六歳上には兄がいる。ヨモギにとっては、面倒見の良い兄だった。そして、兄は小説家だった。


 小説家という職業に、ヨモギも憧れを抱いた。本を書いて生きる。そして、本を書いて死ぬ。平均的かつ、文明文化文学少女であるヨモギに、小説家はピッタリだ。天職ってやつだ。エンタメ小説でも、ライトノベルでも、推理小説でも、ホラー小説でもジャンルはなんでも良い。とにかく、ヨモギは小説を書いた。


 小説を書いたのは、不登校だったときに、ヨモギは兄から小説を書いてみることを勧められたことがキッカケだった。書くにはまず、読むことが必要だと考えたヨモギは、兄にオススメの小説を尋ねる。兄が渡したリストには、純文学や、ミステリー、ファンタジー、様々なジャンルの小説があって、そのうちの一つが『涼宮ハルヒの憂鬱』だった。


 サンタクロースはいないらしい。


 宇宙人、未来人、異世界人、超能力者はいるらしい。


 宇宙は、空の果てにある。


 未来は、時の果てにある。


 超能力は、タネと仕掛けの果てにある。


 では、異世界はどこにあるのだろう。

 


 19歳の春。日本を大地震が襲った。

 ヨモギは、地震が原因の津波にのまれ、行方不明となった。




◇◇◇




 異世界を、無人島だと表現するのは、失礼だっただろうか。


 ノースアロライナ地方には、豊かな自然がある。海と山に囲まれ、平野部には川が流れている。大地には魔力が浸透し、空には竜が飛んでいた。6歳の少女、ウラフリータが暮らしているお屋敷の自室の窓からは、それらが一望できた。


 窓の外に見える様々な未知のなかで、ウラフリータの心を惹いたのは、海に浮かんでいる大きな船だった。船には、様々な用途があったが、ウラフリータはそれを知らず、ただ一目惚れだった。なにより形が好きだった。


 ウラフリータは、ノースアロライナ地方を治める領主の娘として生を受けた。大貴族の娘として何不自由なく生活することが許され、賢かったウラフリータは幼いながらに、その自らに与えられた特権に気付いていた。


 ギフテッドなのだろう。生まれつき、高い知能があった。目に映るものをシンプルな図形でデフォルメする。耳で聞いた言葉たちが頭のなかでビジュアルイメージとして鮮明に残る。賢いウラフリータは、周囲から可愛がってもらえる。


 お屋敷のなかで、大切に育てられた。


 まるで宝石箱に閉じ込めた、宝石のよう。


 しかし、死神に見つかった。




◇◇◇




 その日は猛暑だった。


 ウラフリータは朝の暑さで目を覚ました。まだ眠い目を擦る。身体が汗ばんでいるのを感じる。寝間着の薄いドレスを指でつまんで浮かす。たしかに汗で濡れていて、肌の色が透けている。ウラフリータはベッドから降りる。


 ウラフリータの部屋はベッドを中心に、貴族の女子が好みそうなレイアウトだった。一人が使うには大きすぎるであろう広さである。窓に背中を向ける形で、勉強机が置いてある。勉強机の手前には、これまた机。こちらの机は背丈が低く、ソファーに座って、お菓子やお茶を楽しむためのテーブルだ。そして、壁際には大きな棚が置いてある。


 大きな棚には、いくつもの船の模型が並んでいた。ウラフリータがこよなく愛する大きな帆船の模型から、小さなボートまで、様々な種類の船の模型だ。コレクター気質なのか、オタク気質なのか、実家の財力、権力を惜しみなく使用して、好きなものを、好きなだけ収集していた。



 船の模型を眺めていると、自然と口角が上がる。


 しかし、模型を眺めるだけで満足するような女子ではない。ウラフリータは何事も本物を求める。そして今日は、生まれて初めて本物の船に乗る日だ。煩わしい側近が、起床の合図に来るまで、ウラフリータは模型を眺めて想像する。


 ああ、あの黄金よりも美しく純粋な船に、宝石のような自分が乗ったとして、海の神はわたしを連れ去ってしまうだろう。


 この極めて詩的な妄想が、ウラフリータの頭のなかでは鮮明に映像として思い浮かんでいる。


 使用人たちが部屋に来た後、ウラフリータは朝食を取り、外行きの服装に着替え、使用人たちを引き連れて、クルトコの港町に馬車で向かう。町に着くと、領主お抱えの船乗りに挨拶をして、船に案内するように催促する。


 焦るウラフリータに注意を促すため、船乗りの頭領が口を開く。



「ウラフリータ様、海は危険です。あそこには、死神が住んでいます。毎年のようにウチの若いのが攫われてしまいます。死神は若さを欲しています。ウラフリータ様のような子供は死神に狙われることでしょう。十分、気を付けるようお願いします」



 注意は、ウラフリータにさほど響いていない。しかし側近たちは、頭領の言葉に気を引き締めた。側近のなかでも、比較的若いモルシーナは、ウラフリータが死神に攫われそうになったときには、自分が身代わりになると、心に決める。


 側近たちの決心をよそに、ウラフリータは船に対面する。


 乗り込むときの、最初の一歩。ウラフリータの足は震え、靴の裏の焦点はなかなか定まらず、不安定な足元のせいで、身体が揺れ、腰のあたりを側近に抑えてもらいながら、夢にまで見た、その一歩を踏み出した。


