400年後の未来の君へ

しぇ

Report01_ロイド

だいじょうぶ!ぼく、もう5さいだよ!

それじゃあ行こうか

あなたもハルに声かけてあげてよ。一人で留守番は初めてなのよ

過保護だなぁ、1時間くらい出かけるだけだよ。それに、僕たちはいつでもハルのことを想ってる

お母さんも、ハルのこと想ってるからね

いってらっしゃい!


彼は人間が嫌いだった。

幼い頃から人見知りで友人は出来なかった。両親を早くに亡くしたことも関係していただろうが、人とのコミュニケーションが嫌いだった。親戚に引き取られてはまた別の家へ引き取られる。たらい回しを繰り返している内に大人になり、一人になっていた。寂しさや悲しいといった感情が無かったわけではない。しかし、彼は一人でいる時間が長すぎたために、それに自分で気づくことができないほどに'慣れ'てしまっていた。

一人になった彼は機械弄りが趣味になっていた。学校には行きたくなかったから全て独学だ。ロボット工学を学んでいる内に簡単な仕事もこなした。いや、彼にとっては簡単なだけかもしれない。

人間誰しも、ある一定の期間何かに携われば才能があるかは自分で理解できるようになる。彼には才能があった。不可能が無かった。

仕事はできるだけ時間をかけずに素早く終わらせる。自分の研究に時間を費やしたかった。

彼は仕事で金が貯まると田舎外れの森に家を建てた。静かに研究に専念できるからだ。しかし、人口もそこまで多くない村に突然引っ越してきたのが引きこもりの白衣の男であるため、村人からは気味悪がられていた。研究を始めて8年が経った。彼は自己学習機能を持った人工知能の開発に成功した。

既存の人工知能にも似たものはあったが、彼の作り上げたそれは人の感情を理解する。相手の話し方や口調、体温の変化、心拍数に至るまで、あらゆるものから相手の感情を把握し、自身も感情を持つ。

彼は天才だった。しかし、彼の手を持ってしてもそれを作り上げるのにはかなりの時間と労力を要した。

彼はそれを一機のロボットに組み込んだ。

見た目はどこからどう見ても人間。美しい金髪に白い肌、白いワンピースに身を包み、目は美しいガラス玉のようで15歳くらいの少女の見た目をしていた。

彼が何故それを作り上げたのかは本人にも分からない。もしかしたら心の内側に隠れてしまった寂しさを紛らわせるために作ったのかもしれない。しかし、それを理解できない彼は、ただ己が技量の限界を知るためにそれを作り上げた。そういうことにして己を納得させた。

「やった......完成だ......!」

完成まで実に8年。今まで作品を作り上げた時に声を上げたことなどほとんどなかった彼が、初めて感嘆の声を漏らした。

スイッチを押しロボットを起動させる。耳についているランプが青く光ると、少女のまぶたがゆっくりと持ち上がり、口を開く。

「こんにちは、マスター。私の名前を教えて下さい」

美しく、透き通った声。第一声はそれだった。最初の知能は少女の見た目と同じくらいからスタートする。彼の思惑通りの起動......の'はず'だった。

(最初に挨拶はするが名前を要求されるのは予想外だ、何かのエラーか?)

頭の中でそんなことを考えていると少女は再び口を開いた。

「何かありましたか、マスター?」

「あぁ、いや何も問題はない。とりあえず思考実験を開始したい。紅茶を淹れてくれるか?」

「かしこまりました」

少女は起動台から降りテキパキと作業を始めた。

何もおかしなところはない。彼は完璧な作品を作り上げたのだ。

作業をしながら少女は声をかけてきた。

「マスター、私の名前は決まっていないのでしょうか?」

まただ。名前に対する執着が強いのは何故だ。彼は返事を返さず、ただ頭で考え続けた。

10分程でテーブルには紅茶が運ばれた。香りの良いダージリンだ。紅茶は彼の数少ない趣味である。考え事は一旦置き、紅茶を飲み、息を吐き一服する。この瞬間が彼は好きだった。

「ふふっ」

突然目の前の少女が笑い出したことに驚いた。

「すみません、さっきまで張り詰めた表情をされていたので、お茶を飲んだ途端に穏やかな顔になられたのが、ふふふっ......可笑しくて......」

そう言われ、ようやく彼女の顔をまともに見た。

美しく、愛らしい。一人の少女が笑っていた。

自分のことを指摘され、彼は羞恥心のようなものが込み上げると同時に心の重りが外れたような気がした。

「最初はマスターが怖い人かと思ったんです。あまり表情を表に出さない方なのかと思ってしまって......あっ、すみません。私ばかり話していますよね、ごめんなさい!」

張り詰めていたのも表情をあまり表に出さないのも事実だが、ころころ変わる彼女の表情や、声を見聞きする内に彼の悩みの種はどうでもよくなっていた。ただ、久しぶりに'ヒト'が自分に声をかけてくれるのが嬉しかったのだ。

「すまないな、どうも考え込むと長いタチでね。君の名前については決めてあるよ」

彼は人間が嫌いだ。しかし彼女に対してそんな感情は湧いてこなかった。ロボットだから、という理由で片付けることは容易い。ただ、そうではない。彼女から声をかけられるのが嬉しかった。ただ、それだけが幸せだった。

「君の名前はロイド、これからは僕の研究を手伝ってもらう、よろしく頼むよ」

言葉を聞いた彼女の目に光が宿る。

「はい、マスター!」

静かな家が少し賑やかになった。

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