 ガトン。ガトン。と、軽い体重を乗せた靴が船板を叩く。


 それだけで、ウラフリータの表情は花が咲いたようになる。


 乗っただけで、この興奮だ。船が動き出したら、卒倒するのではないかと、側近たちはひやひやしていた。


 今回のクルーズでは、出航からローマ海の沖に出て、ぐるりと回って帰ってくる安全なルートを通る予定だ。ウラフリータも、どこへ向かいたいという希望はなく、ただ船に乗りたいというだけなので、そうなった。


 頭領から出向の合図が上がる。


 船員たちはあわただしく動き、ウラフリータは大人しく、船が動くのを待っている。



「ふふふ。死神は我慢ができるのかしら?」



 出航と同時に、ウラフリータは呟いた。


 船が海をかきわけて進むあいだ、側近たちはウラフリータから目を離さない。ウラフリータは船の際に立ち、壁に捕まりながら遠くを眺めていた。船が進んでも、景色はさほど変わらない。しかし、それで良かった。


 モルシーナは、たったそれだけで満足をするウラフリータが不思議だった。自らも、今、まさに船に乗っているわけだが、自分の主人がこの状況を何をどう楽しんでいるのか想像ができない。


 気になったモルシーナは、同僚の一人に聞いてみる。



「これって何が楽しいんですかね? わたしはウラフリータ様が満足ならそれでいいのですが、本当に満足しているのか気になって。ほら、賢い人ですから、迷惑をかけないように、これで満足している演技をしているとも思えてきませんか?」


「さあ?」



 同僚は、陰鬱とした雰囲気の女性だった。昨今の情勢を考えれば、陰鬱とする気持ちも分かる。ノースアロライナでは、王政の政変の余波を受けて、内乱が発生し、ようやく沈静化に向かっているのだ。モルシーナの実家は完全に勝ち組だが、実家が負け組になった貴族たちは、未来に希望が持てない。



「さあ、ってまじめに考えてくださいよ」


「まじめ……。そうね、ウラフリータ様は死神を所望しているわ」



 同僚は、頭領の言葉を思い出し、死神という言葉を口にする。


 あまりに暗い様子なので、死神を所望しているのは、同僚の方ではないかと、モルシーナは心配だった。



 時が経ち、船はローマ海を折り返し、何事もなくクルトコの港町に向かっていた。海は波もなく穏やかで、船もほとんど揺れることはない。モルシーナは、果たして何を警戒したらいいのかと、海の旅が何事もなく終わったことにホッと胸をなでおろす。


 船の際に立つ、ウラフリータの視線の先には、ノースアロライナが見えた。自分の生まれ育った清く、美しい町だ。目に見えるものしか、見ることができないのがもったいなくて、ウラフリータは目をつむった。


 ウラフリータの頭のなかには、黒があった。


 その黒に、白く線が引かれ、立体的に現実を映し出す。やがて、その頭のなかの黒の上では、海と、ノースアロライナと、船と、ウラフリータが思い描かれる。自分の目で、自分を見ることはできないけど、目を閉じることで、ウラフリータは、自分自身を見ることができた。


 自分が世界の一部になった感覚だ。


 圧倒的な全能感。


 そして、満足感。


 その、後。


 背中に強い衝撃がある。身体のなかで、ドン! という音が反響し、目を閉じたまま、浮遊感に襲われる。数秒間の風圧と、空虚さの後、水に落ちた衝撃が、身体のなかのものを全て吐き出させ、ウラフリータを空っぽにする。


 死神は、ウラフリータを海に連れ去った。




◇◇◇



 ヨモギの兄は小説家だ。大好きだったおばあちゃんが死んでしまった悲しさをどこかに発散しなくてはいけなくて、小説を書き始めた。それから、ことあるごとに小説を書くのが癖になって、大学では文学の勉強をした。


 大学生活の最初の三年間は、なんとなくで過ごして、それなりに楽しい日々だった。なぜか最後の一年間で、人が変わったように小説の執筆に没頭し、純文学の新人賞を受賞した。


 地元から離れて東京で小説を書き、芥川賞を受賞する。


 地震が発生した当時、兄は東京にいた。東京もかなり揺れていたのを覚えている。  両親と連絡がついたときには、嫌な予感が頭の片隅にあった。



「一緒にお酒を飲もうね」



 そんな約束はもう叶わない。


 時間の流れが兄の心を救うことはなく、東京から東北の地元に帰り、被災した両親と一緒に暮らした。建物が崩壊し、地形は崩れ、地元の景色は変わってしまった。復興の段階になって、世界からがんばろうというメッセージが届く。


 地元のボランティアに参加することで、毎日を忙しく過ごし、気が紛れる。ボランティアに参加している人のなかには、兄と同じように大切な人を亡くした人がいた。自分にできることをするんだと、その人は言っていた。


 ヨモギは小説が好きで、兄は小説家だった。



「わたしは生まれ変わっても、小説を書くと思う」



 ヨモギの言葉を思い出す。


 ある日、兄は東京に戻った。自分が前を向くために、書かないといけない小説があった。決してヨモギのためではない。自分のために、妹への未練、愛、願いを綴った私小説を書く。


 兄が小説を書き始めたキッカケは、祖母が死んだ悲しさをどこかに発散しなければ、自分がどうにかなってしまいそうだったからだ。兄は、大切な人の死を乗り越えるために小説を書いた。


 未練はある。

 一緒にお酒を飲みたかった。

 19年間の思い出と、ヨモギがいなくなった後の世界について。

 願わくば、ヨモギが生まれ変わっても大好きな小説が書けますように。



 ヨモギのお墓は文学だった。



 若月 ヨモギ、享年19歳。



 ウラフリータに転生する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る